
79歳のサリー・フィールドが3年ぶりにスクリーンに帰還。タコと老婦人の絆がNetflixで公開初週10億分を超えた。——喪失と孤独を知性的なタコが静かに解きほぐす、稀有な感動のドラマ 『親愛なる八本脚の友だち』
公開初週でNetflixグローバルNo.1、推定視聴時間10億分超えを達成。
原作はシェルビー・ヴァン・ペルトの2022年デビュー小説。400万部超を売り上げ、NYTベストセラーリストに65週以上にわたって居座った怪物的ベストセラー。
監督は『ザリガニの鳴くところ』のオリビア・ニューマン。脚本をジョン・ウィッティントンと共同執筆。
ロッテン・トマト批評家支持率74%、Metacritic 57点——批評家と観客は分裂したが、79歳のサリー・フィールドの芝居だけは、ほぼ全員が首を縦に振った。

Story:
ワシントン州の架空の海辺の小さな町、ソーウェル・ベイ。夫を亡くしたトーヴァ(サリー・フィールド)は、70歳になった今も一人で暮らし、夜の時間帯に地元の水族館の清掃員として働いている。30年以上前、18歳の息子エリックがピュージェット湾で船から姿を消した——その謎は未だ解けていない。
水族館の大きな水槽の中に、マーセラス(声:アルフレッド・モリーナ)がいる。ジャイアント・パシフィック・タコ。自他ともに認める高知能で、並み居る人間を「あらゆる観察可能な指標において私の下位に位置する生物」と見なしているが、夜ごとガラス越しに静かに話しかけてくるトーヴァだけには心を開き始める。マーセラスはやがて、トーヴァの心に刻まれた謎の核心に気づく。
そこへ現れたのが、父親を探してソーウェル・ベイを訪れた若者キャメロン(ルイス・プルマン)だ。借金を抱え人生の方向性を見失っていた青年は、トーヴァが夜間清掃員を退いたあとのポジションに就くことになる。トーヴァとキャメロン、そして水槽の中で静かに全てを見ていたマーセラスの三者が絡み合うとき、30年越しの秘密がゆっくりと水面に浮かび上がる。
Behind The Inside:
ネットのタコ動画を見ていたのがきっかけ——デビュー作にしてベストセラー
シェルビー・ヴァン・ペルトは、インターネット上のタコ動画を見ていた。パシフィック・ノースウェスト出身でシカゴ郊外に暮らす彼女にとって、それは純粋な時間つぶしだったはずが、そうはならなかった。「タコが水槽から脱出しようとする姿を見ているうちに、そこにキャラクターがいると感じた。水族館に閉じ込められた知性体の苛立ち——自分を閉じ込めている存在よりも、明らかに賢いのに、という苛立ちです」とヴァン・ペルトはNPRのインタビューで語っている。
こうして生まれたのが、マーセラス・マクスクイッドルスというタコのキャラクターだ。ヴァン・ペルトの処女作『親愛なる八本脚の友だち』(原題:Remarkably Bright Creatures)は、2022年5月にHarperCollinsのインプリント、Eccoから出版された。瞬く間にニューヨーク・タイムズのベストセラーリスト入りを果たし、65週以上にわたってリストに留まった。最終的な販売部数は400万部を超え、38カ国で翻訳出版。ジェナ・ブッシュ・ヘイガーのテレビ番組「Today Show」のブッククラブ選定本にもなった。「幸せなひとりぼっち」に比較されることの多い本書だが、「孤独な老人が意外な友人に救われる」という構造を持ちつつも、語り手がタコであるという点において、完全に独自の地平を切り開いた。
79歳のサリー・フィールド、3年ぶりの現場復帰
ここに来て見逃せない事実がある。サリー・フィールドは、本作出演時点で79歳だった。
2度のアカデミー賞主演女優賞——1979年の『ノーマ・レイ』と1984年の『プレイス・イン・ザ・ハート』——で知られるフィールドは、2023年の『80 For Brady:エイティ・フォー・ブレイディ』を最後に表舞台からしばらく距離を置いていた。「女優が70代になると、オファーが激減する」という映画業界の現実をフィールド自身が率直に語ってきた文脈の中で、本作はトーヴァという役を彼女に当て書きした。「マーセラスは彼女の唯一の話し相手であり、唯一心を開ける存在なんです」とフィールドは語っている。
