
製作費100万ドル、20日間の撮影。それをサム・ライミが観た。——低予算ネオノワール『ユマカウンティの行き止まり』がいかにして次の『死霊のはらわた』の監督を生んだか
まず場所ありきで映画を撮るガルッピ監督は「気に入ったロケ地さえあればインディー映画は撮れる」——撮影期間20日間、製作費およそ100万ドルの本作を観るとその倍の製作費がかかった作品のように見える。
ロッテン・トマトは97%だったが、興行収入は、10万ドルにも及ばず。誰にも気づかれぬまま消えていったその映画を、サム・ライミだけがちゃんと観ていて、その才能を見抜いていた。

Story:
1970年代アリゾナ州、砂漠のど真ん中にある寂れたガスステーション兼ダイナー。ナイフのセールスマン(ジム・カミングス)は給油のために立ち寄るが、燃料補給トラックが遅れていると告げられ、足止めを食う。他にもちらほらと立ち往生の客が集まるその空間に、ある時点から銀行強盗の二人組(リチャード・ブレイク、ニコラス・ローガン)が加わる。彼らは血染めの70万ドルを守るためなら、何でもやる。やがて、ダイナーを訪れた全員がその場の「当事者」になっていく。
Behind The Inside:
「撮影できる場所を先に探して、そこから脚本を書く」——フランシス・ガルッピという独学の映画作家
監督・脚本・製作・編集の全てをこなすフランシス・ガルッピ(1988年、ロサンゼルス生まれ)は、音楽からキャリアをスタートさせた後、映画の世界へ転じた独学派だ。インディーロックバンド「Mt. Joy」のMVを複数手がけた後、2019年の短編 High Desert Hell (カタリナ映画祭「ウェス・クレイヴン賞」受賞)、2020年の The Gemini Project (バーバンク国際映画祭・最優秀SF短編賞受賞)で頭角を現した。
本作の原点もまた、ロケ地の発見から始まっている。ガルッピはLAから北へ車で1時間ほどのパームデール郊外にある「フォー・エーシーズ・ムービーランチ」という撮影用の牧場に、70年代の雰囲気が漂うダイナーのセットを発見した。「短編映画の頃から、まずロケ地を探してそこに合わせて脚本を書くのが自分のやり方だった。友人の小屋があればそこで撮る、砂漠に無料で使える場所があればそこで撮る——この映画もその延長線上にある」とガルッピは語っている。
4年の紆余曲折、膠着した脚本のオプション売却、自分の家を売って工面してくれた男——「自分でやる」と決めるまで
映画の誕生には、4年以上にわたる紆余曲折があった。
短編を映画祭で上映していたガルッピは、シンシナティで一人の人物、ジェームズ・クレイズと出会う。クレイズは気前よく「次の作品に5万ドルを提供する」と申し出た。ガルッピはその資金で脚本を書き始め、プリプロダクションを進めながら、夢のキャスティングとして当初からリチャード・ブレイクにアプローチした。驚いたことに、ブレイクはあっさりと出演を承諾した。
「もっと大きくできるかもしれない」——そう感じたガルッピは脚本をある制作会社にオプション売却する。だがその会社が描いていたのは、ガルッピの思い描くものとは全く別の映画だった。外国市場へのプリセールスを前提にしたキャスティングを求められ、ジム・カミングスを主演に据えるという方針を断られた。交渉は膠着し、オプション期間が切れた後、ガルッピは静かに決意した。「自分でやる」。
そして件のジェームズ・クレイズが、自分の家を売って映画の製作費を工面した。
20日間の撮影、予算の都合で火薬仕掛けは一発勝負
完成予算はおよそ100万ドル。撮影期間は20日間。そのうちダイナーのインテリアで費やした日数は15〜16日に上る。火薬仕掛けのスクイブ(着弾効果の小道具)は予算の関係でリテイクが効かない「一発勝負」。ガルッピは撮影監督マック・フィスケンとともに何度もロケ地に通い、ショット・デザイナーというアプリを使って全カットを事前に設計してから現場に臨んだ。
コーヒーポットの残量まで管理していたガルッピの綿密な制作準備
主演のジム・カミングスといえば、監督と主演を兼任する制作スタイルで知られている。ジム・カミングスにとっては、初めて「自分が監督ではない映画の主演」を務める体験だったという。「撮影初日から口が出かかるのを何度も我慢した」とカミングスは笑いながら振り返り、ガルッピの綿密な準備に「コーヒーポットの残量まで管理していた」と感嘆している。
