
「『シラート』がXを二分する理由──カンヌ審査員賞受賞作品が日本公開初週で真っ二つに意見が割れた「体験映画」という断層」
2025年カンヌ国際映画祭コンペティション部門、審査員賞、サウンドトラック賞、AFCAE賞スペシャルメンション、パルムドッグ賞、アカデミー賞国際長編映画賞スペイン代表、音響賞ノミネート。批評家支持率94%(ロッテントマト)。
これだけの期待値を持った映画が、日本公開後、Xのトレンドで賛否両論を呼んだ。
問題は、そのトレンドの中身が称賛ではなく、賛否両論の激突だったことだ。

Story:
行方不明の娘を捜すため、父ルイスは幼い息子エステバンと犬を連れてモロッコの山岳地帯へ向かう。娘が消えたのは砂漠の非合法レイブ。ラジオからは戦争の激化と資源枯渇のニュースが流れ続ける世界で、父子はレイブの流浪集団に合流し、砂漠の奥地へと進んでいく。やがてロードムービーは、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督のクラシック『恐怖の報酬』を想起させる極限のサバイバルへと変貌する。砂漠は父子に、娘ではなく別の何かを突きつける。
天国への道は地獄の上
2026年6月5日、スペイン・フランス合作映画『シラート』が日本公開された。オリベル・ラシェ監督の長編4作目。製作には名匠ペドロ・アルモドバルとその弟アグスティンが名を連ねる。
映画の設定はシンプルに見える。行方不明になった娘を捜すため、父ルイス(セルジ・ロペス)は息子エステバンを連れてモロッコの砂漠へ向かう。娘が参加したとされる非合法のレイブパーティを追い、砂漠の奥地へ奥地へと進む。しかし映画が進むにつれ、娘捜索の旅は砂漠の幻影のように揺らぎはじめる。
タイトルの「シラート(Sirāt)」はアラビア語で「道」を意味する。イスラム的文脈においては、審判の日に天国と地獄の上に架けられる針の先ほど細い橋のことだ。天国への道は地獄の上を通る。ラシェはこの橋のイメージをそのまま映画の構造に織り込んだ。
カンヌが「革命」と呼んだもの
2025年のカンヌ・コンペティション部門は普遍的に称賛された作品が少なく、多くの大物監督が賛否両論を巻き起こした。そうした中でも批評家と審査員双方の支持を集めたのが『シラート』だった。IndieWire誌はこれをラシェの最も完成度の高い作品と評し、現代のジャンル映画やブロックバスター映画の快感をオートゥール(作家主義)映画に折り込んだ意欲作と称した。カンヌでは「sui generis(類なき)」「いかなる分類も拒絶する」という評が飛び交い、Variety誌は「ラシェが私たちを感情的・心理的に打ちのめす方法を予測できない。それはこの映画に対する重大な警告であると同時に、最高の賛辞でもある」と書いた。
カンヌ世界初演から北米のTIFF、シカゴ国際映画祭での最高賞受賞と続き、ロッテントマトでの批評家支持率94%を記録。アカデミー賞国際長編映画賞・スペイン代表と音響賞のダブルノミネートを獲得した。
ラシェはフランス生まれのガリシア系スペイン人。長編3作品すべてをモロッコで撮影してきた監督だ。10年ほどかけてサンティアゴ・フィロルと執筆した脚本は、フランスのプロダクション会社から「観客を苦しめる映画」として拒否され続けた。最終的にスペイン側の資本とアルモドバルの参加で映画化が実現した。
賛の論理──比類なき「体験映画」として受け入れるか
映画前半は予測可能な展開をたどる。父と息子がレイブ参加者たちと出会い、ロードムービーとしての温かみが積み上がっていく。そして第2幕終盤、観客がすっかり物語に馴染んだ瞬間、ラシェは容赦なくその居心地のよさをぶち壊す。
この構造的衝撃こそが「賛」派を熱狂させる最大の要因だ。物語は「誰を心配すべきか」という視点軸を中盤で突然転換させる。Variety誌が「心臓への直撃」と表現したその瞬間は、観客の逃走本能を刺激しながらも席に縛り付ける稀有な映画的緊張感を生む。
ラシェは撮影のためモロッコ砂漠で本物のレイブを企画し、何百人もの「生涯レイヴァー」を集めて実際に何日も音楽を鳴らし続けた。画面に映るのは俳優ではなく、本物のコミュニティの実在感だ。カンディング・レイによる電子音楽スコアは映画の多様なトーンを貫く完璧なサウンドトラックとして高く評価された。ラシェ自身はこの映画体験を「ショック療法」と呼び、「人生はあなたが求めるものを与えない。必要なものを与える」と語る。「観客がこの痛みを受け入れ、内側を見つめてほしい」というのが制作の目的だったという。
否の論理──「何も解決しない不条理映画」として裁くか
問題は、同じ衝撃が「映画の失敗」として読まれうることだ。
TIFFでの批評はより冷静だった。映画が部分的に強いことは認めつつも、全体としての不均一さを指摘。第3幕の衝撃的な転換が、それまでの物語設定を「置き去りにしてしまう」と感じさせ、前半の積み重ねが空洞化して見える、と論じた。「観客がその転換を受け入れるか、単なるショック値として却下するかが、映画全体への評価を決定づける」とも書いた。ハリウッド・リポーターは「美しい映画ではあるが、メッセージが懲罰的で、時に奇妙に不明瞭」と評した。
日本の観客にとって追加のハードルもある。文脈なき不条理の受容度、EDMカルチャーへの距離感、そして「何も解決しない映画」を「良作」と判断する訓練の有無。これらが鑑賞体験を鋭く二分する。
「賛否両論」という構造の本質
ラシェはスペイン人としてフランス生まれという自身の出自を意識しながら、ヨーロッパ人がモロッコを「自己探求の場」として使う構造──新植民地主義的な欲望──を映画の主題として内側から解体しようとした。
この野心は映画の評価格差を一層複雑にする。「感動した」という感想の中に、ラシェが批判しようとした視点がそのまま温存されている可能性がある。「不快だった」という反応の中に、映画が正確に機能したケースが含まれうる。
ラシェ自身はこの映画を暗いものとは捉えていない。「死に向かって歩く登場人物たちは、光に向かっても歩いている」と語り、「30年後に見れば、あの時代の私たちが映っているはずだ」と言う。
地獄めぐりの後に天国はあるという神話的構造
アラビア語で「道」を意味する「シラート」。天国への唯一の橋が地獄の上を渡るという神話的構造は、映画そのものの設計図だ。観客は天国(感動・体験)を求めて地獄(衝撃・喪失・不条理)を通過させられる。
Xのタイムラインが割れるのは当然だ。この映画は「理解されること」より「感じられること」を目指して設計されている。ラシェは「観客を苦しめたかった」と公言し、「ショック療法」と自ら称した。この設計思想を前提にすれば、Xでの賛否両論は映画の失敗ではなく、機能の証左と読むこともできる。
『シラート 』(2025年・スペイン・フランス・1時間54分)
監督: オリベル・ラシェ
出演: セルジ・ロペス、ブルーノ・ヌニェス・アルホナ、ステファニア・ガッダ
日本公開: 2026年6月5日(配給:トランスフォーマー)
© 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E. / TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U. / FILMES DA ERMIDA, S.L. / EL DESEO DA, S.L.U. / URI FILMS, S.L. / 4A4 PRODUCTIONS



