
緊迫の脱出劇『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』——映画を撮ることが、難民問題を世界へ伝える唯一の説法だった
1,400万人の実話を元に構築されたシリア難民の群像ドラマ。監督は人道支援活動家でもあるブラント・アンダーセン。なぜ彼は長編映画を作らなければならなかったのか。
ベルリン国際映画祭アムネスティ国際映画賞受賞。世界41冠。6月19日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開。

Story:
シリア人医師アミラ・ホムシ(ヤスミン・アル・マスリー)は、幼い娘を連れてアレッポを脱出することを余儀なくされる。その絶望的な選択が引き金となり、連鎖反応は国境を越えて波及する。病弱な息子を救おうと密航ビジネスに手を染める密輸業者、良心と服従の間で引き裂かれる兵士、故郷を求め彷徨う詩人、そして職務と人道の板挟みになるギリシャ沿岸警備隊の船長。5人の人生が地中海の一夜に交差する。
Behind The Inside:
ブラント・アンダーセンとは何者か
本作を語るうえで、監督の素性を知ることは避けられない。
ブラント・アンダーセンは1977年、フロリダ州タンパ生まれ。ブリガムヤング大学在学中に銀行・決済ソフトウェア会社uSightを創業し、2004年にはInc.誌が選ぶ全米成長企業ランキング2位に選出。売上2,000万ドル超で2005年に売却した。その資金でNBAのGリーグチーム「ユタ・フラッシュ」を買収・運営し、2012年にフィラデルフィア・76ersへ売却。著名建築家フランク・ゲーリーとソルトレイク郊外の大規模複合開発を手がけ、同じ頃、ユタ郡捜索救助チームのボランティア訓練も受けている。
その後ハリウッドへ転身。『ローン・サバイバー』(2013年)『エベレスト 3D』(2015年)マーティン・スコセッシ監督の『沈黙 ーサイレンスー』(2016年)トム・クルーズ主演作『バリー・シール/アメリカをはめた男』(2017年)などのエグゼクティブ・プロデューサーとしてキャリアを築いた。
しかし彼の本質は、スクリーンの外にある。2010年のハイチ地震では震災3日後に現地入り。アラブの春以降はトルコ・ギリシャの難民支援に繰り返し参加し、国連とともにギリシャ・イタリアの難民キャンプを訪問。2019年10月には、米軍撤退とトルコ軍事作戦が同時進行する北東シリアの病院で医師・看護師たちにカメラを向けた。2023年11月にはヨルダン空軍機に搭乗し、ガザ上空での人道支援ミッションに参加している。
テック起業家、プロスポーツオーナー、ハリウッドプロデューサー、そして紛争地の人道支援活動家。この四つの顔を持つ人間が、なぜ映画を撮ったのか——その答えが、本作そのものだ。
トランプの「ラップトップ禁止令」が発端
アンダーセンが脚本を書き始めたのは2017年。トランプ政権が中東各国の空港発のアメリカ行き便でラップトップの機内持ち込みを禁止する措置を発動した直後だった。この理不尽な政治的決定が引き金となり、中東に滞在していたアンダーセンは脚本を書き始め、帰国するまでの約1ヶ月で『The Stranger’s Case』というタイトルの台本を完成させた。
だが映画にはならなかった。
オマール・シーが密航業者マルワンを演じ、アンダーセンは密航業者への取材を通し、キャラクター像にリアルな肉付けをしていった。だが、シーの参加をもってしてもプロジェクトは動かなかった。友人の勧めで、アンダーセンは、短編版『Refugee』(2020年・23分)を先行制作した。それが転機となる。『Refugee』はカイロ国際映画祭で上映され、アカデミー賞実写短編部門のショートリストに入り、フレンチ・リヴィエラ映画祭で最優秀監督賞・最優秀短編賞を受賞。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)も世界難民の日に上映した。短編に出演したヤスミン・アル・マスリーとオマール・シーは、後に長編版で同じ役どころで約束通り、続投することになる。
こうして短編が作品の可能性を証明し、長編への道が開いた。
華やかな舞台の上よりも紛争地帯を歩むことを好む男
ハリウッド映画のエグゼクティブ・プロデューサーを務めてきたブラント・アンダーセンのもうひとつの顔は、現場に踏み込む人道支援活動家だ。
