
シネマという一枚の絵画——画家にして映画監督、ジュリアン・シュナーベル最新作『ダンテの遺稿』
ヴェネツィア映画祭で監督ジュリアン・シュナーベルは優れた映画作家へ与えられる「カルティエ グローリー トゥ ザ フィルムメイカー賞」を受賞した。
だが、その日の晩のソワレ上映で思わぬことが起きた。
マーティン・スコセッシ、アル・パチーノ、ジョン・マルコヴィッチ、オスカー・アイザック、ガル・ガドット、ジェラルド・バトラー、ジェイソン・モモア——これほどの顔が揃いながら、こともあろうに酷評の嵐に晒されてしまったのだ。
1978年、救世軍で手に入れた皿を床に叩きつけ、その破片をキャンバスに貼り付けて絵を描き現代画家として、名を馳せた男、シュナーベル。
彼はなぜ映画を撮るのか。答えは単純だ——映画と絵画は、彼にとって同じ一つの行為だからだ。
『バスキア』から『ダンテの遺稿』まで30年。シュナーベルの作品は、それぞれが独立した作品でありながら、実は「美と神性への渇望」というテーマをスクリーンを巨大なキャンバスに見立てた壮大な連作なのだ。

Story:
ヴァティカン図書館の深部で発見された一冊の手稿——ダンテ・アリギエーリが自ら書き記した『神曲』の原典。シチリア経由でニューヨークのマフィアの手に渡ったその写本を鑑定・強奪するよう依頼されたのが、作家ニック・トスキーズ(オスカー・アイザック)。物語は2つの時代を往復する。21世紀のニューヨーク、ギャングたちと危険な旅を続けるニック。14世紀のイタリア、地獄篇・煉獄篇・天国篇を書き続けるダンテ本人(これもアイザックが演じる)。700年の時を超えて、美と愛と神性への渇望が反響し合う。
Behind The Inside:
皿を割ることから始まった——画家シュナーベルの原点
1978年、バルセロナへの旅でアントニ・ガウディの建築群に打ちのめされたジュリアン・シュナーベルは、ニューヨークへ戻るとすぐに救世軍で皿を一箱買い、床に叩きつけた。砕けた陶磁器の破片を木製パネルに貼り付け、その凹凸のある表面の上から絵を描いた。それはまるでガウディの破砕タイル技法「トレンカディス」の発想に似ていた。——シュナーベルの「皿絵画(Plate Paintings)」の誕生である。最初の一枚『The Patients and the Doctors』(1978年)は現代絵画に新たな地平を開いた。
シュナーベルは従来の絵画の分類を拒む。絵具、ベルベット、防水シート、陶磁器の破片——素材は何でも使う。絵画の表面の物理的可能性を探究し、具象と抽象、絵画が持つ物体的な部分を拡張し続ける。
「私の絵は空間を占有し、立場を表明する。人は必ず反応する。ある人は刺激を受け、ある人は気分を害する。それでいい。私はそれが好きだ」とシュナーベルは語る。
この哲学が、後の映画制作に直結する。絵画であれ映画であれ、シュナーベルは常に「反応を引き起こす表面」を作り続けている。
シネマという一枚の絵画
シュナーベルの映画はドキュメンタリーも含め、7本しかない。その内、5本の長編が実在の人物についての伝記である。
それぞれ潜在的に壊滅的な障害に直面しながら創作し続けた人物を描いている——『バスキア』(1996年)の場合は薬物依存と貧困、『夜になるまえに』(2000年)ではキューバの詩人レイナルド・アレナスが直面した同性愛嫌悪とファシズム、『潜水服は蝶の夢を見る』 (2007年)では、脳梗塞で倒れ身体的自由を失ったELLEの元編集長ジャン=ドミニク・ボビー、『永遠の門 ゴッホの見た未来』(2018年)では画家ゴッホの精神疾患と社会的孤立。そして本作では、作家と700年前の詩人ダンテが時を超えて「美と神性」を追い求める。
テーマは一貫している——世界に理解されない者が、それでも創り続ける理由。
「シュナーベルが描く主人公たちは共通した葛藤に直面している。肉体的かつ比喩的な拘束と孤立の感覚。そして誰もが自分を完全には理解しない世界に生きることを強いられている。この芸術家の内的世界への洞察は、同じ芸術家の視点からしか生まれない」。
劇中の名画を全部描けてしまう恐るべき画力
シュナーベルの映画制作における最も象徴的なエピソードがここにある。
