
うるう日に生まれた女は、200年後のスクリーンで再び燃え上がる。性差と人種の平等を唱え、シェーカー教団を築いた18世紀の女性の実話に『ブルータリスト』チームが再結集——フォーク・ミュージカル・エピック『アン・リー/はじまりの物語』
第82回ヴェネチア国際映画祭でこの年最長となる15分間のスタンディングオベーションを記録し、第83回ゴールデングローブ賞でアマンダ・セイフライドをノミネートに導いた本作。
監督は『ブルータリスト』で共同脚本を手がけたノルウェー人映画作家モナ・ファストヴォールド。
批評家支持率87%(ロッテン・トマト)、Metacritic 80点という高評価を獲得しながらも、アカデミー賞はゼロノミネート。
その不均衡の中に、本作が投げかける問いの本質がある——「信じることは、狂気と何が違うのか」。

Story:
1736年2月29日——うるう日にマンチェスターで生まれたアン(アマンダ・セイフライド)は、鍛冶職人の父を持つ貧しい家の娘として育ち、幼くして繊維工場で働いた。信仰心の篤い女性として成長した彼女は、鍛冶職人のエイブラハム(クリストファー・アボット)と結婚するが、4人の子どもを全員、幼くして失う。
悲嘆の淵でアンは啓示を受ける——自らが「キリストの女性の姿の生まれ変わり」であるという確信だ。性差と人種の平等を説くその言葉は、弟ウィリアム(ルイス・プルマン)や若いメアリー(トーマシン・マッケンジー)をはじめとする人々を引き寄せ、やがて既存の教会秩序から迫害を受けることになる。
1774年、アンはわずか8人の信徒を率いて嵐の大西洋を越え、アメリカへ渡る。ニューヨーク州ニスキューナの地に、独身主義と平等信仰に基づくコミュニティ——後に「シェーカー」と呼ばれる教団を建設する。だが自由の新大陸でも、彼女を待ち受けるのは暴力と排除だった。
恍惚とした歌と踊りで神へと近づく彼らの礼拝スタイル——体を震わせ、昂揚し、全身で信仰を表現する「シェーキング」——が本作を一種のミュージカルとして成立させている。1784年、アンは48歳で死を迎えるが、彼女が残したユートピアの理念は、シンプルで機能的な家具や生活様式「シェーカーズ・スタイル」として今もなお世界に息づいている。
Behind The Inside:
讃美歌が、映画の出発点だった
監督のモナ・ファストヴォールドは、あるシェーカーの讃美歌を発見したことが本作の構想の出発点だったと語っている。シェーカーたちが礼拝の中で歌い、踊り、体を震わせることで神に近づこうとするその行為は、映像と音楽とが不可分に絡み合うミュージカルという形式と本質的に似ていた。
本作には、12を超えるシェーカーの讃美歌が、恍惚とした身体的な運動として再解釈されている。振付は『ポップスター』(2018年)でも知られる振付家であり映像作家のセリア・ロールソン・ホールが担当した。歌と踊りが宗教体験として機能するという着想が、本作を単なる伝記映画の枠から引き離している。
『ブルータリスト』チームの再結集——ハンガリーでの連続撮影
ファストヴォールドは『ブルータリスト』での作業を終えた直後に本作の撮影に入った。ファストヴォールドとブラディ・コーベットはハンガリーで同じクルーとともに『ブルータリスト』を撮影し、それが完了するや即座にチームを本作の態勢に切り換えた。
同じ製作陣が2本の歴史的大作を連続して生み出したという事実は、この「ファストヴォールド=コーベット・ユニット」が現代映画における最も重要なクリエイティブ・パートナーシップのひとつであることを示している。『ブルータリスト』の主要メンバー——脚本ファストヴォールド、作曲ダニエル・ブルームバーグ、脚本・製作・監督のブラディ・コーベット——が再集結した本作は、ブルータリストの重厚な暗さに対して、本作は温もりと光を帯びた対の作品として機能する。そのどちらも、アメリカに渡ってきたヨーロッパからの信念を持つ者たちが、歓迎されない新天地で必死で何かを創り出そうとする物語だ。
