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富裕層から死んでいく奇病、それは「金持ちの皮を剥ぐ」だけではなかった——金持ちを餌食にする階級逆転スリラー『億万長者の不都合な終末』

強烈な手法で格差社会を風刺した『プラットフォーム』のガルデル・ガステル=ウルティア監督最新作。

上流階級だけが感染する奇病「リッチフルエンザ」が資本主義を崩壊させる

富が成功の証から「淘汰の印」に変わった時、人間の「物惜しみ」と「美徳」の両極を巡る旅が始まる


©︎ 2023 RICH FLU A.I.E, NOSTROMO PICTURES S.L., BASQUE FILMS SERVICES S.L., MAMMA TEAM SONDER ENTERTAINMENT S.L.

Story:

ストリーミング・プラットフォーム企業の重役プロデューサーとして働くローラ・パーマー(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)は、家庭を顧みずキャリアに人生を捧げてきた。映画業界での成功を目前にしたその矢先、世界の富裕層だけを死に至らしめる奇病「リッチフルエンザ」が発生する。歯が異様に白く輝いた者から命を落としていくこの奇病は、ビリオネアからミリオネアへ、そして「ある程度の資産を持つ者」へと感染の対象を下げ、拡大し続ける。富が成功の証から「淘汰の印」に変わった瞬間、資本主義社会は音を立てて崩壊し、ローラは自らの財産と家族をめぐる究極の選択を迫られる。


Behind The Inside:

『プラットフォーム』から続く、一つの問い

ガルデル・ガステル=ウルティアは元来、映画ではなく経営学・国際貿易を専攻していた人物だ。その経歴が示す通り、彼の作品は終始「分配」と「階級」というテーマに憑かれている。2019年の長編デビュー作『プラットフォーム』は、上層に行くほど豪華な食事が与えられ、下層には残飯しか届かない垂直の監獄を舞台にした寓話で、シッチェス映画祭で作品賞を含む4部門を制覇し、Netflixで世界的なヒットとなった。本作『億万長者の不都合な終末』は、その問いを別の角度から再構築したものだ——今回、上下を分けるのは建物の階層ではなく、生死を分けるウイルスそのものである。

製作には『プラットフォーム』チームに加え、チリのパブロ・ラライン(『スペンサー ダイアナの決意』(2022年))率いるオスカー常連プロダクション、ファブラが参加。スペイン・チリ・アメリカの合作という体制も、本作が単なる一国のジャンル映画ではなく、国際的な「格差」を語る座組として組まれたことを物語っている。


なぜ「最下層」ではなく「頂点」から死んでいくのか

疫病を扱う物語は、歴史的にもフィクションにおいても、感染源や被害の重心を一般庶民に置くのが定石だ。中世の黒死病、HIV/AIDSをめぐる初期の偏見、新型コロナの被害分布——いずれも、社会的に脆弱な層がもっとも大きな打撃を受けるという構造を反復してきた。

ガステル=ウルティアはこの定石を完全に裏返した。リッチフルエンザは、まさに「資産」そのものを感染経路とする奇病であり、唯一の処方箋は「全財産を手放すこと」だ。これは単に金持ちをこき下ろす意趣返しではなく、一つの思考実験になっている。すなわち——強制的に財産を奪われた瞬間、富裕層は「良き人間」になれるのか、それとも富という鎧を剥がされてもなお同じ振る舞いを続けるのか、という問いだ。実際、序盤でジョナ・ハウアー=キング演じる人物が突如9億ドルの資産を「相続」してしまい恐怖に陥る場面や、ローラが「離婚を理由に」資産を一時的に部下へ預けようとする場面など、富からの逃走そのものがコメディとして機能している。

ただし、ここには製作陣自身が認める弱点もある。ガステル=ウルティアは監督ステートメントで、本作を人間の「物惜しみ」と「美徳」の両極を巡る旅だと位置づけているが、批評の一部では、この視点が「資本主義そのもの」ではなく「個人の欲」を問題の中心に据えてしまっている点を指摘している。つまり、システムの構造的暴力を描いているように見えて、実際には「人間はもともと欲深い」という人間性への回帰に落ち着いてしまっているのではないか、という批判だ。


後半で起きる、もう一つの「逆転」——白人エリートの難民船

本作の最も大胆な仕掛けは、実は感染設定そのものよりも、物語中盤で起きる構造転換にある。リッチフルエンザの脅威が「資産家全般」まで降りてきた時点で、物語は一転し、裕福な白人ヨーロッパ人たちが老朽化した船に乗り込み、地中海を越えてアフリカへ逃れようとする「逆難民」のシークエンスへ突入する。感染が及んでいないとされる「希望の僻地」を目指す彼らの姿は、地中海を渡る難民のイメージをそのまま反転させたものだ。

この仕掛けは批評家の間で評価が大きく割れている。称賛する側は、前半の「金持ちをこき下ろす痛快な風刺」から「特権を失った者の苦悩」へと滑らかに移行する構成力を評価する一方、批判する側——特に映画レビューサイトCut To The Takeなどは、難民の苦難という現実の悲劇を白人富裕層の物語装置として流用すること自体に強い違和感を表明している。皮肉が皮肉として機能しているのか、それとも借用したイメージの上に乗っているだけなのか——この境界線をどう見るかが、本作の評価を二分する最大の分岐点になっている。


