
『ONE BATTLE AFTER ANOTHER/ ワン・バトル・アフター・アナザー』をほじくり返す。
600ページ近くあるポスト・モダン小説の旗手トーマス・ピンチョンの長編小説『ヴァインランド』を元ネタにポール・トーマス・アンダーソン監督が大胆に脚色した映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』は、第98回アカデミー賞 作品賞ほか最多6部門を受賞する快挙を成し遂げた。
公開のタイミングで起きた米移民・関税執行局(ICE)による史上最大の不法移民の摘発が本作でも類似した世界観を描いていることも相まってか神風が吹き、ポール・トーマス・アンダーソンの映画史上、最も興行収入を稼いだ作品ともなった。
本作の映画企画の端緒からキャスティング、製作費の調達、実際の撮影から完成までの道のりを俯瞰しながら、作品が完成し劇場での一般公開後に抱いた様々な疑問についての答え合わせ、また本作が遺した映画製作作法、拘りの映画技術が現代映画史に遺したマイルストーンについてもほじくり返す。

Story:
燃え尽き症候群でダラダラとした日々を過ごすポンコツ元革命家、ボブ・ファーガソン(レオナルド・ディカプリオ)は、行方しれずとなっている破天荒な革命家ペルフィディア・ビバリーヒルズ(テヤナ・テイラー)との間に生まれた一人娘のウィラ・ファーガソン(チェイス・インフィニティ)と森の中でひっそりと隠遁生活を送っている。だが、ある日突然、異常な執着心でボブを追い詰めるスティーブン・ロックジョー大佐(ショーン・ペン)がボブとウィラを捕まえようと動き出したことを知り慌てふためく。革命の同志たちが次々と襲撃され、何も知らされていないウィラはさらわれてしまうー。迫り来る執拗な追撃者たちを命からがらかわすボブであったが、娘を無事取り戻したい彼の心に再び闘争の火が灯ってゆくー。
難解なピンチョンの小説を20年越しで映像化構想
その複雑なプロット、膨大な情報量、虚と実が入り混じり、因果関係を拒否するかのような独特なメタフィクション的構造から映像化不可能とされるトーマス・ピンチョンの小説群。
わずかに短編映画が1本作られたのみで長編映画化する猛者はポール・トーマス・アンダーソン(以降、PTA)以外、現れていないい。
かつてボディ・ホラーの巨匠デヴィッド・クローネンバーグが、ピンチョン小説史上最高傑作とされる膨大な数の登場人物と入り組んだ構造で構成される『重力の虹』を映画化しようとしたが、頓挫している。
ピンチョン作品というとただ難解なだけではない。全てがカオスで読者に問いかけるような構成はいつの間にか読者も小説の中に取り込まれてしまうから因果関係を重視する映画というメディアでは表現が難しく、折り合いがつかない。
ピンチョンの小説ではないが、最もピンチョン的な世界観の作風と言われているのが、アレックス・コックス監督によるエミリオ・エステベス主演の破茶滅茶なSFコメディ『レポ・マン』(1984)である。全編に散りばめられたパンク・テイストと車のローンの取り立て屋が未払いの者から車を取り立てるが、トランクには何と⁉︎ 宇宙人の死体が詰められていたというカウンターカルチャー的世界観を背景に奇妙な登場人物やパラノイアが錯綜するピンチョン的啓示に富んだSFアクション・コメディである。
読み始めると部屋に閉じこもって読み耽る熱烈な読者であったPTAは、まず比較的映像化しやすいとされたが、完成した作品は何とも難解で不穏な探偵映画『インヒアレント・バイス』を完成させ、その後2本目のピンチョン原作の映画化として、長年、脚本執筆で格闘していた『ヴァインランド』を選んだが、本作の映画化までの道のりはそう簡単なものではなかった。
PTAがこの映画の原形となるアイデアを持ち始めたのは2000年代初頭のことだった。当初は三つの独立した構想が頭の中に存在していた。一つは砂漠を舞台にしたアクション・カーチェイス映画。もう一つはトーマス・ピンチョンの1990年の小説『ヴァインランド』の映画化。そして三つ目が、女性革命家を主人公にした物語だった。PTAはこれら三つのアイデアを「2〜3年おきに引き出しから取り出しては書き直す」という作業を約20年間繰り返し、並行して『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『ザ・マスター』『インヒアレント・バイス』『ファントム・スレッド』『リコリス・ピザ』という5本の映画を撮り続けた。執筆に使用しているアプリケーションはいまだにWordというのだから恐れ入る。書き続けた結果、600ページにまで膨らんだが、削りに削って、映画の脚本の最終形として完成させた。