作曲家ダニエル・ブルームバーグは本作のために3曲のオリジナル楽曲を書き下ろし、シェーカーの讃美歌から素材を引き出しながら音楽を構築した。彼は本作を「自分が手がけた中で最も実験的で逸脱したプロジェクトのひとつ」と述べている。
70mmフィルムという選択
本作は35mmフィルムで撮影された素材を70mmにブローアップ処理をして70mmフィルム作品として完成させた。製作陣にとって前作となる『ブルータリスト』(2024年)では、一部ビスタビジョンで撮影したり、シーンごとに様々な撮影フォーマットを駆使している。当初、本作でもビスタビジョン撮影を考えたが、カメラの駆動音があまりにも大きいビスタビジョンでは、現場での生歌演奏の録音には不向きと判断され35mmフィルム撮影に落ち着いたという経緯がある。
撮影監督のウィリアム・レクサーはカラヴァッジョのキアロスクーロ(明暗法)を視覚的インスピレーションとして「モダン・バロック」スタイルを掲げ、ろうそくと自然光だけを光源として使うナチュラルな照明アプローチを貫いた。通常、ブローアップ処理をするとグレイン(粒状ノイズ)が派手に荒れるものだが、意図的に粒子感や影の落ち方を「欠点ではなく表現ツール」として扱うことで18世紀の粗削りな時代感と、シェーカーたちの泥臭い信仰を表現することを狙ったに違いない。
アメリカでの限定公開は2025年12月25日にまず70mm上映版で行われ、その後2026年1月23日に全米拡大公開されている。アメリカで先行公開された70mm上映版も気になるところで日本国内でもせめてIMAX版での上映もあることを期待したい。
モナ・ファストヴォールド——ノルウェーのチャイルド・アクターからハリウッドの中心へ
モナ・ファストヴォールドは1981年3月7日、オスロ生まれのノルウェー人映画監督・俳優だ。ファストヴォールドとコーベットはどちらも子役出身で、彼女はノルウェーのテレビ番組に子役として出演した後、デンマークのフォルケホイスコーレ(民衆高等学校)で舞踊を学んだキャリアを持つ。長編監督作は本作が3本目——『ザ・スリープウォーカー』(2014年)、『ザ・ワールド・トゥ・カム』(2020年)に続く作品となる。
脚本家として、彼女はブラディ・コーベットとともに『ポップスター』(2018年)で原案を共に考え、そして『ブルータリスト』(2024年)を共同執筆し、後者でアカデミー賞脚本賞にノミネートされた。
コーベットはファストヴォールドについて、「ダンスの経験があるからこそ、この映画を撮れるポジションにいた」と語っている。シェーカーの礼拝を振付で再現するという本作の核にある表現は、彼女のダンサーとしてのバックグラウンドなくしては成立しえなかった。
可愛い役で売れてしまったがゆえに、より深い役への渇望が長年くすぶり続けていた——アマンダ・セイフライド
『マンマ・ミーア』(2008年)『魂のゆくえ』(2017年)など、印象的な脇役を演じてきたアマンダ・セイフライドは「主演に起用されるとき、いつも美味しくない役の方だ、と長年感じてきた」と述べている。そんな彼女の長年に渡るフラストレーションの蓄積が本作で爆発したのではないのだろうか。
18世紀の著名なフェミニスト指導者として自分を想像することがとても難しかったと語るセイフライドは「その挑戦に自分を解き放ち、全力で突き進んだとき、そこには贈り物しかなかった。自分にできないと思っていたことができて、人生に対する見方が完全に変わった」と述べている。
思い返せば、デヴィッド・フィンチャー監督作『マンク』(2020年)にアマンダが出ていることを意外に感じたインスピレーションが本作に繋がっている。また本作と同時期に彼女が主演したアトム・エゴヤン完全復活!というもっぱらの評判のスリラー『セブン・ヴェールズ / Seven Veils』(日本未公開)でのオペラ演出家を演じた経験が本作でも存分に生きているそうである。
