戦争の恐ろしさを伝えた美しき報道写真家の物語『Lee / リー』
ヴォーグ誌のトップ・モデルとして脚光を浴びた後に写真家となり、第二次世界大戦が始まると共に悲惨な戦争の姿を伝えるためアメリカ軍公式の報道写真家となり、戦地を駆け巡った写真家リー・ミラー。
彼女の半生に魅入られたケイト・ウィンスレットが主演と製作を兼ね、完成させた渾身のバイオピック。
映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(2024年)でキルスティン・ダンストが演じたベテラン報道写真家リー・スミスのリーとは、偉大な報道写真家リー・ミラーへ捧げたオマージュである。
Story:
1977年、リー・ミラー(ケイト・ウィンスレット)は、インタヴューに答える形で自らの半生を思い返してゆく。
1920年代のニューヨーク、ファッション誌ヴォーグの表紙を飾る売れっ子モデルのリー・ミラーは、渡仏し、当時、シュールレアリストとして名を馳せていた前衛写真家マン・レイに弟子入りし、写真家としての道を歩み始める。
公私共にマン・レイのパートナーとしてパリでの写真家生活を満喫しながら、当時から一世を風靡したピカソといった現代アーティストたちとの交流を通して、自己を再発見してゆく。
後に単身ニューヨークへと戻るとプロの写真家として本格的な活動を始める。
画家ローランド・ペンローズ(アレクサンダー・スカルスガルド)と恋に落ちて結ばれ、ロンドンで暮らし始めるが第二次世界大戦が勃発する。
ナチス・ドイツによるロンドンへの大規模空爆”ザ・ブリッツ”をリポートしようとするが、当時のイギリス軍は女性を最前線には行かせなかったため叶わなかったが、1941年にアメリカ軍が参戦するとリーは、軍が認めた4人目の女性報道写真家として本格稼働することとなる。
三度、そのキャリアを劇的に転身するリー。
彼女は戦争の悲惨さを伝えるため、自らの命も顧みず最前線へと足を向ける。
ヴォーグ誌からの依頼で、ロンドン、パリ、そしてナチス・ドイツの悪名高いダッハウ強制収容所解放をリポートし、ファインダーを通して、目撃してきた事実を歴史に刻んだ。
だが、この戦争経験によりリーは心に深い傷を負うこととなるのだった・・・。
Behind The Inside:
原作は、リー・ミラーの子息による母リー・ミラーの自伝
原作はリー・ミラーの伴侶となる画家ローランド・ペンローズとの間に生まれた息子アンソニーが1985年に発刊した母リーの自伝本”The Lives Of Lee Miller”である。
稀代の才能リー・ミラーに魅入られたケイト・ウィンスレットのプロジェクト実行力
主演のリー・ミラー役と製作を務めるケイト・ウィンスレットは、本作が初監督となる撮影監督のエレン・クラスとは、ケイトのキャリアにとって初期の代表作となったミッシェル・ゴンドリー監督による記憶除去手術にまつわる恋愛非喜劇『エターナル・サンシャイン』(2004年)で主演と撮影監督として出会ってている。
意気投合した二人は”いつの日か、一緒に映画を作りましょう!”と話しており、約20年の年月を経て、夢は実現したこととなる。
『エターナル・サンシャイン』の後、俳優のアラン・リックマンがメガホンをとった『ヴェルサイユの宮廷庭師』(2014年)でも再び主演と撮影という形で仕事をしているが、『リー』はエレン・クラスにとっても映えある初監督作となり、二人の長年の夢のコラボレーションが見事、結実した。
そのキッカケとなったのがニューヨークの書店でエレンが手にしたリー・ミラーについての本である。
リーとケイトが似た部分があると感じ、同じ本を2冊購入し、一冊はケイトの元へと送ったという。
そして、その数年後、ケイトはリー・ミラーが所有していたアンティークのテーブルを偶然に購入し、エレンから本が送られていたことを思い出し、自宅の本棚を探したという。
リー・ミラーとのただならぬ縁を感じたケイトは、リー・ミラーについての映画を製作することを決め、エレンに監督を依頼し、映画化が進められた。
だが、ケイトの輝かしいキャリアをもってしても製作の進行は順風満帆とは言えなかった。