Under The Film:
「レザボア・ドッグス」脳裏に浮かぶ既視感の正体
予告を観た瞬間に誰もが抱く既視感は正しい。男たちが狭い密室で銃を向け合い、誰が誰を信用できるのかがわからなくなる——その構造は確かにタランティーノの文脈上にある。だがガルッピ自身が挙げるリファレンスはより幅広く、コーエン兄弟、テイラー・シェリダン、エルモア・レナードといった名が並ぶ。ヒッチコックの『ロープ』、『ダイアルMを廻せ!』、コリン・ファレルの『フォーン・ブース』も本人がリファレンスに挙げる作品だ。
舞台を1970年代に設定したこと——ロータリー電話、セールスマン、停電したテレビに流れるラジオニュース——によって、本作はノスタルジーではなく「時代との距離」を獲得している。スマートフォンも、外部への通報も、監視カメラもない世界で、人間は人間と直接向き合うしかない。孤立した空間の「劇」として機能させるための、意図的な時代設定だ。
「ガンでどんぱちやれば観客が来る」——それだけでは終わらない構造
暴力描写は確かに本作の魅力の一つだが、それだけを目当てに来た観客は少し戸惑うかもしれない。ガルッピが丹念に組み立てた前半のキャラクター描写——腰の重い常連客、離婚協議中らしきナイフセールスマン、思いがけず強がりなウェイトレス——があって初めて、中盤以降の暴力的な炸裂が意味を持つ。
キャストの面でも、ジム・カミングス以外を「知った顔がない」と感じるのは日本では至極当然だ。リチャード・ブレイク(マンチェスター出身のベテラン性格俳優)、ジョスリン・ドナヒュー(ホラーファンなら『ハウス・オブ・ザ・デビル』(2009年)の主人公として記憶しているはず)、フェイゾン・ラブ(コメディ畑出身の大柄な個性派)、バーバラ・クランプトン(往年のB級ホラーの女王、今なお現役)——この顔ぶれはインディー映画界で積み上げられた「引力」によって集まったものだ。ギャランティ以上に監督への信頼と脚本への共感が先にあった。
サム・ライミが観たことで次のドアが開いた
映画祭でひっそり公開され、全米劇場公開でわずか10万ドルにも届かなかったこの作品に、ホラー界の重鎮サム・ライミが目を留めた。
「フランシス・ガルッピはいつ観客をじらすべきで、いつ爆発的な暴力をぶつけるべきかを知っているストーリーテラーだ。長編デビュー作において並外れたコントロール力を持つ監督だ」——ライミはDeadline誌へのコメントでそう述べ、ガルッピを『死霊のはらわた』フランチャイズの新作(Evil Dead Wrath、2028年全米公開予定)の監督に抜擢した。
これはキャリアのサクセスストーリーではなく、映画の質そのものが持つ力の話だ。予算でも知名度でも勝てなくても、1本の映画が正しい人間の目に届けば、次のドアが開く。
日本でウケるのか、という問い
日本の観客にとってのハードルを正直に言えば、「ジム・カミングス」という名前がどこまで届いているか、という一点に尽きる。本国での彼のファンダムは、映画作家コミュニティを中心に確かな熱量を持つ。コメディ『サンダーロード』(2018年)とホラーコメディ『The Beta Test』(2021年)を経由した文脈を持たない日本の観客が、本作に何を期待して座席につくかによって体験はかなり変わってくる。
タランティーノ的な「しゃべって待って撃つ」テンポを好む層、狭い空間でのキャラクター映画に耐性のある層には、間違いなく響く。逆に「派手なアクション映画」を期待して入ると、前半の静かな積み上げに焦れるかもしれない。それはこの映画の弱点ではなく、この映画の賭けだ。
古ぼけたダイナーを見つけたことから始まったこの映画製作——そしてそれが正しい映画であれば、どこからかサム・ライミの元に辿り着き、ライミがその才能に注目し、次の仕事を任せるという棚ぼたのようなご褒美もある。
『ユマカウンティの行き止まり』(2023年・アメリカ・90分)
監督・脚本・製作・編集 フランシス・ガルッピ
出演 ジム・カミングス、ジョスリン・ドナヒュー、リチャード・ブレイク、ニコラス・ローガン、シエラ・マコーミック、
マイケル・アボット・Jr.、アレックス・エッソー、ニコラス・ローガン、フェイゾン・ラブ、ロビン・バートレット
日本公開 2026年6月12日(金)
©︎ 2024 The Last Stop in Yuma County LLC.



