
2021 魂を抜かれた映画三選 2021 Wonder Movies 3
2021年に観た映画で編集部・塚本がノックアウトされたワンダーな3本を挙げます。公開のめどが立っていない作品も含まれます
2021年の洋画作品の劇場公開のスピードは、あれ?もう日本国内公開なのか?と従来よりも若干、早まったように感じる作品が多かったように感じました。
配信ストレート作品の場合、もっとスピード感がある。
コロナ禍と劇場興行の不振、配信事業の隆盛、Blu-ray、DVD等の円盤ビジネスのリリース・タイミング、外野として眺めていて、全てのスキームにオートメーションな空気が全くなくなったのを見るにつけ、今後もしばらく手探りの模索が続くのかな?と。
早くコロナが収まればよいとは願っていますが、これをキッカケにテクノロジー以外は比較的のんびりと進んでいた映画を取り巻く世界時計を10年以上早めに巻き上げてくれるともっとよいなと思っています。
目に付く変化の兆しの一つに映画を配給・宣伝する小さな会社・団体がいくつか登場してきています。
この混沌とした今がチャンスだと捉える人もいるのです。こうした人々は、きっと既存の会社の人たちとは違って、映画との関わり方について別のマインド・セットを持っているハズです。
製作サイドの人々でも、私の周囲の知人で映画界のメインストリームやその支流のプレイヤーにすらなれていなかった自主映画製作者の監督兼俳優という人も、映画を作りたいがために資金集め、スタッフ集めに奔走し、製作者も兼任するなどしています。彼らは文化庁からゴーサインが出て、補助金をもらって現在、映画製作に取り掛かっています。
描きたいものが明確にある者、コンテンツを作ることに注力し続けてきた者が自然と勝どきをあげるようになっていくようになるのだと思います。これはとても良き事。
Me Too以降、ダイバーシティという概念も根付きつつあり、どんな人種にもハリウッドへ行く機会は広がっています。
そして、映画を作る独自企画がある、巧みな技術を持っている、演技に自信がある、様々な特技を各々が持っていて、欧米での受賞歴、話題作への出演歴があっても、最後は英語力がその後のキャリアの勝負の決め手になるのだとも思います。
香港の巨匠ジョン・ウー監督と代表作『フェイス/オフ』(1997年)の時、お話をしたことがありますが、当時すでに香港では押しも押されぬ存在でありながらも、年齢も若くはなく、英語はろくに話すことができませんでした。こんな片言英語でよくトラボルタとケイジを演出したなと思ったものです。ハリウッドの現場は辛いと自分に話してくれました。その後のハリウッドでの大活躍は誰もがご存知の通りですが、英語で相当、苦労したと聞きます。
ただウー監督は素晴らしい人格者の方なので、粘り強く英語を覚えて、アメリカの環境にも耐えて、打ち合わせも現場も乗り切っていって、現在の揺るぐことのない立ち位置を築かれたのです。
近年ではポン・ジュノ監督が最たる例で、彼は韓国人監督の中でも珍しく英会話を学生時代から身に着けていたので、元からとても利発な人であったし、そうしたことが幸いして他の才気ばしった有能な韓国系の先輩映画監督たちよりもあそこまでのハリウッドでのキャリアの短期間での爆発的成長があったのです。
映画力は、英語力。
では、2021年に魂を抜かれたワンダー・ムービーズ3の発表です。
Wonder Movies 3
『もう終わりにしよう。』脚本・監督:チャーリー・カウフマン

Story:
ジェイク(ジェシー・プレモンス)は、恋人(ジェシー・バックリー)を連れ雪が降りしきる中、両親の待つ実家へと車を走らせる。
恋人の両親に初めて会いに行くにもかかわらず、彼女はもうこの関係は終わりにしようと心の中でつぶやき続ける。
そして、ジェイクの両親の農場に着いてからは、次々と不可解なことが彼女の身に降りかかってくる。
記憶違いなのか?夢なのか?未来なのか?他人の記憶が混ざっているのか?
見間違いなのか?
恣意的なほどに終わりの見えない記憶と見た目のボタンの掛け違いは延々と続いてゆく。
超難解とされているこの映画。
非ファンタジーで非ホラー、ジャンルを越境しようとしているのか?実験しているのか?言いしれようのない不穏な気持ちが最後まで続く鬼才チャーリー・カウフマンならではのジャンル映画への挑戦状ともとれるメタ・フィクション作品。
観終わって、この一年、ずっと心の隅にいた得たいの知れない映画。
こんな怪奇な映画経験はなかなかできるものではない。
More to Read:
『もう終わりにしよう。 / I am thinking of ending things 』(2020年・アメリカ・2時間14分)
監督:
チャーリー・カウフマン
出演:
ジェシー・バックリー、ジェシー・プレモンス、トニ・コレット、デビッド・シューリス、ガイ・ボイド
©2020 Netflix Studios, LLC
Watch I'm Thinking of Ending Things | Netflix Official Site
Nothing is as it seems when a woman experiencing misgivings about her new boyfriend joins him on a road trip to meet his parents at their remote farm. Watch trailers & learn more.
Wonder Movies 2
『天国にちがいない』脚本・監督・主演:エリア・スレイマン

