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『失うものさえなく』の母親役は演技ではない——17年・10回以上の体外受精を経た監督が、自分の不妊治療をNetflix映画にした理由

7月8日配信の『失うものさえなく』(原題: Jusqu’au Bout、英題: Nothing to Lose)の予告編を観て、戸惑った人は少なくないはずだ。

タイムリミット付きのドナー探し、難病の新生児、シングルマザーの決断——構造だけ見ればスリラーの文法だが、画面に滲む空気は明らかにヒューマンドラマのものだ。

このジャンルの揺れには、理由がある。


© 2026 Netflix. All Rights Reserved.

主演のナウェル・マダニとは何者か

日本でこの名前を聞いたことがある人はほぼいないだろう。ナウェル・マダニはベルギー出身、アルジェリア系の両親を持つコメディアン・テレビ司会者・プロデューサーで、2012年にパリにあるジャメル・コメディ・クラブでのパフォーマンスで広く認知された。6人兄弟の家庭に育ち、2歳のときに大やけどを負い、少女時代は男の子のように活発だったという。2017年の長編デビュー作『C’est tout pour moi』(英題: Stand-Up Girl!)では、脚本・主演・振付を自ら手がけ、リュドヴィク・コルボー=ジュスタンとの共同監督で作品を完成させている。

そして今回のマダニ主演の『失うものさえなく』もまたコルボー=ジュスタンと脚本・原案(共同)・共同監督でタッグを組んでいる。2023年の自伝的色彩の強いNetflixシリーズ『Jusqu’ici tout va bien』(英題: Thicker Than Water)でも、彼女自身が監督として6話を手がけている。

実体験を元にした母親の物語を描きたかった

物語は、長年不妊に苦しんだ女性ジェイド(ナウェル・マダニ)が、パートナーとの間に子を持てず、胚提供を受けてようやく出産する。その後シングルマザーとなった彼女は、新生児が稀な白血病であることを知り、適合ドナーを探すタイムリミットとの闘いに身を投じる。

ここで注目したいのは、マダニ自身の人生だ。彼女は娘を得るまでに17年の闘いと10回以上の体外受精を経験し、2021年に娘ルーの母になったと語っている。脚本に描かれる不妊治療と胚提供という設定は、マダニ自身の経験と時期的にも内容的にも強く重なる。本作が彼女の実体験を直接的な土台にしている可能性はある。

公開直前にマダニ自身がInstagramで寄せたコメントでは、「ジェイドという人物を通して、計り知れないものに向き合う母親の物語を伝えたかった。全てが崩れそうな中でも諦めない女性の物語を」と語っている。これが演技指導のための言葉ではなく、自分自身の経験を語る人間の言葉だと捉えると、予告編に漂う緊迫感の理由が見えてくる。コメディアンとしての間合いの感覚と、母としての痛みの記憶が、同じ99分の中でせめぎ合っている。

Netflixのフランス戦略のやり方

もう一つ見逃せないのは、もう一人の主役だ。ジェイドの相手役を演じるギョーム・グイは、昨夏、フランス発Netflixオリジナルとして『イカ・ゲーム』シーズン3の1590万人視聴には届かなかったものの、週間580万人を記録した最も視聴された作品の一つ『黒き陽注ぐ場所』に出演していた。『失うものさえなく』にグイをキャスティングしたことは、直近のヒット作との視聴者の連続性を意識した編成判断である可能性がある。既に実績のある俳優の起用で作品の魅力を補強する——Netflixのフランス語コンテンツ戦略の賭け方が見えてくる。


Jusqu’au bout | Bande-annonce officielle | Netflix France

Jusqu’où iriez-vous pour sauver ceux que vous aimez ? Nawell Madani interprète Jada, une mère déterminée à sauver son fils dans JUSQU’AU BOUT, le 8 juillet. Jada a tout sacrifié pour devenir mère. Alors quand son jeune fils tombe malade, elle ne recule devant rien pour lui trouver un donneur et lui sauver la vie.


コメディアンとしての軽さと経験の重さ

『失うものさえなく』の予告編が「スリラーなのかヒューマンドラマなのか」判然としないのは、欠陥ではない。コメディアンとしての軽さの記憶を捨てきれない監督が、自分自身の最も重い経験を語ろうとしたときに生まれる、必然的な揺れなのかもしれない。

スリラー的なテンポやどんでん返しを期待して観ると、肩透かしを食らうかもしれない。むしろ、母親が我が子のために何を引き受けられるかを真正面から描く99分のヒューマンドラマとして観たほうが、本作の体温に近づける気がする。日本でナウェル・マダニが知られていないことは、欠点ではなく、まっさらな目でマダニという作家に出会える機会だと捉えたい。


『失うものさえなく』(Jusqu’au Bout / Nothing to Lose) (2026年・フランス・1時間39分)
監督: ナウェル・マダニ、リュドヴィク・コルボー=ジュスタン
脚本・原案: ナウェル・マダニ、パブロ・メレール
脚本・原案: ナウェル・マダニ、パブロ・メレール
出演: ナウェル・マダニ、ギョーム・グイ、ニコラ・ブリアンソン、ポール・フーレ、スティーヴ・ティアンチュー、
ダヴィッド・サル、マジダ・ゴマリ、アイサトゥ・ジャロ、サラ・ステルン
Netflixにて2026年7月8日(水)配信
© 2026 Netflix. All Rights Reserved.

Watch Nothing to Lose | Netflix Official Site

She gave everything to become a mother, so when her young son falls ill, Jada will stop at nothing to find a donor and save him – no matter the cost. Watch trailers & learn more.


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