
ハリウッドが2025年に「心を奪われた」脚本74本——『ブラックリスト2025』に分布する様々な欲望の地図
毎年12月の第2金曜日、ハリウッドは密かに手の内を見せる。映画化されていない、しかし500人近くの業界人が「忘れられない」と挙げた脚本74本——それが「ブラックリスト」だ。
第21回となる2025年版のトップに立ったのは、ニューヨーク出版界を舞台にしたエロティック・スリラー『Best Seller』。2位は、製薬会社創業者が自分自身の一部を億万長者に売るという一種のボディ・ホラー『Equity』。
創設者フランクリン・レナードは昨年の傾向をこう要約した——「経済的、政治的、アルゴリズム的にシステムが機能不全に陥ったとき、人は何をしでかすのか」。
『アルゴ』『スポットライト 世紀のスクープ』『プロミシング・ヤング・ウーマン』『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』。いずれの傑作もこのリストに埋もれていた。ブラックリストは良質な映画の”種”を発見する場所だ。
「映画化されなかった脚本」はなぜかデジタル以前の時代の香りを帯びている。実際にはFinal Draftで書かれたPDFがSlackで飛び交っているはずなのに、タイプライターのビジュアルがこれほど似合うものはない。デジタル時代の「アナログな夢のリスト」——それが正しくブラックリストなのだ。
創設者は、元レオナルド・ディカプリオの製作会社にいた企画開発者
2005年12月、当時レオナルド・ディカプリオのプロダクション「アピアン・ウェイ」で開発職を務めていたフランクリン・レナードは、75人ほどの業界仲間にメール1本を送った。「今年読んだ、最高の未制作脚本を10本挙げてほしい」——。集まった回答を集計して返信しただけのそのリストが、やがてハリウッドで最も注目される年次文書のひとつになるとは、誰も予想していなかった。
「ブラックリスト」と名付けられたこのリストは、マッカーシズムの時代に不当に業界を追われた脚本家たちへの言及でもある。毎年12月の第2金曜日に更新され、2025年版で第21回を迎えた。
仕組みはシンプルだ。500人近くの映画スタジオ・プロダクション会社のエグゼクティブが、その年に読んだ未製作の脚本から最大10本を推薦する。10票以上を得た脚本がリストに掲載される。「最優秀脚本リスト」ではなく、「最も気に入られた脚本リスト」——レナード自身がその違いを強調するのが毎年の恒例だ。
リスト掲載後の実績は圧倒的だ。これまでに1,000本以上の脚本が選ばれ、450本超が映画化された。製作された映画の興行収入合計は300億ドルを超え、アカデミー賞を241回ノミネート、50回受賞している。あの『スポットライト 世紀のスクープ』も、『JUNO/ジュノ』も、『英国王のスピーチ』も、このリストから始まった。
「経済・政治・アルゴリズム——システムが壊れるとき」という強迫観念
2025年版を読み解く上で、まずレナードの言葉を起点にしたい。「今年の脚本は——おそらく驚きはないだろうが——私たちが生きる経済的・政治的・アルゴリズム的なシステムが機能不全に陥ったとき、人は何をするのかという問いに強迫的に向き合っていた」。
ブラックリストは「業界の夢のリスト」であると同時に、ある年の社会的無意識の証拠書類でもある。リストを横断的に読むと、2025年のハリウッドが何に怯え、何に興奮しているかが透けて見える。以下、主要な4つのテーマ軸と注目脚本を紹介する。
テーマ① 「自分自身が商品になる」——世界観はボディ・ホラー
第2位 『Equity』(35票) 脚本:ワード・カメル
野心的な製薬会社創業者が、カリスマ的な億万長者に自分自身の一部を売却した後、会社・未来・人生の支配権を取り戻すために高リスクの戦いを繰り広げる。
プロデューサーには『異なる男』(2025)でA24のインディー路線を担ったキラー・フィルムズが参画している。「ドラマ」として分類されているが、ロジックは完全にボディ・ホラーだ——人体そのものが資本として売買される世界観は、あらゆる意味で今この瞬間のシリコンバレー的現実の延長線上にある。億万長者が人類の身体・知性・寿命にまで投資する時代に、このロジックはもはやSFではない。
第22位 『Alpha』(22票) 脚本:ハリル・オザン
温厚なアメリカ人アナリストがロンドンの冷酷な投資会社で出世していく中、業界そのものよりも恐ろしい何かを発見する——自らの内部で目覚める、飢えた怪物の存在を。Netflixがすでに版権を取得しており、タロン・エガートンが主演に向けて交渉中と報じられている。金融という怪物と、人間の内なる怪物を重ねる構造は、『ウォール街』以来のジャンルを現代風にアレンジしてアップデートしようとしている。
テーマ② 「エロティック・スリラーの復権」——危ない暴露系ロマンス
第1位 『Best Seller』(48票) 脚本:マティス・ハダッド
ニューヨークの出版界。子どもを持つよう夫から圧力をかけられている売れない女性ライターが、バイラルになる暴露記事を書く。そこから始まる誘惑・操作・裏切りの危険な戦いは、公私の両領域で燃え広がる。ピーター・ライス、ジェイソン・ライトマンがプロデューサーとして参画。発表に際してアン・ハサウェイがビデオメッセージを寄せ、「私がこの役に必要なすべてを持っている」と語ったことも話題を呼んだ。
