
血族が継承する神話の光と、消された影 ”キング・オブ・ポップ”の誕生を描く圧倒的な音楽叙事詩『Michael/マイケル』
プロデューサーのグレアム・キングが構想を温め続けた企画がついに映画として結実。
メガホンを取ったのは『トレーニング デイ』(2001)でデンゼル・ワシントンにオスカーをもたらしたアントワーン・フークア監督。脚本は『グラディエーター』『アビエイター』『ラスト サムライ』のジョン・ローガン。
マイケル・ジャクソンを演じるのは、ジャーメイン・ジャクソンの息子、すなわちマイケルの甥にあたるジャーファー・ジャクソン。これが彼の映画デビュー作となった。
1966年のインディアナ州ゲーリーから、1988年のバッド・ワールドツアー、ウェンブリー公演まで、伝説の前半生をスペクタクルな映像で綴る。

Story:
1966年、インディアナ州ゲーリー。製鉄工場で働くジョー・ジャクソン(コールマン・ドミンゴ)は、5人の息子たちを「ジャクソン5」として徹底的に鍛え上げる。その中心にいたのが、桁外れた才能を持つ少年マイケル(ジュリアーノ・クルー・ヴァルディ)だった。夢と暴力と愛が混在する家庭の中で、マイケルはやがてモータウンとの契約を掴み取り、全米を席巻する。
時は移り、ジャクソン5を離れたマイケル(ジャーファー・ジャクソン)はプロデューサー、クインシー・ジョーンズとの出会いを経て『オフ・ザ・ウォール』(1979)、『スリラー』(1982)、そして『バッド』(1987)という音楽史を塗り変える三部作を世に放つ。孤独と完璧主義と栄光が交差する中、彼はついに”キング・オブ・ポップ”という称号を手にする。映画は1988年7月、ウェンブリー・スタジアムを埋め尽くした観衆の前でバッド・ワールドツアーの幕が下りる瞬間に終幕する。
Behind The Inside:
血族にしか宿らない肉体の記憶
ジャーファー・ジャクソンをマイケル役に抜擢したのは、フークア監督が「写真を見た瞬間に圧倒された」という直感的な判断だった。ジャーメインの息子として育ち、叔父の動きを実際に間近で観てきたジャーファーは、あの特徴的なムーンウォークやステージ上の立ち振る舞いを、単なる技術として習得するのではなく、身体に刻まれた記憶として解放することができた数少ない人間だ。若き日のマイケルを演じたジュリアーノ・クルー・ヴァルディもまた、その歌声とダンスで観客を絶句させる。キャスティングという行為それ自体が本作の最大の演出であり、他の誰がこの役を演じても成立しなかったと断言できる。
祝福された公認バイオピックと付きまとう呪縛
本作はジャクソン・エステート(遺産管理団体)の全面協力のもとで制作されており、30曲以上にのぼる楽曲使用許諾と未発表音源の活用が実現した。その代償として、物語は1993年に発生した児童性的虐待の申し立てには一切触れていない。これは検閲や忖度によるものではなく、当時の告発者ジョーダン・チャンドラーとの法的和解に含まれていた「映画での言及禁止」条項が明記されており、この大事なことを知らずに撮影・編集が進められ、フークア監督は告発シーンも含めディレクターズカット版を完成させた段階でこの事実を知らされ、急遽、2025年6月に22日間の追加撮影を実施。予算は当初の1億5,500万ドルから最終的に約2億ドルにまで膨れ上がった。追加費用はエステート側が全額負担した。その理由はエステートの共同遺産管理執行人であり、プロデューサーの一人、ジョン・ブランカ(劇中ではマイルズ・テラーが演じている人物)率いるチームの法務的な確認漏れが原因だった模様。本来の台本通りであれば、この告発シーンの直後、ネバーランドへ警察がやってくるところで自身が映る姿をマイケルが見つめているシーンから映画は始まる。そしてこの告発がマイケルのその後に影を落としてゆくといった内容であった。この変更の正否は観る者に委ねられるが、それが映画の構造そのものに影響を与えていることは否定できない。
