
100万ドル以下の映画が、8,000万ドルを稼いだ。26歳のYouTubeコメディアンが、2026年のホラー映画をいとも簡単に塗り替えた。『オブセッション 災愛』
音楽ショップ店で働く若者が骨董品「One Wish Willow」で幼馴染の女性への恋愛成就を願うが、その願掛けが悪夢に変わるサイコホラー。
TIFF 2025のミッドナイト・マッドネス部門でプレミア上映、ロッテントマト批評家支持率96%。
ジェイソン・ブラムはTIFFの試写を観た翌日、電話をかけた。100万ドル以下で作られたこの映画の配給権は、フォーカス・フィーチャーズが1,500万ドル超で落札し、TIFFのジャンル映画史上、最高額で売買されたとして記録されている。
制作費わずか65万ドルで、現時点で全世界興収7,980万ドルを突破し、投資対効果は約120倍。
ブラムハウスが「次のザック・クレッガー」と呼ぶ男の名前は、カリー・バーカー、26歳=YouTubeコメディアン。
2026年もホラーの潮流をアップデートするのは新進気鋭のコメディアンで決まりだ。
「願望が叶うことの恐怖」という最も古いホラーの命題を、ナイス・ガイ文化・インセル(不本意の禁欲主義者)・同意というきわめて現代的な問いと接続させた。
これは自分の周りにいる誰かの話なのかもしれない。

Story:
音楽ショップ店員のベア(マイケル・ジョンストン)は、幼馴染であり同僚のニッキ(インデ・ナヴァレット)に長年片思いをしている。気持ちを打ち明けようとするたびに言葉が出ない。彼女に贈り物をしようとアンティークショップに立ち寄ったとき、「ワン・ウィッシュ・ウィロー」という不思議なノベルティグッズを見つける——折れば一つだけ願いが叶うという。
ニッキに告白しようとして踏み出せなかったその夜、フラストレーションに駆られたベアはそれを一人で折ってしまう。「ニッキが世界の誰よりも俺を愛してくれますように」——願いは、瞬く間に叶った。
しかし叶った先にあったのは、ベアが望んでいたものとは似て非なる何かだった。ニッキは彼に執着し始め、嫉妬に歯止めが利かなくなり、暴力的な衝動を見せ始める。ベアは「ワン・ウィッシュ・ウィロー」のカスタマーサービスに電話をかける。「願いをキャンセルする方法は?」——回線の向こうから、オペレーターは答える。「あなたが生きている限り、キャンセルはできません」。そして「ニッキと話しますか?」と尋ねられ、電話口から聞こえてきたのは、彼女の本体の、絶叫だった。
Behind The Inside:
「ナイス・ガイ」という最も身近な怪物
一見して「ナイス・ガイ」的なベアというキャラクターは、いつか告白するための台詞を一人で練習し続ける、実は女性に対して「弱者男性」だが、ワン・ウィッシュ・ウィローを折った瞬間に「インセル的欲望」を行動に移した人間となる。
インセルとは、「不本意の禁欲主義者(Involuntary Celibate)」のことで、日本で言う『弱者男性』の概念に近いが、自己憐憫だけでなく攻撃的な欲望を内包しているという意味になる。
自分は誠実な男なのに報われないと信じ、その原因を女性に求めてしまう思想のことを指す。
「ワン・ウィッシュ・ウィロー」は強姦や虐待のメタファーではない——と監督のバーカー自身は語る。それはただの願い、孤独な人間なら誰でも一度は抱く、ごく普通の願いだ。しかしその願いを「叶える」ことで映画が証明するのは、その欲望そのものがいかに深く邪悪であるかということだ。
ワン・ウィッシュ・ウィローが折れた瞬間から、ニッキは自分の身体の中の囚人になる。
ベアの自我に突き動かされた願いが、ニッキの自律性を根本から侵害する。愛が同意と選択から切り離されたとき、それは取り返しのつかない悲劇になる。
ザック・クレッガーの系譜——コメディアンがホラーを更新する