ヴァラエティ誌は「フィールドが2015年の『ドリスの恋愛妄想適齢期』以来、最も彼女の個性に合わせた主演作を得た」と評し、ロジャー・イーバート・ドット・コムのマット・ゾラー・サイツは「彼女の最も傷つきやすいシーンでは、共演者までが彼女の芝居に圧倒されているように見える」と記した。デッドライン誌のピート・ハモンドは「重い感情を軽やかな母性でバランスさせており、温かみがあり、古風なほど美しい仕上がり」と評価している。
完全CGIのタコ、マーセラスを作る——バンクーバー水族館の名物タコ「アグネサ」の協力
本作の最大の製作上の課題は、マーセラスをどう映像化するかだった。「最初は本物のタコを使いたかった」と監督のニューマンは語る。しかし、物語に必要な演技の動き・段取りをタコに仕込むことは、どう考えても不可能だった。そこでVFXによる完全CGI化という方針が固まる。
VFXチームはバンクーバー水族館に住む実在のジャイアント・パシフィック・タコ「アグネサ」の膨大な映像を撮影した。「あらゆる角度、あらゆる行動を記録しました。VFXスーパーバイザーはアグネサに餌を与えながら、そのときの動きを撮影した。CGIのマーセラスが実際のタコの動きとどれほど合致しているか、常に実写映像と並べて確認していました」とニューマンは証言する。
撮影監督のアシュリー・コナー(『ポライト・ソサエティ』、Netflixシリーズ『ザ・チェア ~私は学科長~)は、タコの視点からの主観映像は、カメラを水槽内に素早く差し込める専用リグをDIYで自作し、すべて実写撮影で実現している。「マーセラスが彼女に光を当てているように感じさせたかった。ガラスの厚みも、反射も、彼が水槽の中に閉じ込められているという感覚も、すべてカメラが担う仕事でした」とコナーは語っている。初上映後、観客の一部から「本物のタコを使った」と思われたほどのリアリズムが実現された。
マーセラスに声を吹き込んだのは、アルフレッド・モリーナ(『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のドクター・オクトパス)。「辛辣で、知的で、しかし老獪なユーモアを持つ」タコの内面を、モリーナの豊かな声域が余すところなく表現した。
ルイス・プルマン——もうビル・プルマンの息子という紹介は不要
共演のルイス・プルマンは、俳優ビル・プルマンの息子だ。しかし今や「ビルの息子」という紹介は不要になりつつある。2022年の『トップガン マーヴェリック』でのボブ役で国際的なブレイクを果たし、Apple TV+のリミテッド・シリーズ『レッスン in ケミストリー』でエミー賞助演男優賞にノミネート。さらに2026年公開の『サンダーボルツ*』ではセントリー役として大きな注目を集めた。本作でのキャメロンは、それまでの「好青年」的ポジションとは一線を画す、荒削りで人生に迷う若者を体現している。フィールドとプルマンの世代を超えたケミストリーが、本作の感情的核心を成している。
Under The Film:
批評家が分裂した理由——センチメンタリズムへの免疫と感情的誠実さの問題
ロッテン・トマト74%、Metacritic 57点という評価は、本作のポジションを端的に示している。批評家のコンセンサスは概ね「心温まる」「ウォーム」という形容詞に収斂したが、その「ウォームさ」に批評家が感じる評価は二極化した。
ヴァラエティ誌は、本作を「偶然の一致と運命の交差という、安っぽい積み重ねによるストーリー構造」と批判し、マーセラスが自身のナレーションで物語を俯瞰する設定との乖離を指摘する。ロジャー・イーバート・ドット・コムも「どちらが白かは最初から見えている」と断じながら、一方でフィールドの存在が物語の希薄さを補い続けていると記した。デッドライン誌は、むしろ逆の評価を下し、「感傷が飽和した現代において、これほど誠実に人の心に働きかける作品はかえって稀少だ」とした。