ジョン・ローガンが仕掛けた父と息子の戦場
脚本を担当したジョン・ローガンは、ハワード・ヒューズの狂気を描いた『アビエイター』(2004)やリドリー・スコット作品、ジェームズ・ボンド・シリーズ等で知られる、複雑な人間の内面を描くことに長けた脚本家だ。ローガンが本作で選んだ主題は、マイケルとジョーの父子関係だ。愛しているから鞭打つのか、夢を奪われた自分を子供に投影しているのか、コールマン・ドミンゴの演技が、その問いを最後まで宙吊りにしたまま終わる。
Under The Film:
フークア流、ステージ演出という一点突破
アントワーン・フークアは本来、アクション映画の映像作家だ。『トレーニング デイ』以降の『イコライザー』シリーズ等で培ってきた瞬間の暴力性と人物の佇まいを同時に捉えるカメラの眼は、本作のパフォーマンスシーンにおいて鮮烈に機能している。「スリラー」のMV撮影シーンでマイケルが監督のジョン・ランディスに「ダンサーたちの足元も映してくれ」と要求する場面がある、チャーリー・チャップリンや『雨に唄えば』を繰り返し観て育った彼が身につけた、踊りとは足元から始まるという確信だ。フークアはこの哲学を共有し、ステージ上の身体全体の動きを余すところなく見せることに成功している。伝記映画としての語りの粗さは隠しきれないが、演奏・パフォーマンスのシーンは極上の映像作品となっている。
コールマン・ドミンゴによる圧巻の演技
本作の批評的評価はロッテントマト39%と低評価に留まるが、2026年の全米興行ランキングでは第4位を記録している。これは『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)や『エルヴィス』(2022年)など近年の音楽系バイオピックに共通したパターンで、批評家は「美化されすぎている」と評価を下げるが、劇場ではどれも大ヒットするというアンビバレントな傾向がある。レビューが低評価とは言え、本作中、注目すべき人物がいる。ほぼ全てのレビューが称賛しているコールマン・ドミンゴによる父ジョー・ジャクソンの造形だ。2年連続でアカデミー賞主演男優賞にノミネート(『ラスティン』(2024年)、『シング・シング』(2025年)されてきた彼が選んだのは、義人でも悪魔でもなく、鋼鉄の街ゲーリーで人生を摩耗させた父親という姿だ。プロテーゼを施した顔の奥に燃える目の強度は、息子の才能に対する誇りと嫉妬と恐怖が混在した、言語化できない複雑怪奇な父親の感情を見事に体現している。
“His Story Continues” 封印された続編への布石
映画のエンド・クレジットには「His Story Continues」(彼の物語は続く)の一文が添えられる。本来この表記は1995年発表のアルバムタイトル「HIStory」をなぞるべきだったという指摘もあるが、続編への明確な布石であることは間違いない。フークアが撮影した素材のうち約3分の1は本作に使用されておらず、1993年以降の告発と混乱の時代、ネヴァーランドでの生活、そして晩年へと続く後半生がすでに映像として存在している。ライオンズゲートは2028年度でに「マイケル2」公開を示唆しており、本作はまさに意図的な「前編」として用意された作品である。伝説の全貌を知るには、本作をじっくり堪能し、続きは首を長くして待たなければならない。
『Michael/マイケル』(2026年・アメリカ・イギリス・2時間10分)
監督: アントワーン・フークア 出演: ジャーファー・ジャクソン、ジュリアーノ・クルー・ヴァルディ、コールマン・ドミンゴ、ニア・ロング、マイルズ・テラー、 ローラ・ハリアー、ラレンツ・テイト、キャット・グラハム、マイク・マイヤーズ © 2026 Lionsgate / Universal Pictures / GK Films