ジョーダン・ピールが『ゲット・アウト』(2017年)で世界を驚かせ、ザック・クレッガーが『バーバリアン』(2022年)と『WEAPONS/ウェポンズ』(2025年)でそのスタイルを確立し、YouTuberのダニーとマイケル・フィリッポウが『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』(2022年)でそれに続いた。そして今、YouTubeコメディアンのカリー・バーカーが2026年最高のホラー映画の一本を作り上げた。皆んな、コメディ出身者たちだ。現代のホラーのフロントラインに立つのは、日本の映画界ではあまり見かけることのないコメディタッチのホラーを演出できる者たちである。
ピールもクレッガー、フィリッポウ兄弟もこのバーカーも観客を正しい側に置かずにどこにも逃げ場がない不快感を与え続ける。皆一様に笑いを使いながら最終的に観客を宙吊りにするのが得意である。
バーカーの出自は、アラバマ州モービル生まれ。YouTubeのスケッチコメディデュオ「That’s a Bad Idea」のメンバーとして活動し、低予算のホラー短編を作り続けてきた。長編デビュー作『Milk & Serial』(2024年)はその試作品だった。そして本作『オブセッション/Obsession』では——ネットコメディのルーツで培った「低予算と極限まで絞り込まれた物語の文法」を最大限に活用している。
TIFFから1,500万ドルへ——ブラムハウスが嗅ぎ取ったもの
TIFFでのワールドプレミア後、本作はジャンル映画としてTIFF史上最高額の売買取引を記録した。フォーカス・フィーチャーズがフランス・ニュージーランド・ロシアを除く全世界配給権を1,500万ドル超で取得。2025年12月にはジェイソン・ブラムとブラムハウス・プロダクションズがプロデューサーとして参画した。
1,500万ドルの配給権料は、制作費65万ドルの23倍だ。映画が1本の契約書にサインされた時点で、すでに元は取れていた。
本作は65万ドルで作られ、8,000万ドルを稼いだ。ホラーの殿堂ブラムハウスが嗅ぎ取った「極上ホラーの嗅覚」は、数字の上でも証明された。
インデ・ナヴァレッテ——2026年最大の発見
ロッテントマトのクリティクス・コンセンサスは「インデ・ナヴァレッテへの執着が止まらない。創造的にグロテスクで、ところどころ暗くおかしく、カリー・バーカーを注目すべき映画作家として確立させた」と記す。
ニッキを演じるインデ・ナヴァレッテは、Netflixシリーズ『オン・マイ・ブロック』出身の若手俳優だ。呪いをかけられた後の「本体は内側で叫んでいるのに、外側は従順に振る舞う」という二重性の演技は、本作を単なるホラーの枠を超えた何かにしている。「彼女の演技には多くの異なるレイヤーがある」という言葉は批評の定型句だが、本作においてはまったく正確な表現だ。
Under The Film:
「猿の手」の呪いを、2026年に更新する
本作は有害な関係性についての捻れた考察だ。無力化したパートナーを操作する関係と、死に至らしめるかのような執着でパートナーを窒息させる関係、その両方を同時に見せつけてくる。一人の男が自分の気持ちを言葉にできないことが、彼の夢の女性を悪夢に変える。
「猿の手」「悪魔との取引」「願いの呪い」——ホラーのサブジャンルとして最も古いこの命題が、なぜ2026年に改めて力を持つのか。答えはシンプルだ。インセル文化、ナイス・ガイ問題、同意をめぐる社会的議論——これらが「ただの願い」という形をとったとき、観客の誰もが「ベアの論理」を理解できてしまうからだ。それが映画の最も不快な部分であり、最も正直な部分でもある。
同意という問題が絡むことで、フェミニスト・ホラー映画の一本となっている。
『オブセッション 災愛 /Obsession』(2025年・アメリカ・1時間49分)
監督・脚本・編集:カリー・バーカー
出演:マイケル・ジョンストン、インデ・ナヴァレッテ、クーパー・トムリンソン、ミーガン・ローレス、アンディ・リクター
製作:カプストーン・ピクチャーズ、ティーショップ・プロダクションズ、ブラムハウス・プロダクションズ
配給:フォーカス・フィーチャーズ 日本公開:2026年7月17日
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