
あなたのマッツ愛が試される⁉︎ミケルセンが「ジョン・レノン」になった理由——デンマーク映画史を塗り替えた国民的大ヒット映画『さよなら、僕の英雄』
「ハンニバル」でも「カジノ・ロワイヤル」の悪役でもない。今度のマッツ・ミケルセンが選んだのは、自分がジョン・レノンだと信じ込んでいる壊れた弟だった。
第82回ヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映され、デンマーク本国では70万人を超える動員数の興行記録を達成し、アナス・トーマス・イェンセン監督作品史上最大のヒット作となった。
「ジョンを演じるために、レノンを全く研究しなかった」。コントロールを手放すことで、ミケルセンは新しい自分を発見した。

Story:
銀行強盗の罪で14年間服役したアンカー(ニコライ・リー・カース)が出所し、弟マンフレル(マッツ・ミケルセン)と再会する。盗んだ金の隠し場所を知るのはマンフレルだけだったが、兄が刑務所にいる間に、弟の精神状態は劇的に変容していた。マンフレルはもはやマンフレルではない。彼は自分が「ジョン・レノン」だと確信しており、別の名前で呼ぼうとすると走行中の車から飛び降りる。盗んだ金を取り戻すためにアンカーが思いついた奇策は——ポール、ジョージ、リンゴに相当する「患者」を集め、解散したビートルズを再結成させることだった。
Behind The Inside:
「ジョン・レノンのことを全く研究しなかった」——子供の魂で演じた役どころ
「アナス・トーマス・イェンセンと一緒に何をやっても、毎回違うキャラクターになる」とミケルセンは語る。「挑戦を求めているというより、アナスと仕事がしたい。その結果として全く異なるキャラクターが生まれるなら、なおさら良い。」
ハリウッドでの鋼のような悪役像——「カジノ・ロワイヤル」のル・シッフル、TV「ハンニバル」のレクター博士——を知る観客にとって、このマンフレルという役は衝撃的だ。ポロシャツとウィンドブレーカーを着て、この社会的に機能していない男は、心に残るキャラクターとして描かれる。
役作りの方針は明快だった。「マンフレルはジョン・レノンが誰なのかをまったく知らない。幼い頃、父親がジョンを愛していると気づいた。世界中の誰もがジョンを愛している。だとすれば、自分がジョンになれば、兄も自分を愛してくれるかもしれない——それだけの単純な理屈だ。私はまるで大人の体に子どもの魂が入っている6〜7歳の子どものように演じた。」
「ジョンを演じるのはいつも楽しかった。なぜなら私のキャラクターはジョンが誰なのかをまったく知らないから。ジョンに似せようとも、その才能を手に入れようともしない。慣れないギターを手にして、すごく緊張しながら演奏する。でも、同じように壊れた仲間たちと一緒にいることで何かが繋がっていく。それが本当に楽しかった。」
ミケルセンは病名や診断については意図的に距離を置いた。「病名を前面に出すと、診断内容を演じることになってしまう。僕はそうした映画を作りたかったわけじゃない。これは家族の話であり、愛の話だ。どんなに複雑な感情があっても、人は永遠に繋がっている——そんな物語を語りたかった。」
「デンマークの至宝」と呼ばれるミケルセンの二重性
アメリカの観客にとって、マッツ・ミケルセンは『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)『ドクター・ストレンジ』(2016年)『ファンタスティック・ビーストと黒の魔法使いの誕生』(2018年)そして『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(2023年)などで知られる威圧的な存在だ。しかし母国デンマークでは、特に監督アナス・トーマス・イェンセンと組む時は、幅広く市井の人物を演じ、はるかに多彩な俳優として、その頭角を現してきた。この二重性は、ミケルセン自身も認識している。イェンセンが演出する時、ある種の解放感がある。「窓から飛び降りる自由がある」とミケルセンは笑う。マンフレル/ジョンは突然、走行中の車から飛び降り、その感情も隠すことはない。
70万人を超える動員数——デンマーク人の1割が観たヒットの構造
本作はデンマーク興行においても圧倒的な成功を収めた。アナス・トーマス・イェンセン監督作品史上最多となる70万枚超のチケット販売を記録した。
この数字が持つ意味はとてつもない。デンマークの総人口は約600万人。人口比で換算すれば、国民のおよそ1割以上が劇場でこの作品を観た計算になる。日本に置き換えたら、単純比較で1200万人超の動員に相当するスケールだ。東京都民のほぼ9割近くがこの映画を観たようなものなのだ。
ミケルセン×イェンセンのコラボレーションが強力な磁力を帯びる理由は、蓄積した信頼にある。本作は二人にとって6度目のコラボレーションで、過去には『ライダーズ・オブ・ジャスティス』(2020年)『メン&チキン』(2015年)『アダムズ・アップル』(2005年)『フレッシュ・デリ』(2003年)の4作品が並ぶ。ミケルセンは、歳を重ね、アプローチも変えながら、確信を持てないまま正解を求め続けていて、どこまでやったら観客が離れてしまうのか?を試しているという。
Under The Film:
愛されるために自分を消す
マンフレルがジョン・レノンを選んだのは、音楽的才能でも思想への共鳴でもない。「世界中の誰もがジョンを愛しているから」——ただそれだけだ。愛を得るために、自分を消して誰かになる。その哀しさと滑稽さが本作の核心にある。アイデンティティとは何か、家族の絆と向き合うことの苦しさ、ブラックコメディの外皮を纏いながら、映画は、鋭く観客の胸を打つ。
「違うことをやりたい」では動かないミケルセン
本人の言葉が示す通り、ミケルセンは「次は違う役を演りたい」という動機では動かない。「一緒に仕事をしたい人がいる」という信頼が先にあり、結果として全く異なるキャラクターが生まれる。その原則は、ハンニバルからマンフレル/ジョン・レノンまで一貫している。キャリアの幅広さは戦略ではなく、人との縁の産物だという逆説——それがマッツ・ミケルセンという俳優を、スクリーンの外でも見続けたくなる理由だ。
『さよなら、僕の英雄』(2025年・デンマーク/スウェーデン・1時間56分)
監督・脚本 アナス・トーマス・イェンセン
出演 ニコライ・リー・カース、マッツ・ミケルセン、ソフィー・グロボール、ラース・ブリュグマン
配給 スターキャット/アルバトロス・フィルム
日本公開 2026年6月19日(金)
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