2017年には、CARE(国際NGO「ケア・インターナショナル」)との連携でヨルダンのアズラク難民キャンプを訪れ、シリア難民の十代の子どもたちに映画制作を教えるブートキャンプを主催した。その生徒たちが制作した短編『Peace Please』は、その後、世界各地の人権会議で上映された。
2019年10月、アンダーセンはNPO法人 アフリカ地域開発市民の会(CanDo)とともに北東シリアの病院と難民キャンプを訪れ、そこで医師や看護師たちにインタビューし、撮影を行った。それはアメリカ軍の撤退とそれに続くトルコの軍事作戦が展開されるさなかのことだった。
さらに2023年11月には、ヨルダン空軍と合流してガザへの人道支援ミッションに参加し、シリア国境外の病院を撮影している。
ベルリン国際映画祭での正式上映の後、アンダーセンはすぐさま華やかなレッドカーペットを離れ、ガザの人道支援の現場へと飛んだ。パフォーマンスよりもガチの活動家としての生き方を大切にしているのだ。
過酷な現場だったからこそ、日々、心身を引き締めたスタッフたち
本編の撮影地はヨルダン、トルコ、そしてシカゴ。撮影期間中、スタッフ全員によるキリスト教式のデヴォーショナル(聖書の朗読と祈りの時間)が毎日行われ、心身を引き締めながら撮影は行われた。
撮影における最大のピンチが訪れたのは、夜の地中海での洋上シーン——嵐の海で難民を乗せた小型ボートが転覆しかけるシークエンスでスタジオセットではなく、実際の嵐の海上での危険を伴う撮影が行われた。精神的・肉体的な限界を感じながらの過酷な現場だったが故、聖書の朗読と祈りの時間を大切にしてきたということなのであろう。
「Angelスタジオが配給」という意味——宗教系配給会社が難民映画を全米2,200スクリーンに拡大
本作の全米配給はAngel Studiosが担い、2,200スクリーンで公開された。Angel Studiosは、宗教的・家族向けコンテンツの発信に特化したプラットフォームであり、メル・ギブソン総指揮の映画『サウンド・オブ・フリーダム』(2023年)の大ヒットで知られる。
難民ドラマとキリスト教系配給会社の組み合わせは意外に思えるかもしれない。しかし本作のタイトル『I Was a Stranger』は、マタイ伝25章35節の「わたしは旅人であったのに、あなたたちはもてなしてくれた」に由来している。アンダーセンは敬虔な信仰者であり、人道主義者でもあるということだ。
Under The Film:
なぜ「映画」でなければならなかったのか
本作が達成したことの核心は、難民問題を「ニュースなどで断片に矮小化される議論から、生きた人間の経験として形作った」ことにある。これは報告書にも、ニュースにもSNSにもできないことだ。
映画はトランプの2017年ラップトップ禁止令を受けて脚本は書かれ、時代は巡り巡って、米国公開は2026年1月——移民取り締まりが再び政治的焦点となっているさなかだった。難民ドラマとして、不吉なほど現実と符合している。
本作が狙うのは、観客に難民の人間性を再認識させること、そして移民問題を議論する際にその人間性を念頭に置かせること、だ。
この映画には特有の伝播力がある。本作は40以上の世界の映画祭で上映され、43の賞を獲得し、ベルリンでアムネスティ国際映画賞を受賞した。ベルリンのプレミアに姿を見せたアンダーセンは、その後のプロモーション活動を一切せずヨルダンへ戻り、ガザへの支援物資調整を続けた。映画は主人不在のまま、世界を旅した。
ロッテントマトのトマトメーター76%に対し、観客スコアは83%。批評家は「脚本が難民問題の明白な側面を強調するにとどまり、新しい視点を提供していない」と留保をつけた。しかしその留保こそが、本作が映画ファン以外に向けて作られた証拠だ。アンダーセンの目的は映画史に残る作品を作ることではなく、一人でも多くの人間の心を動かすことだった。
『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』(2024年・アメリカ・ヨルダン・パレスチナ・1時間44分)
監督・脚本・製作:ブラント・アンダーセン
撮影:ジョナサン・セラ
出演:ヤスミン・アル・マスリー、ヤヤ・マへイニ、オマール・シー、ジアド・バクリ、コンスタンティン・マルクーラキス、
ジェイソン・ベギー
配給:ハーク /配給協力:フリック
6月19日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開。
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