6月19日(金)公開『億万長者の不都合な終末』|本予告

「資本主義社会、終了のお知らせ。」 『プラットフォーム』シリーズ監督最新作 ブラックユーモアで現代社会をぶった斬る≪階級逆転≫エンタテインメント! 映画『億万長者の不都合な終末』6月19日(金)新宿ピカデリーほか全国公開! https://synca.jp/richflu 資本主義社会の 崩壊が 今始まる── …


Under The Film:

製作から2年、世界はこの映画をどう迎えたか

本作は2024年製作だが、その歩みは決して順調ではなかった。まず2024年9月6日、トロント国際映画祭の「インダストリー・セレクト」枠で配給バイヤー限定の上映が行われ、続く10月6日、シッチェス国際映画祭の正式コンペティション部門「オフィシャル・ファンタスティック」で一般向けの世界初公開を迎えた。同部門では最優秀作品賞にノミネートされたが、受賞は逃している——ガステル=ウルティアの前作『プラットフォーム』が同じシッチェスで4部門を制した実績と比べると、対照的な結果だ。

スペイン本国での劇場公開は2025年1月24日(配給:Filmax)。しかし英語圏、とりわけアメリカでの一般公開は大きく遅れ、限定劇場公開とVOD配信が始まったのは2026年6月5日——シッチェスでの初披露から実に1年8ヶ月後のことだった。批評家の反応は終始一貫して「分裂」している。ロッテントマトに投稿された批評は数自体が少なく、評点もC評価や5段階で2.5〜3程度に集中。IMDbの観客評価は10点中5.0、Moviefoneの観客スコアも53という、明確な失敗でもヒットでもない「宙ぶらりん」な数字に落ち着いている。興行成績も控えめで、世界興収は約78万ドル(The Numbers調べ)、スペイン国内だけで見ると14万ドルに届かない規模だ。

評の内容そのものは、奇妙なほど同じ構造を繰り返している。「前半は痛快な風刺として機能しているが、中盤以降、道徳的な物語に舵を切った瞬間に勢いを失う」という指摘が、賞賛派・否定派を問わず大半のレビューに共通して現れる。Letterboxdには「観客全員がブーイングした」という劇場体験を綴った酷評から、「最高に痛快だった」という熱烈な支持まで、評価の振れ幅自体が一つの現象になっている。


流行ってる「金持ちを餌食にする」風刺——近年の映画トレンド

ここ数年、富裕層をコメディの標的にする作品が一つの潮流を作ってきた。リューベン・オストルンドの『逆転のトライアングル』(2022年)は豪華クルーズに乗り合わせた富裕層が漂流先で立場を逆転させられる話でカンヌのパルム・ドールを受賞。マーク・マイロッドの『ザ・メニュー』(2022年)は超高級レストランに集う客たちがシェフの仕掛けた”コース”の餌食になっていく一夜を描いた。マイク・ホワイトによるアンソロジードラマ『ホワイト・ロータス / 諸事情だらけのリゾートホテル』(2021年〜)も、リゾートに集う富裕層の滑稽さと欺瞞をシーズンごとに笑いものにしてきた。いずれも「持つ者」が窮地に陥る様を観客と一緒に愉しむ、いわば”イート・ザ・リッチ”型の風刺として、商業的にもしっかり当ててきたジャンルだ。

『億万長者の不都合な終末』も、この系譜に連なる企画として動き出したのは間違いない。だが本作は、『プラットフォーム』という強力なブランドとパブロ・ラライン製作という看板を持ちながら、主要市場への着地に2年近い時間を要した。前半の「金持ちが死んでいく」痛快さに対し、中盤以降は難民のイメージを借りた苦い人間ドラマへと舵を切る——この落差こそが本作最大の個性であり、同時に「わかりやすいエンタメ」として打ち出すことを難しくした要因だったのだろう。果たして日本の観客は、その”痛快さ”と、その先で待っている”居心地の悪さ”の両方を、どう受け止めるだろうか。


『億万長者の不都合な終末』(2024年・スペイン、チリ、アメリカ・1時間47分)
監督・脚本・製作:ガルデル・ガステル=ウルティア 
共同脚本:ペドロ・リベロ、ダビド・デソーラ
製作:パブロ・ラライン、カルロス・フアレス
出演:メアリー・エリザベス・ウィンステッド、レイフ・スポール、ロレイン・ブラッコ、ジョナ・ハウアー=キング、
ティモシー・スポール
提供:シンカ、TCエンタテインメント 
配給:シンカ
6月19日より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
©︎ 2023 RICH FLU A.I.E, NOSTROMO PICTURES S.L., BASQUE FILMS SERVICES S.L., MAMMA TEAM SONDER ENTERTAINMENT S.L.

映画『億万長者の不都合な終末』公式サイト


Reels:

プラットフォーム(字幕版)

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Reload:

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