これら評価の乖離の根源は、おそらく「ご都合主義かどうか」という問いへの感受性の差だ。本作は登場人物の関係が、偶然的かつ都合よく収束することを最初から隠していない。それを計算されたメロドラマと見るか、感情的誠実さの帰結と見るかで、評価は反転する。観客数字の圧倒的な支持(公開初週、推定10億分視聴は、Netflix世界No.1)は、感情的誠実さでまとめられた作品と捉えて支持されていることの証左だ。
「幸せなひとりぼっち」の系譜——孤独な老人を救う意外な友人の物語
本作はしばしば、フレデリック・バックマン原作のスウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』(2015年)と比較される。「偏屈で孤独な老人が、意外なる隣人によって人生を取り戻す」という基本構造は、確かに酷似している。異なるのは、「意外なる友人」の一方がタコだという点だ。
本作のユニークさはここにある。マーセラスは単なる「かわいいペット」ではなく、人間を冷静に観察する「第三者の視点」として機能する。人間の感情の渦を外側から俯瞰し、時に辛辣なナレーションで解説するタコの存在が、ともすると感傷に溺れかねない物語に奇妙な清涼感と批評性をもたらしている。「八本の腕と三つの心臓を持つ生き物が、人間よりも人間を理解しているかもしれない」という逆説が、本作の本質的な面白さだ。
Netflixが本当に「書籍ファン層」を取り込んだとき何が起きるか
本作のマーケティングとバイラル動向を観察すると、一つの仮説が浮かぶ。Netflixにとって、大規模なスペクタクルではなく「読書コミュニティが熱狂していた原作」を忠実に映像化することが、これほど強力な動員力を持つという事実だ。TikTokでは、視聴中に感動して泣く自撮り動画が続々と投稿され、「BookTok」(読書愛好家のTikTokコミュニティ)が映画公開前から熱心に盛り上げていた。400万部読者の多くがNetflixへと流入した構図が、公開初週10億分という数字に直接結びついている。これは『ザリガニの鳴くところ』(2022年)での成功モデルを、ニューマン監督が同じ方法論で再現したものでもある。
タコに対する感覚の違い——日本とアメリカという文化圏の差
最後に、タコにまつわる日本とアメリカの大きな感覚の違いを述べなくてはならない。日本のようにタコが寿司ネタやタコ焼きとして日常の食卓に並ぶ文化圏と、アメリカ人のようにタコというのは「食べるもの」ではなく長らく「おそろしい海の怪物」に近い存在で、ラヴクラフトのクトゥルフ神話から怪獣映画まで、タコ=不気味な他者というイメージが根強くあった。タコを食べる習慣をほぼ持たず「奇妙で知的な海の生き物」として距離を置いてきたアメリカの文化圏と日本とでは、マーセラスへの感情移入の回路が、根本的に異なる。本作実現の足がかりとなったといえる2020年のNetflixドキュメンタリー『オクトパスの神秘: 海の賢者は語る』(アカデミー賞受賞)がアメリカ人のタコ観を刷新した流れの上に、本作は乗っている。日本人がタコを愛する理由とアメリカ人がタコを愛し始めた理由は違うが、マーセラスは両方の観客を等しく泣かせることだけは間違いない。
『親愛なる八本脚の友だち / Remarkably Bright Creatures』(2026年・アメリカ・1時間51分)
監督:オリビア・ニューマン
脚本:オリビア・ニューマン、ジョン・ウィッティントン
撮影:アシュリー・コナー
音楽:ディッコン・ヒンクリフ
編集:タマラ・ミーム
出演:サリー・フィールド、ルイス・プルマン、コルム・ミーニィ、ジョーン・チェン、キャシー・ベイカー、ベス・グラント、ソフィア・ブラック・デリア、アルフレッド・モリーナ(声)
製作:アノニマス・コンテント、Night Owl Stories
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