
若さ、そして美貌と引き換えの恐ろしいツケ『サブスタンス/The Substance』
『REVENGE リベンジ』(2017年)でウルトラ・バイオレンスな作品を引っ提げて度肝を抜いたフランス人監督コラリー・ファルジャが次作に選んだのは謎めいた若返りの秘薬が巻き起こす奇怪なボディ・ホラーの怪作。
カンヌで脚本賞に輝き、トロントのミッドナイト上映で観客を大いに沸かせた本作は、女性の美と若さへの究極の渇望が巻き起こす顛末をコミカルに、そしてホラー映画のようにおぞましく描いたことでジャンル映画を超え、そしてクローネンバーグが培ったボディ・ホラーの新たな地平を切り拓いた点で革新的な作品となっている。

Story:
オスカー女優のエリザベス・スパークル(デミ・ムーア)は、長年に渡りテレビのエアロビクス・エクササイズ番組の人気ホストだったが、50歳の誕生日に突然、番組降板を言い渡される。
気落ちしたエリザベスは運転中、追い打ちをかけるかのように自分が広告イメージで使われているビルボード広告が下されているのを見た瞬間、激しいカークラッシュ事故を起こしてしまう。
収容先の病院でエリザベスは、若さと美貌を兼ね備え、現在の自分よりもより完璧なもう一人の自分を創り出せる”サブスタンス”と記された謎めいたフラッシュドライブを受け取る。
そしてそのフラッシュドライブにより、アクティベートされた得体の知れないエリザベスの若いバージョンが彼女の背中からするりと生まれ出てくるのだった。
その若いバージョンのエリザベスは、スー(マーガレット・クアリー)と名乗り、エリザベスとスーは1週間交代で入れ替わり、片方が活動している間、もう一人は昏睡状態となる。
スーは昏睡状態のエリザベスから抽出した血清により自らの身体の状態を安定化させていた。
エリザベスが以前出演していた番組へのスーの出演が決まり、スーは一夜にして人気者となるが、エリザベスのプライドはズタズタにされ、過食とアルコール漬けの日々となりふさぎ込んでいくのだった。
スーは、エリザベスとのボディ・チェンジを遅らせるため安定剤を過剰摂取し続けるのだが、その結果としてエリザベスの加齢が急速に進んでしまうのだった・・・。
その後3ヶ月もの間、スターとなったスーが安定剤を飲み続けた結果、エリザベスはやつれた老婆の姿となり、ニューイヤーズ・イヴの特別番組という大役を果たす出演の日、スーの安定剤のストックは底を尽きる・・・。
安定剤を使えなくなったスーは強制的にエリザベスとボディ・チェンジさせられ、そこに現れたのは髪が抜け落ち変わり果てた姿のエリザベスであった・・・。
Behind The Inside:
エグさが際立つ究極のボディ・ホラーに挑んだデミとマーガレット

61歳のデミ・ムーアがオールヌードのシーンもある50歳という役柄設定のスター、エリザベス・スパークルを演じたことも驚きであるが、同じく全裸のシーンがありエリザベスの若返りバージョンというスー役に果敢に挑んだマーガレット・クアリーの二人は、映画の中では互いに足を引っ張り合うが、意外にも撮影現場では信頼のおけるパートナー的な存在であったという。
その理由の一つとして辿るべき一本の映画がある。
デビュー当時のデミ・ムーアは、モラトリアムな学生生活からそれぞれの人生を歩み始めるまでを描いたジョエル・シュマッカー監督による青春群像劇の傑作映画『セント・エルモス・ファイアー』(1985年)で、マーガレットの母であり、当時、他の女優とは一線を画すエキゾチックな魅力を放っていたアンディ・マクダウェルと共演している。
あの作品が俳優としてのキャリアの出発点や転換点となった若者スターが数多く出演し、デミにとっても母アンディにとっても忘れ難い作品となったはずである。
そんな大事な作品で共演したいわばデビュー当時の同志ともいえるアンディの娘とのダブル・キャストであるから、憎しみあう役柄とはいえ、当時を思い浮かべ感慨ひとしおだったに違いない。