エマ・ストーンが、自らの役者としてのキャリアをヨルゴス・ランティモスによって、再定義したようにアマンダ・セイフライドにとっては、それがモナ・ファストヴォールドだったのかもしれない。
ヴェネチアの15分間——この年、最長のスタンディングオベーション
第82回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門での正式上映で本作はこの年、最長となる15分間のスタンディングオベーションで迎えられた。
Under The Film:
批評家と観客——87%対7.0のギャップが示すもの
ロッテン・トマトの批評家支持率は87%、Metacriticは80点という高評価を記録した。一方でIMDbの一般ユーザー評価は7.0にとどまる。
この乖離には構造的な理由がある。本作は「宗教映画」でも「ミュージカル」でも「歴史ドラマ」でも、ある意味で純粋にはない——それはシェーカーたちの礼拝行為そのものを映像化した「身体的体験」に近い。ある批評家はその評価を「信じることのできないほど感動的な、稀有な一人の女性への賛歌」と評した。しかし「ナラティブな物語の展開」を期待した観客にとっては、神秘体験の連続を目撃し続けることが冗長に感じられうるのではないのだろうか。
アイルランド・タイムズのドナルド・クラークは5つ星の最高評価を与え、「傑作の素材だ」と称えた。一方で「深刻になりすぎており、モンティ・パイソンに近い意図せぬコメディになっている場面がある」という辛口の批評を寄せている。宗教的恍惚を真剣に描くこと自体が、現代の観客にとって「奇妙さ」の源泉となりうるという示唆である。
アカデミー賞ゼロノミネートというパラドックス
アマンダ・セイフライドはゴールデングローブ賞のノミネートを果たしたものの、アカデミー賞はゼロノミネートという結果に終わった。批評家たちは衣装デザイン、撮影、プロダクションデザインといった技術部門でのノミネートが見送られたことも意外だと指摘している。
この結果が意味するものは何か。ゴールデングローブ賞のミュージカル/コメディ部門ノミネートが示すように、本作は「ミュージカル」として分類されたが——実際には信仰の昂揚と踊りの境界が溶けた、カテゴリー横断的な作品である。アカデミー会員がこの作品をどの場所に収めるべきか判断に迷った挙句のノミネート見送りだったのではないのか。
女性宗教指導者を「宗教映画」として描くことの稀少性
映画の三大テーマ——愛、死、そして宗教——のうち、現代において最も省みられてこなかったのが「宗教」だ。臆することなく宗教的な映画を作る監督は少ない。そのなかでファストヴォールドは、18世紀の女性宗教指導者を「狂気」として外側から裁くのではなく、その信仰の内側から体験させる方法を選んだ。「聖女」が「魔女」へと瞬時に転倒するプロセスを繰り返し描くことで、女性が権力を持つことへの社会的不快感を炙り出す。
アン・リーは神の男女二元的な性格——父なる神と母なる神——を説き、独身主義を信仰の基盤に置いた。その結果、シェーカー教団は改宗によってのみ成長する構造となり、衰退は必然だった。2025年時点で残る信者はわずか3名。信仰とは何か。それはイデオロギーとどう違うのか——アン・リーの生涯は、その問いに200年の時を超えて答えを出し続けることを拒み続ける。
『アン・リー/はじまりの物語 / The Testament of Ann Lee』(2025年・イギリス・2時間17分)
監督: モナ・ファストヴォールド 脚本: モナ・ファストヴォールド、ブラディ・コーベット 音楽:ダニエル・ブルームバーグ
出演: アマンダ・セイフライド、ルイス・プルマン、トーマシン・マッケンジー、クリストファー・アボット、ティム・ブレイク・ネルソン、ステイシー・マーティン ©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.