PTAは「ヴァインランドを愛しすぎていたため、そのまま映画化しようとすると愛着が邪魔をした」と語る。結果として原作に忠実に従うのではなく「ピンチョン本人の了承を得て、自分に響いた部分だけを盗んで、他のアイデアと組み合わせた」という。原作から借りたのは「革命家たちが散り散りになった後、その一人が北カリフォルニアの森で娘を育てながら、過去が追いかけてくる」という父娘の物語のシンプルな骨格のみだった。
チェイス·インフィニティの存在が全てを繋いだ
20年間かけた作品が完成に向かったのは、ウィル役を演じる新人女優チェイス・インフィニティとの出会いがきっかけだった。PTAは後に「なぜこんなに時間がかかったのかを振り返ると、チェイス・インフィニティに出会うのを待っていたのだという結論に達した」と感慨深く語っている。
チェイス・インフィニティ(本名チェイス・インフィニティ・ペイン、2000年生まれ、インディアナポリス出身)はコロンビア・カレッジ・シカゴでミュージカル・シアターを専攻し、2022年に卒業。その7ヶ月後にApple TV+の『推定無罪』で女優デビューを飾った。
オーディションの経緯も映画的だった。『推定無罪』の撮影中にオーディション用のセルフテープを送付し、PTAが見守る中で空手の稽古に参加した。チェイスはその時点で完全な初心者だったが、PTAはセッション終了直後に即決した。合格を告げたのもPTAらしいやり方で、ホテルのロビーでさりげなく近づいてきて「まだご存知ないでしょうが、役は君のものだ」とだけ告げた。
本作中でもチェイスが演じるウィラがスクリーンにいるから後半もずっと観続けられるという効果は絶大で、ウィラ自身のキャラクター解説の掘り下げはあまりないのだが、不在のペルフィディアの代わりとなり、ウィラの存在はドラマ後半の時間軸を支え続ける。
破格の製作費とそれを担保したハリウッド最後の真のスター、ディカプリオ
2024年2月、バラエティ誌は製作予算を1億1500万ドルと報じ、同年8月にはウォール・ストリート・ジャーナルが「1億4000万ドル以上」と報道。PTA作品の中でそれまでで最も稼ぎ出した『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でさえ約7600万ドルだったが、ワーナー幹部らは、名前が付くだけで資金調達が実現すると言われる稀有なスター、レオナルド・ディカプリオの参加が決まったことでこの大きな予算を正当化する判断をしたとされる。
ただし、通常、2億ドルを超えればそのシーズンを代表する超大作扱いとなるが、1億〜1億5000万ドル前後の製作費は、「大作だがシリーズもの以外の単発作品」が多く集まる微妙なゾーンとなる。
それでもPTAのような純粋な作家主義の監督作品で1.5億ドルのバジェットは、ワーナー映画としては、かなりの賭けに出たということで最後の真のハリウッド・スターとも呼ばれているレオナルド・ディカプリオの力を得て、ワーナー幹部たちは、北米だけで1億8000万ドルの興収が見込めると試算し、このプロジェクトは無事テイクオフする運びとなった。
PTAとレオナルド・ディカプリオの縁は1990年代後半まで遡る。PTAが『ブギーナイツ』のキャスティングをしていた頃、すでにディカプリオの存在を意識し、出演を打診していた。しかしディカプリオはその役を断り、代わりに『タイタニック』を選択した。その結果、代わりにキャスティングされたマーク・ウォールバーグが大きなチャンスをつかんだ、という歴史のIFがある。だがディカプリオのその後のキャリア・ステージを考えると『タイタニック』を選んで最適解であったのは間違いない。
本作でのディカプリオの役柄は、自分がもう若くないことを自覚している哀愁漂う元革命家のボブ。ジェームズ・ボンドのような状況に放り込まれるが、何一つ対処できずに走り転び逃げ惑う。
近年のディカプリオは中年ダメ男をコミカルに演じると冴え渡る。ボブの見た目に関しては、かなり討論を重ねたという。娘を奪還するために何を着ているかなど気にせず、ボブ父さんはバスローブのままでストリートへ当てもなく飛び出してゆく。
もともとボブの衣装はスウェットシャツの予定であったが、PTAとディカプリオの会話の中で「もしもバスローブのままだったら?」と言い出して、この安物感溢れるバスローブを1億4000万ドルの映画の主役衣装にすることとなった。
くたびれた感じのバスローブに見えるが、これはアカデミー賞受賞コスチューム・デザイナー、コリーン・アトウッドによるものでビンテージのバスローブの型から、コットンとウールのブレンド生地で手作りされた一品もの。リサイクル・ショップで調達してきたわけではない。