バスキアの遺族が作品使用を拒否したため、映画に登場するバスキアの全作品をシュナーベル自身が描いた。「なぜ許可が下りなかったのか分からない。父親とは長年の知り合いで、ジャン=ミシェルも私の作品を認めていた」とシュナーベルは語っている。
『永遠の門 ゴッホの見た未来』製作時もゴッホ役のウィレムが描くシーンでは、時々彼のシャツの袖の中にシュナーベルの腕が入っている。外でランドスケープを描くシーンもシュナーベルが描いた。壁に掛かる自画像もゴーギャン役のオスカー・アイザックの肖像画も全てを彼が描いている
絵筆のようなカメラマンとの邂逅——撮影監督ブノワ・ドゥローム
『青いパパイヤの香り』(1993年)、『博士と彼女のセオリー』(2014年)などで知られる撮影監督であり、画家のブノワ・ドゥロームは、シュナーベルのモントークの自宅を3日間訪れ、彼が絵を描く様子を撮影した短編を編集して見せた。シュナーベルは「感動で涙が出た。あなたは画家であることがどういうことかを完全に理解している」と言い、その場でドゥロームの起用を決めた。
『永遠の門 ゴッホの見た未来』ではドゥロームは小型カメラRED Helium 8Kを手に、ヴァン・ゴッホを演じたウィレム・デフォーを密着撮影した。ハンドヘルドの揺れは、ゴッホの不安定な精神状態を反映するだけでなく、画家が制作する行為そのものを体現する。「現代の画家の仕事に失敗はない。キャンバスに絵具が垂れても、計画していなかった何か有機的なものが生まれる」とドゥロームは語った。
「カメラが揺れすぎでは?」とドゥロームが尋ねると、シュナーベルは答えた。「ブノワ、人生はとても揺れているんだ」。
ブノワ・ドゥロームは、その後、アン・ハサウェイとジェシカ・チャステインダブル主演の『隣人たち』(2026年7月24日日本公開)で監督デビュー(撮影も兼任)を果たした。
デップからアイザックへ——12年間沈黙し続けた映画企画
この映画には、作品そのものとは別の「数奇な物語」がある。
2008年、ジョニー・デップのプロダクションインフィニタム・ニヒルがニック・トスキーズの原作小説の映画化権を取得。デップ自身の主演・製作が内定した。2011年、シュナーベルが監督として参加することが発表されたが、そこからプロジェクトは長い沈黙に入った。
12年もの間に映画業界はパンデミックで止まり、SAGストライキで揺れた。2023年9月、ついにオスカー・アイザックがデップに代わり主役に就いた。同年10月にはジェイソン・モモア、ジェラルド・バトラー、ガル・ガドットの参加が発表され、マーティン・スコセッシがエグゼクティブ・プロデューサーとして名を連ねた。11月にはアル・パチーノ、ジョン・マルコヴィッチら豪華な顔ぶれが揃い、2024年2月にはスコセッシ自身の出演も決定。撮影は2023年10月にイタリアで開始された。
デップが主演していたら、どんな映画になっていたか。その問いは永遠に答えが出ない。しかしアイザックが二役を演じるこの構造——21世紀の作家と14世紀の詩人を同一人物が体現する——は、デップには荷が重かったかもしれない。
逆転の視覚言語——なぜ14世紀がカラーで21世紀がモノクロなのか
本作の色彩設計は、画家としての判断が色濃く出ている。
14世紀のダンテのパートはカラーで撮影され、21世紀のニックの犯罪劇はモノクロで撮られている。通常の映画的感覚では逆だ——「現代=カラー、過去=モノクロ」が一般的的な映像手法だが、シュナーベルはそれを意図的にひっくり返した。
14世紀のパートは「絵画的な熟慮に満ちた色彩」で、中世の風景と大聖堂が大きな筆致で描かれるように映し出される。ニックの現代の犯罪パートは、モノクロームで荒々しい空間に閉じ込められたように撮られている。
芸術の時代こそが「本物の色彩」を持ち、欲望と暴力に支配された現代は色を失っている——画家が映画を撮るとはこういうことだ。
Under The Film:
名誉賞の夜に何が起きたか
2025年9月3日、ヴェネツィア映画祭のパラッツォ・デル・シネマ。授賞式でシュナーベルは、優れた功績を残した映画監督へ与えられる「カルティエ グローリー トゥ ザ フィルムメイカー賞」を受け取った。過去にはリドリー・スコット、ウェス・アンダーソンやクロード・ルルーシュらが受賞している。拍手が鳴り止まないまま、そのままの流れで新作『ダンテの遺稿』のコンペ外上映が始まった。