ヒロインが稀代の美貌とクリエイティブな才能を兼ね備え、世界で起きていることに対して慈愛に満ちた共感性を持っていたという全てを持ち合わせる人物は現実にはそうそういるものではないが、稀有なことに正しくリーがそうであったという事実は男性の出資者からはあまり好かれることはなかった。
そして戦時中の時代物を扱う映画としては、集まった製作費は潤沢とは言えず、ケイト自らが先頭に立ち、シナリオ作り、ロケーション探し、撮影にこだわりを見せ、キャスティングに関しても彼女が直接、出演依頼をしたという。
更に製作準備中にすでに製作費が底をつき、2週間分のスタッフの給与をケイト自ら補填したのだというのだから見上げたプロデューサー根性である。
Under The Film:
憧れの存在から真の友情を育んだマリオン・コティヤールとケイト・ウィンスレット
本作で、フランス・ヴォーグ誌のファッション・エディター、ソランジュ・ダヤン役で共演しているマリオン・コティヤールは、文盲の女性を熱演しケイト・ウィンスレットにアカデミー賞・主演女優賞をもたらした歪な悲恋の物語、映画『愛を読む人』(2008年)でのケイト・ウィンスレットの圧倒的なパフォーマンスに魅了されていた。
実は、マリオンはケイトが演じた主人公ハンナ役のオーディションを受けて落選、役を掴み取ったケイトはその熱演によりオスカー像も手にしている。
その後、マリオンは、ケイトへの憧憬からいつの日か彼女と共演する自分の姿を夢見るようになっていったという。
そして時代は巡り、世界がコロナ禍となり、描かれた内容が現実世界で起きていることへの予知夢的であるとして再び脚光を浴び、世界中で配信大ヒットした感染スリラー『コンティジョン』(2011年)で念願の共演を果たすが、ケイトと一緒に演じるシーンは一つもなく、マリオンを大いに失望させた。
その後、ケイトがナレーションの仕事で知ったアイスランドの自閉症の少年詩人ケリ・エリックドティアールとの出会いがマリオンをケイトの元へと引き寄せることとなる。
金の帽子を被ると自閉症の人がコミュニケーションが取れるようになるというケリの詩に感動したケイトがケリの詩集本”The Golden Hat: Talking Back To Autism”をプロデュース。
多くのセレブたちが金の帽子を被ったポートレイト写真を詩集に合わせた本を出版した時にマリオンにも参加の打診をしている。
ケイトの映画デビュー作『乙女の祈り』(1994年)を観て以来のケイトのファンであることを自称するマリオンは、ジョシュ・ブローリンが演じる心優しき脱獄犯とケイト演じるシングル・マザーと息子との心温まる5日間を描いた『とらわれて夏』(2013年)についての絶賛レビューをハリウッドの映画業界誌ヴァラエティに寄稿している。
こうしてマリオン・コティヤールとケイト・ウィンスレットの距離は縮まっていった。
そして、本作『Lee/リー』製作がスタートし、ケイト自ら直接出演交渉をして、リー・ミラーにとって、大事な友人であったフランス・ヴォーグ誌のファッション・エディター、ソランジュ・ダヤン役をマリオンにオファーしたのだ。
マリオンが演じた華やかな経歴を持つソランジュ・ダヤンであるが、夫はフランス・レジスタンスの一人だったため戦時中にナチス・ドイツ軍に逮捕され、戦争が終わる5日前に悲劇的な死を迎えている。ソランジュは生還したが、彼女もまた強制収容所送りとなっている辛い記憶を心に刻んでいるという難役である。
またイギリス・ヴォーグの名編集者オードリー・ウィザース役として、アンドレア・ライズボローも出演しており、オスカー主演女優賞に輝くケイト、マリオンとオスカー・ノミネート女優のアンドレアと3名もの豪華なオスカー女優の競演作品となった。
『リー / Lee』(2023年・イギリス・アメリカ・オーストラリア・シンガポール・ハンガリー・1時間57分)
監督:
エレン・クラス
出演:
ケイト・ウィンスレット、アンディ・サムバーグ、アレクサンダー・スカルスガルド、マリオン・コティヤール、アンドレア・ライズボロー、ノエミ・メルラン、ジョシュ・オコナー、サミュエル・バーネット、シーン・ダガン、エンリケ・アルセ 他
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