バスローブが衣装というとコーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』でジェフ・ブリッジスが演じたザ・デュードを思い出してしまうが、ディカプリオ自身、デュードへのオマージュは認めているようである。
骨董品の高画質カメラを引っ張り出しての撮影
本作の最大の技術的な冒険は、ほぼ全編VistaVision(以降、ビスタビジョン)での撮影であった。ビスタビジョンは1950年代にパラマウント映画が開発したフィルム・フォーマットで、通常の35mmフィルムが縦走り(4パーフォレーション)なのに対して、横走り(8パーフォレーション)でフィルムを使用するため、コマのサイズが2倍の面積になる。その結果、解像度が著しく向上し、光学的に独特の質感とおまけの効果として豊かなボケが生まれる。だが、制作費的には、フィルムは倍のスピードで消費されるので予算に響くこととなる。マーロン・ブランド主演『片目のジャック』(1961年)は、監督は本来ならスタンリー・キューブリックが監督するハズであったが、都合によりキューブリックは降板し、急遽ブランド自らメガホンを取った作品が最後のビスタビジョン撮影の映画として知られている。以来、約60年以上ビスタビジョンというフィルム・フォーマットは使用されなかったということである。まさに骨董品級の撮影システム。
そして、なんと⁉︎ このフォーマット復活の発端は一人の俳優の個人的な情熱にあった。古いカメラの修復が趣味という俳優ジョバンニ・リビシが12年前にニューヨークのカメラ店で「邪魔でただ処分したがっていた」ビューモントVistaVisionカメラを購入し、様々なレンズやパーツを集めて自ら修復・所蔵していた。撮影監督マイケル・バウマンがパナビジョンにリビシのカメラを借りて持ち込んだ際、PTAは「美しく修復された1957年のシボレーを泥の中で走らせるようなものだ」と心配した。するとリビシは「これは貴重な工芸品ではない、映画を作るためのものだ。持っていって素晴らしい映画を作ってくれ」とエールを送った。その結果があの解像感の高い迫力ある映像美に結実したのだからPTAは功労者でもあるリビシが演じるのにうってつけな役柄を差し出してもよかったのでは? たとえば革命組織フレンチ75のメンバーの一人とか、クリスマス・アドベンチャーズの末端メンバーでロックジョーに粛清される役とか、カメラを提供した者がそのカメラに映されて、劇中で殺されるとかメタ的な展開があってもよかったのでは? 本編エンド・クレジットでは、カメラを供与してくれたリビシへの謝辞がクレジットされている。撮影現場ではリビシのカメラをAカメラとし、他、レンタルした2台の計3台で撮影に臨んだ。全体の8割をビスタビジョン撮影で行い、トータルで1500万フィートものフィルムを走らせるという前例のない規模の撮影となった。
マイケル・バウマンのあり得ない撮影方法
ビスタビジョンは、そのカメラの大きさと重量もあって本来三脚に固定して撮影するのが習わしだが、バウマンは車に直接マウントして時速100キロ以上で走らせたり、ステディカムに乗せ、移動撮影も敢行するなど無茶な使い方で現場をハラハラさせながら仕事をやり抜いた。その結果は見事な映像となったが、現場では、「芝刈り機みたいな音がして突然止まる、フィルムが詰まって飛び出す、フィルム・マガジンが完全に死ぬ」といった状況が日々続き、バウマン自身「刃の上を歩くような肝を冷やす撮影体験だった」と後で語っている。
クライマックスのカーチェイスシーンのロケーションも偶然の産物だった。プロダクション・デザイナーのフロレンシア・マルティンがアリゾナ州境近くのブライスからの帰路、ボレゴ・スプリングス付近の丘陵道路に偶然迷い込み「突然、丘の間をアップダウンし始めた瞬間、この道がいかに特別か全員が感じた」という。脚本に「こういう道が必要」という要求はなく、ロケを見た瞬間に方向性が決まった。
このカーチェイスシーンでは俳優が実際に自分で運転し、ビスタビジョンの独特の被写界深度と丘の起伏によって「速さと遅さが同居する」奇妙なリアリティが生まれた。これは意図的に狙ったものでもなく、かといって失敗でもない。「ビスタビジョンをこう使ったらこうなった」という偶然の産物だった。
ビスタビジョンがハリウッドで流行中のワケ