結果は惨敗だった。The Playlist誌はD-の評価を下し、「狂わしく、取り返しのつかない体験」と称した。「2つの相反する命題は同時に真でありうる。ジュリアン・シュナーベルは同世代の偉大なる芸術家のひとりだ。そして本作は完全な失敗作だ」と書いた批評家もいた。
スコセッシは14世紀のパートに「ガンダルフ風の老賢者」として数分だけ登場し、神学的な台詞を語って退場した。事前に「シュナーベルの映画はいつも溢れ出て、振動している」と絶賛コメントを寄せていた本人が、どんな表情で客席に座っていたかは想像するしかない。
しかしこの一夜の皮肉な構図——同じ夜に最高の栄誉と最低の評価を同時に受け取った男——は、シュナーベルという存在をこれ以上なく象徴している。
「最も過剰で最も個人的な一筆」として
シュナーベル自身はカルティエ グローリー トゥ ザ フィルムメイカー賞受賞コメントでこう語っている。「ダンテとニックの軌跡を追うことが、私自身の人生を映し出す鏡になった。」
この一言が全てを説明する。本作はシュナーベルのフィルモグラフィの中で最もパーソナルな作品だ。バスキアは友人の死への追悼だった。ヴァン・ゴッホは理解されない芸術家への共鳴だった。今作の700年を隔てて美と神性を求め続けるダンテとニックという存在はシュナーベル自身にとって合わせ鏡のような存在なのだ。
通常の映画批評的には失敗作かもしれない。しかし、「暴走するほど野心的でありながら、惜しいところまで行っている映画。それを追求できたこと自体がある種の奇跡だ」というハリウッド・リポーターの評は、本質を鋭く突いている。
過剰さは失敗ではなく証明——コッポラの「メガロポリス」との共鳴
IndieWireは本作をコッポラの『メガロポリス』(2024年)に喩えてこう書いた。「問い続ける芸術家なら誰でも、旅の途中で自分なりのメガロポリスを作ることになる。特に、暗い森の中で真っ直ぐな道を見失いながらも、大胆によろめきながら何かを探し続けるなら」。
ダンテが『神曲』冒頭で書いた言葉——「人生の旅の半ばで、私は暗い森の中にいた」——は、74歳のシュナーベルにも、80代のコッポラにも重なる。過剰であることは、彼らにとって失敗ではなく証明だ。
ただし両者の「賭け方」は対照的だ。コッポラは自身のワイナリー事業の資産を売り、身を切って『メガロポリス』を作った。一方シュナーベルは、マンハッタンの一棟マンション、フランク・ゲーリー設計のLAの邸宅、モントークの自宅を持つ、画家として既に資産を築いた人物だ。映画製作という「趣味」に余裕の中で挑める立場——それもまた、彼が批評をどれだけ気にせず過剰さを貫けるかの一因かもしれない。
シュナーベルの5本は、一枚の絵だ
『バスキア』の破片。『夜になるまえに』の暗闇。『潜水服』の一つの瞳。『永遠の門』の揺れる麦畑。そして本作『ダンテ』のモノクロの暴力とカラーの神性。
これらは全て、同じキャンバスの上に描かれている。素材は変わる——アクリルから油絵具へ、ベルベットから陶磁器の破片へ。しかし下地にある問いは一貫している。なぜ人は、理解されなくても創り続けるのか。
74歳のジュリアン・シュナーベルは今もその真理を得るための問答を作品を創ることを通して繰り返している。
『ダンテの遺稿/IN THE HAND OF DANTE』(2025年・米国・イタリア・2時間33分)
監督・脚本 ジュリアン・シュナーベル
脚本(共同)ルイーズ・クーゲルベルグ
撮影 ローマン・ヴァシャノフ
音楽 ベンジャミン・クレマンタイン
出演 オスカー・アイザック、ガル・ガドット、ジェラルド・バトラー、ジョン・マルコヴィッチ、アル・パチーノ、
マーティン・スコセッシ、ジェイソン・モモア
Netflix 2026年6月24日配信 ©︎ 2026 Netflix. ITHOD Productions Ltd. All Rights Reserved.
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