人種差別が色濃く残る20世紀半ばのアメリカ南部で生まれ育ったアフリカ系アメリカ人であるアンドレ・レオン・タリー。
いかにして白人の占める割合の多いファッション業界で最も影響力のあるヴォーグ誌のファッション・キュレーターとなったのか?
有名デザイナーやファッション界を代表する人物たちのインタビューや本人の映像をもとに彼の生涯を紐といてゆく。
Story:
2022年1月18日に73歳で他界した、ファッション界の巨匠と呼ばれたアンドレ・レオン・タリー。
圧倒的に白人優位のファッション業界において、黒人モデルや非白人デザイナーたちの進出に積極的に貢献した。
幼少時からファッションに目覚め、大学卒業後にファッションの世界に飛び込んでからはメトロポリタン美術館でダイアナ・ヴリーランドの助手に指名されたり、アンディ・ウォーホルのもとでも働いたことがあり、アフリカ系アメリカ人初のWWD紙のフランス支局長や初のVOGUEクリエイティヴ・ディレクターとなるなど、彼の業績は華々しい。
アンドレの類いまれなる才能と行動力の源泉となったものはなんなのか。
本人へのきめ細かなインタビューと共に、アナ・ウィンター、トム・フォード、マーク・ジェイコブス、イヴ・サンローラン、カール・ラガーフェルド、ノーマ・カマリ、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ、ウーピー・ゴールドバーグ、イザベラ・ロッセリーニ、ウィル・アイ・アム(ブラック・アイド・ピーズ)など、ファッション業界のみならず多数の豪華な関係者らの証言でアンドレが生涯貫いた「スタイル」を描いてゆく。
映画『プラダを着た悪魔』でスタンリー・トゥッチが演じたナイジェル役のモデルはアンドレ
本作では、彼が生まれた1948年当時のジム・クロウ法(1876年~1964年に存在した人種差別的内容を含むアメリカ合衆国南部諸州の州法)影響下にあるアメリカ南部での「黒人」の立場や生活環境、その生い立ちや彼に多大なる影響を与えた祖母との暮らし、ファッションに目覚めた幼少期から故郷を離れ大学生活を送る中で培っていったセンスや様々な人々とのコミュニケーション、ファッション界の巨匠と呼ばれるまでの奇跡が連続するかのような道のりを華やかな映像や写真、インタビューで検証してゆく。
だが、「先駆者」と呼ばれた彼が受けたであろう数々の差別、侮辱や目に見えぬ壁などはほとんど描かれない。唯一、本人がインタビューの中で「男娼」呼ばわりされたことがある、と大きな瞳を赤くしながらも感情を抑えつつ語るシーンがあるのみである。
彼の業績が正に「アメリカン・ドリーム」と呼ぶにふさわしい華麗なものであることが丁寧に綴られてゆくのだが、その行間に潜む苦労と努力を思う時、アンドレの生き様が視えてくる。
思うに、彼の苦労や差別がほとんど描かれないのは、彼の希望によるものであり、またそれに沿うことが一人のファッションを愛する人間を「アンドレ・レオン・タリー」というレジェンドたらしめた「スタイル」を表現するのに最も適していたからだろう。
愛情深い祖母に、幼少時から家の中を整えることや身ぎれいにすることを躾けられ、地元の高校時代には恩師から「1番の復讐は、成功すること」と教えられて育ったアンドレ。
彼はそれを実践し、侮辱する相手のことを考える時間も惜しい、とひたすら自らの天職に没頭し、仕事で成功することによって差別を跳ね返してきたのだ。
彼は、映画『プラダを着た悪魔』(2006年)でスタンリー・トゥッチが演じたナイジェル役のモデルとされている。
個人的には好きな作品だし、スタンリー・トゥッチの演技も素晴らしいと感じているが、アンドレがモデルであるならば何故、アフリカ系アメリカ人をキャストしなかったのかと思う。
もちろん、映画を作る上では必ずしも現実そのままにする必要はないし、様々な事情もあるだろう。
しかし、ファッション業界で成功している人物として白人をキャストしたということは、その方が自然で、主人公であるアンディと悪魔的な編集長ミランダの二人のかけ合いを邪魔せず、イジメのような仕打ちにひたすら耐えて頑張る健気なヒロインに観客が集中できると考えたのではないだろうか。
作中、スタンリー・トゥッチ演じるナイジェルが、アン・ハサウェイ演じるアンディが愚痴るのに対して、辛辣だが愛ある言葉で諭すシーンがある。
「辞めろ」「君は努力していない」
これをアンディと同じ「白人」が言うのと、「黒人」が口にするのとでは、重みが全く違ってくる。
けれども、それ故にアフリカ系アメリカ人をキャストせず、モデルとされるアンドレへの敬意よりもヒロインを際立たせることを選んだのではなかろうか。
上記の公開当時の2006年ですら、多くの人達に受け入れられやすいストーリーとするためにそうしたのだとするなら、アンドレがファッション業界に飛び込んだ1970年代の彼に対する風当たりの強さは想像するに余りある。
それでも彼は差別をする者たちの言葉には耳を貸さぬようにし、ひたすら業績を積み上げ、成功することによって見返してきたのだろう。
大きな体でウィットとユーモアに溢れた言葉を立て続けに繰り出し、唯一無二のセンスと完成度で物語性豊かな誌面を創り上げ、デザイナーやモデルを羽ばたかせ、彼の後に続く者たちに勇気と希望を与えた稀代の編集者にしてファッション・キュレーター。
ファッションに興味のある人たちはもちろん、興味のない人にもぜひ観ていただき、「アンドレ・レオン・タリー」という「美学」を味わってほしいと思う作品である。
『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者/The Gospel According to André』(2017年・アメリカ・1時間33分)
監督:
ケイト・ノヴァック
出演:
アンドレ・レオン・タリー、アナ・ウィンター、トム・フォード、マーク・ジェイコブス、イヴ・サンローラン、カール・ラガーフェルド、ノーマ・カマリ、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ、ウーピー・ゴールドバーグ、イザベラ・ロッセリーニ、ウィル・アイ・アム(ブラック・アイド・ピーズ)、ラルフ・ルッチ、サンドラ・バーンハード、マノロ・ブラニク、アンドレ・ウォーカー 他
© ROSSVACK PRODUCTIONS LLC. 2017
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