ビスタビジョン復活の時系列を正確に辿ると、2023年にヨルゴス・ランティモスと撮影監督ロビー・ライアンが『哀れなるものたち』の一部でビスタビジョンを撮影を試み、2024年には『ザ・ブルータリスト』で撮影監督ロル・クロウリーが全編ではないが部分使用してアカデミー賞・撮影賞を受賞した。これがシグナルとなり、続く本作で全体尺の8割をビスタビジョン撮影で行い「このフォーマットは本当に使える」と業界内での評判を決定的にした。
その後、エメラルド・フェネル監督の『嵐が丘』、グレタ・ガーウィグ監督の『ナルニア国物語』、アレハンドロ・イニャリトゥ監督の『ディガー』、ヨルゴス・ランティモス監督の『ブゴニア』がビスタビジョンで撮影と今、ハリウッドはちょっとしたビスタビジョン・ブームが再熱している。
リビシのガレージで眠っていたカメラが、ハリウッドの撮影技術のトレンドを変えた。今、ハリウッドは、「ビスタビジョン・クラブ」とでも呼べる高画質ムーブメントが巻き起こっている。『トレイン・ドリームス』で圧倒的な映像美を作り上げた撮影監督アドルフォ・ヴェローゾもまたビスタビジョンでM・ナイト・シャマラン最新作『リメイン』の撮影を行なっている。ヴェローゾがバウマンに「あのカメラ、一体どうなってるんだ?」とふざけて言うと、バウマンが「ようこそクラブへ、兄弟」と嬉しそうに答え、このようにビスタビジョン仲間は増殖している。ハリウッドきっての撮影監督連中を夢中にさせているこのビスタビジョンで撮れば、IMAXで上映しても遜色のないダイナミックで没入感のある映像が仕上がることから劇場に観客を呼び込める強力な手段として、配信との差別化を図れるという意味でも今後、さらに成長する可能性がある。また76年も前のカメラを気を遣いながら大事に使い続けるのではなく最新型のビスタビジョンカメラが登場する可能性だってなきにしもあらずの気運である。
映画に社会情勢が追いついた
本作が最も注目を集めた要因の一つは、映画の完成後に現実の社会情勢が映画に「追いついてきた」という事実だった。PTAは2024年1月から6月にかけてカリフォルニア各地で撮影を終えていたが、その後のトランプ第二期政権の移民政策強化によって執行され死者まで出たICEによる強制捜査、映画に描かれた移民収容や白人至上主義的な陰謀組織という題材が突然「現在進行形の問題」として受け止められることになった。
完成した本作を観たスティーブン・スピルバーグは「これほど奇妙でありながら同時にこれほど時代に即した作品を見たことがない。映画を撮り終えた時点よりも、今の方がより意味を持っている」と語った。ただしPTA自身は「このストーリーは20年前でも語れたし、中世でも語れたし、宇宙を舞台にしても語れる。政治を前面に出しすぎることが最大の失敗になる」と語っており、監督自身は、社会的なタイムリーさではなく普遍的な父娘の物語として映画を位置づけていた。
批評と興行に見る光と影
批評面ではロッテン・トマトで94%、メタクリティックで95点という高評価を獲得し、複数の批評家が「傑作」と呼んだ。興行面では世界累計約2億1100万ドルを記録し、PTA作品として最高の興収となったが、製作費1億4000万ドル以上に対して損益分岐点の約3億ドルには届かず、興行的には「失敗」と診断されている。
批判的な指摘も無視できない。ジョニー・グリーンウッドの音楽が多くのシーンに「べたっと貼り付いている」音楽がリードして感情の補助線を引き過ぎている過剰さ、2時間40分に及ぶ尺の割にキャラクターの掘り下げが不十分という問題、主人公ボブとショーン・ペン演じるロック・ジョー大佐が2時間40分交錯しないという構造的な弱さ、そして黒人女性の登場人物(特にペルフィディア)の描き方が「ステレオタイプのイメージから抜け出せていない」という批判が複数の批評家から上がった。PTAはペルフィディアの描き方について「産後うつを抱え、革命活動と自己中心性の間で引き裂かれた複雑なアンチヒーロー」として意図していたと説明しているが、テヤナ・テイラーが30分ほどで退場してしまう以上、その複雑さを描く時間が根本的に不足していた。だが黄金のように輝いているシーンもある。ディカプリオ演じるボブと空手の先生を演じるベニチオ・デル・トロとの二人の中年男の一連の珍道中は、息の合い方、動き、何から何までまるで70年代のアメリカン・ニューシネマを彷彿とさせるムードが醸成されていて、まさに黄金のような稀有な映画的時間が流れる。二人とも俳優としては同期だというからなんという奇跡の巡り合わせなのだろう。
オスカーへの道のり
第98回アカデミー賞において本作は13部門にノミネートされ、作品賞・監督賞・脚色賞・助演男優賞(ショーン・ペン)・編集賞・キャスティング賞(初設置)の6部門を受賞した。なぜこれほど多くの賞が集まったのか?