Story:
イエス・キリストの故郷ナザレに住む映画監督エリア・スレイマンは新作映画の企画を売り込むため、ナザレからパリ、ニューヨークへと旅をする。
旅立つ前のナザレでは、暴力的な若者たちの集団や真面目に仕事しているとは思えない警官たちの姿を目にし、隣人ははた迷惑で厚かましい。
パリでは美しい景観や最先端のファッションに身を包む華やかな人々に気を取られつつ、街を歩けば一方では施しを受けるため行列する貧しい人々や、走りまわる警官たちに出くわす。
ニューヨークではナザレから来たということでタクシーの運転手に大歓迎されるも、映画の企画は受け入れられず、街には銃を持った人々が溢れている。
失意のままナザレに戻る監督だが、そこには変わらぬ日常があった。
現代のチャップリンと称されるパレスチナ人の映画監督エリア・スレイマン。
監督自らが主人公の映画監督となり映画の企画書を持って、ナザレからパリ、ニューヨークへと旅をする道中、目にした日常の出来事をアイロニカルにそして、ユーモラスに描き出してゆく。
ローマ時代から3大陸と繋がった交通の要衝パレスチナは人種が混ざり合い、そして土地を巡る争いごとが絶えることはなかった。
宗教と民族による分断、憎悪と対立、どちらが善と悪なのか? 傍から見る以上に複雑に絡み合った問題は永遠に解れそうにない。
静かなる観察者スレイマンは、パレスチナを一歩出てみたら、おかしなことに世界のどこもかしこもパレスチナ化してきているように見えてくるんだと教えてくれる。
パレスチナで続いていることは、けっして対岸の火事ではないのだよ、ホラ!と。パレスチナのことを理解していないだろうが、これはパレスチナそのものだよと静かに提示してくる。
この映画を観た後、過去の代表作『D.I.』(2002年)を観たが、やはりスレイマン自身が演じ、パレスチナ問題を取り上げた異色のコメディ作品であった。
映画作りを通して、パレスチナ問題を姿形を変え、声高に話すことなく、シレッとスレイマンが捉えた“心象地理”を見せてくる。
シニカルな笑いにクスッとさせられながら、理解できていない地理的なこと、政治的、民族的なところは、あとで復習した方が現在の世界の姿が見えてくる、そんな知的な作品であるし、何より年を重ね円熟味を感じさせるスレイマン監督自身がダンディで素敵すぎるのだ。
More to Read:
『天国にちがいない / It Must Be Heaven』(2019年・フランス・カタール・ドイツ・カナダ・トルコ・パレスチナ合作・1時間42分)
監督:
エリア・スレイマン
出演:
エリア・スレイマン、ガエル・ガルシア・ベルナル、タリク・コプティ、アリ・スリマン
© 2019 RECTANGLE PRODUCTIONS - PALLAS FILM - POSSIBLES MEDIA II - ZEYNO FILM - ZDF - TURKISH RADIO TELEVISION CORPORATION
Wonder Movies 1
『時代革命』 監督:キウィ・チョウ

Story:
2019年の「逃亡犯条例」改正案への反対運動以降、活発化した香港の民主化デモ。
だが、中国当局による更なる監視により、自由主義が急速に失われてゆく香港。
青少年から大人まで香港市民が真っ向から警察と対峙して戦い続けた抵抗の記録。
2019年半ばから約1年かけて撮影した上映時間2時間半の白熱のドキュメンタリ―映画。
今年開催のカンヌ国際映画祭で6月16日にサプライズ上映された『時代革命/Revolution of Our Times』。
その後、11月7日に東京フィルメックスで前日までタイトルは伏せられていたにもかかわらず、満員御礼で『時代革命』は上映された。
あまりにもドラマチックなことが起こる白熱した民主化デモを追い続けた2時間32分の大作ドキュメンタリー。
あの愛すべき都市、香港が戦場のように変わり果て、そのデモの中心でカメラは回り続けた。
上映中、すすり泣きが絶えず聞こえる中、筆者も大いに泣いた。
日本国内の報道では見ることのなかった映像、先のパレスチナ問題もそうだが、日本のニュースは恣意的な内容が実に多い。『時代革命』のような作品を観るとニュースを通して、市井の人々へと正確な真実は伝わっているのか?疑念が生じるばかりである。
昨年末、全米大都市圏7か所での大規模なプレミア上映会が行われ、来年のオスカー長編ドキュメンタリー賞への足掛かりを進めているのかと想像している。
日本公開は未定であるが、このままオスカーまで登り詰めて、その暁には是非、日本でも正式に劇場公開して頂きたい。
そして、本作の監督のキウィ・チョウさん、映画に関係した全ての方々の今後の安全と無事を祈っている。
More to Read:
『時代革命/Revolution of Our Times』(2021年・香港・2時間32分)
監督:
キウィ・チョウ
© Haven Productions Ltd.
映画『時代革命』公式サイト
2019年、香港で民主化を求める大規模デモの最前線、壮絶な運動の約180日間を多面的に描いたドキュメンタリー映画『時代革命』2022年8月13日(土)より、ユーロスペースほか全国順次公開
【更新】2022年8月9日