第25位 『Fixation』(25票) 脚本:シエナ・バタフィールド、エリカ・バスケス
カップルズ・セラピストが見知らぬ男と不倫関係に落ちるが、その男が新しいクライアントの夫だと判明する——欲望・嘘・誘導の危険な三角関係。A24傘下のFruit Treeが製作するいわゆる「無題のエロティック・ティーン・ファンフィクション映画」(23票)とともに、エロティック・スリラーというジャンルが複数本ランクインしたことは、2025年のブラックリストを象徴する現象として複数のメディアが指摘している。
1990年代に『氷の微笑』『危険な情事』で全盛期を迎えたエロティック・スリラーは、#MeToo以降の政治的緊張を背景に長らく鳴りを潜めてきた。その復活が示すのは、「欲望を描くこと」そのものへの抑圧と解放の振り子が、ふたたび振れ始めたということかもしれない。
テーマ③ 「AIは誰の声を持つのか」——ノスタルジーをAIが更新する
第23位 『Building Bowie』(23票) 脚本:アラン・フォックス
ノスタルジーがAI生成によって更新される時代に取り憑かれた近未来。内向きなドロイド管理者がデヴィッド・ボウイのレプリカを作る任務を与えられる。しかしドロイドがプログラムを超えて進化し始めると、管理者は自分が諦めた創造の夢と向き合うことを迫られる——仕事を守るのか、それとも「声」を取り戻すためにすべてをかけるのか。
ボウイの名を冠することで、「アーティストの魂は複製可能か」という問いを最も鮮烈な形で提示したこの脚本は、生成AIが音楽・映像・脚本の現場に実装されつつある現在のハリウッドにとって、他人事ではない。
テーマ④ 「正義が届かない時、何をするべきか」——ジャンル映画の皮を被った主人公たち
第3位 『Rush』(34票) 脚本:リード・マシーノ、キャシディ・アラ
フラタニティ(男子学生社交クラブ)メンバーに性的暴行を受けながらも何の制裁も下せなかった女子大学生が、親友とともに加害者のフラタニティにアンダーカバーで潜入し復讐を果たそうとする——ところが、気づくとフラタニティで最も注目される候補生になっていた。
第4位 『Untouchable』(30票) 脚本:ジュリアン・シルバー、ライス・クロソン=ウルフ
1930年代の「キングズベリー・ランの屠殺者(クリーブランドで実際に起きた胴体殺人事件)」と呼ばれた連続殺人犯を追ったエリオット・ネスの実話。禁酒法時代の腐敗した法執行システムの中で、正義を追う男の物語。
第5位 『Minnow』(27票) 脚本:ザック・ストラウス、クリス・シルバー
姉を連続誘拐犯に奪われた元海兵隊員の女性が、犯人に「好まれる女」——薬物依存のどん底女——を完璧に演じ、わざと誘拐されることで犯人に辿り着こうとする。しかしトラックの密室から脱出した後に判明する真実——「俺は配達人に過ぎない」——が物語をさらなる深みへと引き込む。サラ・ポールソンが推薦ビデオを寄せた。
これら3本に共通するのは、「当たり前の手段では正義は届かない」という前提だ。制度・法・権威が機能しないとき、個人は何をするのか——その問いへの答えが、ジャンル映画の皮を被りながら主人公たちの意外な行動として現れる。
その他、規格外の注目の「種」たち
上記のテーマ4軸に収まりきらない注目作も存在する。
『Frostbite』(16票)はエベレストに300体眠る凍死体の傍らで、盲目のクライマーが生還を目指すサバイバル・ホラー。今年のネットフリックス『エイペックス・プレデター』の成功がこの種の作品への業界需要を高めた可能性もある。
『Flamer』(16票)は名作グラフィック・ノベルの映画化権を元に、大自然でのキャンプの最終週にアイデンティティの危機に直面する15歳の少年を描く。
そして『Kobe』——コービー・ブライアントのNBAドラフト前夜を描いたスポーツ・ドラマも今年のリストに加わった。
2025年のリストはアメリカ社会が抱える不安のカタログ
レナード自身が毎年繰り返すように、これは「最高の脚本のリスト」ではない。「最も気に入られた脚本のリスト」だ。すなわちこのリストは、ハリウッドの開発エグゼクティブという特定の人々が、特定の年に何に心を動かされたかの記録であり、業界の「集合的な欲望の地図」だ。
2025年版が描く地図を俯瞰すると、こう読める——権威への不信(Rush、Untouchable)、資本への恐怖(Equity、Alpha)、AIへの愛と憎しみ(Building Bowie)、そして抑圧されてきた欲望の解放(Best Seller、Fixation)。これらはすべて、2025年という年のアメリカ社会が抱える不安のカタログだ。
ブラックリストはそれ自体が完成した作品ではない。しかし2〜3年後に映画館やストリーミングで目にする作品の中に、今日ここで紹介した脚本のどれかが含まれている可能性は十分にある。『エイペックス・プレデター』の脚本が2021年版のリストに入り、2026年にNetflixで8,000万回視聴を達成したように。

『ブラックリスト 2025年版』(2025年12月9日発表)
創設・発行:フランクリン・レナード
選考:映画エグゼクティブ約500名
掲載作品数:74脚本・86名の脚本家
1位:『Best Seller』マティス・ハダッド(48票)