アンディの娘マーガレットは観たもの誰もがハッとしたであろう、クエンティン・タランティーノ監督作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)で、はち切れんばかりの若さが故のエロティシズムを体現していた。
様々な役どころに挑戦し続けている彼女は今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、才色兼備のハリウッド女優に成長した。
本作でマーガレットは自身の胸にプロテーゼ(人工装具)による”着け胸”をして、グラマラスな見た目を実現している。
彼女はすでに母アンディ・マクダウェルが放ってきた唯一無二の魅力を持ち前の役者根性で軽々と超えていると言えるのかも知れない。
Under The Film:
本作に影響を与えた映画2作品+One
オスカー受賞女優が50歳になった途端にお払い箱になるシニカルなブラック・コメディが作られた背景には、様々なインスパイア作品が存在する。
1本目にご紹介するのは美しく描かれた自身の肖像画のようにいつまでも若くありたいと願うあまりに自らの魂を差し出した青年ドリアン・グレイの物語。
ドリアンの代わりに肖像画が醜く年老いてゆく怪奇を描いたオスカー・ワイルド原作の映画『ドリアン・グレイの肖像』(1945年)は、本作に強く影響を与えている。
また監督のコラリー・ファルジャも認めているが、先駆的なボディ・ホラーの名手デヴィッド・クローネンバーグ監督による『ハエ男の恐怖』(1958年)の大胆リメイク作品『ザ・フライ』(1986年)からのインスパイア・シーンもあるという。
それは主人公の腐った指から爪が剥がれ落ちる場面で、同じようなシーンを本作中で再現している。
マスター・オブ・ボディ・ホラー、クローネンバーグが創り上げてきた異端の世界への憧憬と強靭な作家性へのリスペクトがあるからこそ現代のボディ・ホラー映画の傑作は生まれたと言えるのかも知れない。
そして、『サブスタンス/The Substance』創作へ影響を与えたと感じられるプラスOneの作品であるが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作でタイムトラベル物SF映画の金字塔を打ち立てたロバート・ゼメキス監督が1992年にメガホンを取った当時としては時代を先取りしすぎた感のあるブラック・コメディ・テイストの異様な美容系ホラー『永遠に美しく… / Death Becomes Her』。
いつまでも若く美しくありたいと願うあまり、不老不死の秘薬を飲んだ元人気女優のマデリーン(メリル・ストリープ)と、付かず離れずの関係の友人ヘレン(ゴールディ・ホーン)の貪欲で虚栄心の強い女性同士が延々と繰り返す醜いいざこざを描いたブラック・コメディ。
友人であるメリルとゴールディが互いに美を競い足を引っ張り合う関係性が、同一人物ではあるがエリザベスとスーが貶め合う本作の物語の流れと酷似している。
『永遠に美しく… / Death Becomes Her』では、死に至る致命傷を受けても死なず、無惨な姿のまま当事者の誰よりも生き続けるという何とも言えないシニカルな悲劇を描いていた。
監督コラリー・ファルジャは本作『サブスタンス/The Substance』で、そうした先達が作り上げてきた不死や若返りといったコンセプトをよりエグく醜く、また映像的にはスタンリー・キューブリックの名画を想起させるかのような冷徹なまでにスタイリッシュな画面構成でグイグイと押し迫ってくる。
Awards:
- 第77カンヌ国際映画祭:コンペティション部門出品作・脚本賞
- トロント国際映画祭:ミッドナイト・マットネス上映・ピープルズ・チョイス賞
『サブスタンス/The Substance』(2024年・イギリス・フランス・アメリカ・2時間21分)
監督:
コラリー・ファルジャ
出演:
マーガレット・クアリー、デミ・ムーア、デニス・クエイド、ヒューゴ・ディエゴ・ガルシア、アレクサンドラ・バートン、オスカー・ルサージュ 他
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