ビスタビジョンによる「映画館でしか体験できない映像」
ストリーミングと大型テレビの時代に、映画館でなければ完全には体験できない映像を提供したことが、アカデミー会員の「映画の未来への投票」として機能した。ビスタビジョンで上映できる映写機を持つ劇場は世界に4館のみだったが、マサチューセッツ州のクーリッジ・コーナー・シアターは博物館から映写機を借りてまで上映し、同劇場史上最高の興収記録を塗り替えた。
PTAのキャリアへの評価
ブギーナイツから30年近く、14回のノミネートで一度もオスカーを受賞していなかったPTAへの「そろそろ」という機運があった。脚色賞受賞のスピーチでPTAは「この映画を子供たちのために書いた。自分たちが残してしまった世界の散らかり具合に、申し訳ないという気持ちを込めて」と語った。
ショーン・ペンの不在
助演男優賞を受賞したショーン・ペン(3回目の受賞で男性俳優最多タイ)は授賞式を欠席した。理由はウクライナ訪問でありゼレンスキー大統領と面会するためだった。
ディカプリオの「敗北の美学」
主演男優賞はディカプリオではなく史上最多16部門ノミネーションの社会派ホラー『罪人たち』で一人二役を演じたマイケル・B・ジョーダンが受賞した。受賞者の名前が読み上げられた瞬間、最初に立ち上がったのはディカプリオだった。スタンディングオベーションを先導した姿が、映画業界内での彼の評価をさらに高めた。受賞式後、ディカプリオとジョーダンが暫し抱き合うシーンが目撃されている。何を話していたのかは謎ではあるが、主要な賞を2本の映画が分け合ったという痛み分けもあったであろうし、互いを称え合っていたに違いない。
チェイス·インフィニティという発見
本作が将来にわたって残す最大の遺産は、チェイス・インフィニティという女優を世界に送り出したことかもしれない。むさ苦しいイデオロギーと権力欲に染まった登場人物の中で、ウィルだけが「前を向いている唯一の人間」として機能し、本作が放つ輝きとなった。批評家も「映画の感情的な中心」として評価し、PTAは「ウィルは映画の心臓部」とまで呼んだ。
映画公開後、チェイスの元に彼女の憧れの存在であるスター、ゼンデイヤから花束が届いた。チェイスは「泣きそうになるのを必死に堪えたが、友人たちに話しても信じてもらえず、FaceTimeで花束を見せてようやく納得してもらえた」と語っている。業界内での影響は映画公開直後から始まっていたのだ。
PTAが20年間Wordと格闘して待ち続けた理由が、未来への希望を信じさせてくれるチェイス・インフィニティという女優の登場によって美しく回収された。
それが、興行的には損益分岐点に届かなかったにもかかわらず、批評家と映画業界内に「傑作」と呼ばれ続ける本作の逆説的な強さの正体だと言えるかもしれない。
『ONE BATTLE AFTER ANOTHER/ ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025年・アメリカ・2時間41分)
監督:
ポール・トーマス・アンダーソン
出演:
レオナルド・ディカプリオ、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、テヤナ・テイラー、レジーナ・ホール、アラナ・ハイム、シェイナ・マクヘイル、チェイス・インフィニティ 他
© 2025 Warner Brothers Pictures

