
人間の闇を炙り出す検察官が「黒」に踏み込む——Netflixポーランド犯罪スリラー第2弾『カラーズ・オブ・エビル:ブラック』、本作にみる「ポーランド映画の系譜」を読む
ポーランド発のNetflixクライム・フランチャイズが着実に拡張している。
2024年配信の第1作『カラーズ・オブ・エビル:レッド』は世界累計4200万回以上の視聴を記録し、同プラットフォームのポーランド映画トップ10入りを果たした。その続編『カラーズ・オブ・エビル:ブラック』が2026年6月10日に全世界配信開始となった。
監督アドリアン・パネクはワイダ・スクールとキェシロフスキの名を冠した映画学部の卒業生。ワイダ、キェシロフスキ、スコリモフスキという「ポーランド映画の黄金系譜」と本作はどこで繋がり、どこで決別しているのか。

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Story:
検察官レオポルド・ビルスキ(ヤクブ・ギェルシャウ)は、前作『レッド』での捜査を経てカシュビア地方の小さな町に左遷される。表向き静かなその町で一人の少年が失踪する。捜査を進める中でビルスキは古い未解決の失踪事件との不気味な繋がりを発見し、この閉鎖的なコミュニティが長年かけて閉ざしてきた黒い深淵に引きずり込まれていく。
Behind The Inside:
原作は既刊7冊——まだシリーズは終わっていない
本作の原作はポーランドの作家マウゴジャタ・オリウィア・ソブチャクによるクライム小説シリーズ「コウォリ・ズワ(悪の色)」の第2作にあたる。シリーズは2019年の第1作「赤(Czerwień)」に始まり、「黒(Czerń)」「白(Biel)」「黄(Żółć)」「青(Błękit)」「緑(Zieleń)」と続き、現時点で既刊6冊。さらに第7作「紫(Fiolet)」が2026年6月17日——Netflixで『ブラック』が配信されたわずか1週間後——にポーランドで刊行される。シリーズはまだ終わっていない。
Netflixはこの中の第1作と第2作を順番通りに映像化した段階にすぎず、未映像化の原作ストックは現時点で5冊残っている。続編製作についてNetflixからの公式発表はなく、視聴数次第という状況だが、素材が尽きる気配は当面ない。
ソブチャクの著作はすでに75万部以上を売り上げており、『レッド』のNetflix映像化成功がその国際的な認知を決定的に高めた。
原作トリロジー(赤・黒・白)は、タイトルの色が「闇への下降と、そこからの浮上」を示唆するとも読め、それぞれの色は血・深淵・空白といった普遍的なイメージを起点にしている。これはキェシロフスキの「トリ・コロール(赤・白・青)」三部作がフランス国旗の三色に自由・平等・友愛を重ねたこととは根本的に異なる——キェシロフスキが三色にそれぞれのテーマを対応させたのに対し、ソブチャクの色彩はより暗黒と悪に結びつく感情的な連想を起点にしている。
『レッド』の3000万時間超えが動かした続編製作
第1作『レッド』は2024年のNetflixデビュー後、グローバルトップ10に5週間ランクインし、4200万回以上の視聴を記録した。この数字がNetflixに続編製作を決断させ、その成功を受けてNetflixは第2作の映像化に踏み切り、2026年6月10日に『ブラック』を全世界配信した。
アドリアン・パネク——ワイダ・スクールとキェシロフスキ学部が育てた監督
本作を含む『レッド』『ブラック』両作を手がけるアドリアン・パネク(1975年生まれ)は、その出自がポーランド映画史の文脈と直結している。パネクはヴロツワフ工科大学で建築を学んだ後、シレジア大学のクシシュトフ・キェシロフスキ放送・映画・映像学部を卒業し、アンジェイ・ワイダが設立したワイダ・スクールでも学んでいる。
つまりパネクは、ポーランド映画の巨匠たちの名を冠した教育機関で映画製作を鍛えられた監督だ。ワイダがこの世を去ったのは2016年。だがその名を冠したスクールは今日も現役の映画人を送り出し続けている。
Under The Film:
ホラーとドラマの境界を侵食する作家性
ワイダ(1926–2016)、キェシロフスキ(1941–1996)、スコリモフスキ(1938–)といったポーランド映画の世代は、冷戦・検閲・政治抑圧という特殊な圧力下で「隠喩」と「内面」を磨いた。彼らが描いた「人間の闇」は歴史の重さ、体制への抵抗、実存的な問いと分かちがたく結びついていた。
『カラーズ・オブ・エビル』が描く闇はそれとは位相が異なる。前作『レッド』では殺された若い女性と20年前の未解決事件の連鎖、本作『ブラック』では子供の失踪と地方コミュニティが隠し続けてきた秘密——いずれも現代ポーランド社会の腐敗・沈黙・制度的無力を題材にしている。これはキェシロフスキが晩年に示した方向性——個人の倫理と社会の圧力が交差する地点への注目——とは確かに共鳴する。
だが決定的に違うのは「物語の速度」だ。キェシロフスキの映画は問いを宙吊りにし、観客に答えを渡さない。『カラーズ・オブ・エビル』はNetflixのグローバル視聴者を念頭に置いたクライム・スリラーの文法を採用し、解決と緊張を交互に配置する。
パネクが語る「ジャンプスケアのように脅かして飛び上がる恐怖より、人間の内面でじわじわと差し迫るのっぴきならない事態を恐れる」。その感覚はワイダ的な人間観と共鳴しながらも、ホラーとドラマの境界を意図的に侵食する手法に独自の作家性が感じられる。
Netflixという回路は、残りの5色を世界へ届けてくれるのか?
「ポーランド映画がNetflixで売れる」という現象は、かつての映画祭経由の国際流通とは根本的に異なる回路を意味する。ワイダの『灰とダイヤモンド』(1958年)やキェシロフスキの『トリコロール』三部作(1993–94年)は、主にヨーロッパのアートシアター系配給網を経て世界に届いた。『カラーズ・オブ・エビル』は初日から190カ国以上に同時配信される。
この大きな違いは製作スタイルやシステムに影響を与えずにはいない。Netflixが求める「グローバルに通じる緊張感」はポーランドという土地が生み出す固有性を希薄化するリスクがある——一方で、カシュビア地方の景観、ポーランド語の音、地方社会の閉塞感は映像に確かに刻み込まれており、「どこでもある闇」と「ここにしかない闇」が奇妙に同居する。
パネクが手がける映像の質感は高く、俳優陣の演技はセリフが二次的な情報に感じられるほどの普遍的な表情を持つとも評される。新世代が放つ社会や人間を鋭く見つめる眼が、Netflixという新しい器に移植され、世界へ届けられる。
今後、残りの「白」「黄」「青」「緑」「紫」の5色の完全映画化が世界へ届けられることを期待したい。
『カラーズ・オブ・エビル:ブラック』(2026年・ポーランド・約110分)
監督 アドリアン・パネク
脚本 アドリアン・パネク、ウカシュ・M・マツィエユフスキ
出演 ヤクブ・ギェルシャウ、マリアンナ・ジデク、ジスワフ・ワルデイン、ローザ・ウカシェヴィチ、ベアタ・シチバコフナ、
アダム・ボビク、アンジェイ・ヒラ、ピョトル・ジュラフスキ、ロベルト・ゴネラ、ユリアン・シフィエジェフスキ
Netflix独占配信中
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