
犬が主役を張り、人間の俳優を制して演技賞を受賞した、史上初のホラー映画。監督の愛犬インディが幽霊を見た!世界興行収入870万ドル、製作費7万ドルの超低予算ホラー『GOOD BOY グッドボーイ』。
「ポルターガイストを見返したとき、気づいてしまった。家に幽霊が出るとき、最初に気づくのはいつも犬だ、と。」
3年間・400日に及ぶ撮影。1日3時間しかカメラの前に立てない主演俳優。ただし彼は犬なので、ご褒美はサーモン味のドッグフード。
SXSWで新設の「ハウル・オブ・フェイム賞」を受賞、PETAから表彰、そして第9回アストラ映画祭でイーサン・ホーク、サリー・ホーキンスらを破り演技賞を制覇——映画史上初の快挙。
製作費7万ドル。世界興行収入870万ドル。カメラの高さ、つねに地上48センチ。

©Independent Film Company / Shudder
Story:
ニュージャージー州の田舎に建つ、祖父から受け継いだ古い一軒家。持病の肺疾患を抱えるトッド(シェイン・ジェンセン)は、愛犬インディとともに街を離れ、その家に移り住む。
インディはすぐに何かを察知する。誰もいない部屋の隅を凝視し、見えない何かの足跡を追い、前の住人の凄惨な死の幻を見る。トッドが祖父(ラリー・フェッセンデン)のVHSビデオメッセージに引き込まれていくにつれ、家を支配する暗い力が強まっていく。
暗い力は、人間には見えない。インディにだけ、見える。
Behind The Inside:
「ポルターガイスト」から始まった着想——犬はいつも最初に気づく
ベン・レオンバーグが本作を構想したのは、1982年の『ポルターガイスト』を見返したときのことだった。
レオンバーグは、ポルターガイストを見直した際、ホーンテッド・ハウス系ホラーに共通するある法則に気づいた。家に幽霊が現れるとき、最初に感知するのは必ず犬だ、というトロープ(定番のモチーフ)の存在を。そこから発想は一気に逆転した——ならばその犬を主人公にしたらどうなるか?
脚本の共同執筆者アレックス・キャノンとともに2017年から書き始め、対話よりもアクションと視点を重視した、犬の目線を反映した脚本を構築した。そして主演に抜擢されたのは、ハリウッドの動物プロダクションが手配した訓練済みの「俳優犬」ではなく、レオンバーグ自身の飼い犬——ノバスコシア・ダック・トーリング・レトリーバーのインディだった。
インディには俳優としての経験は勿論、まったくなかった。
400日・3年間の撮影——1日3時間の「スター」とともに
本作の製作期間は驚異的だ。インディが現場にいられる時間は最大で1日3時間。アメリカの一般的な映画撮影が12時間に及ぶことを考えれば、まったく異次元のスケジュールだ。
レオンバーグは1日に1〜3時間しか撮影できず、結果として撮影期間は3年間・400日に及んだ。
撮影はレオンバーグ自身とウェイド・グレブノエル(が担当し、ニュージャージー州ハーディング・タウンシップで行われた。撮影現場の多くでは、インディ、レオンバーグ、そして妻でプロデューサーのカリ・フィッシャーの3人だけが現場にいた。
カメラの高さはつねに固定だった。インディの身長に合わせ、地上48センチ。撮影はすべてその目線から行われた。
「クワッ」という鴨の鳴き声の真似がインディを動かした——ローテクな撮影の工夫
インディは演技を「演じる」ことができない。では、どうやって恐怖や警戒の表情を引き出したのか?
レオンバーグが語ったところによると、スクリーン上で「怯えた吠え声」や「凍りついた恐怖」に見えるシーンは、実際にはカメラのすぐ外に置かれたオヤツやテニスボールをインディが凝視しているだけだ。カットの声がかかれば即座にそれを受け取った。映画の魔法と、無関係なカットをつなぐジャンプカットの力によって、観客は自分の感情をあの瞳に投影する。
インディがノバスコシア・ダック・トーリング・レトリーバーであることを利用した工夫もあった。このラブラドールに似た品種は「duck tolling(カモをおびき寄せる)」の名の通り、水鳥の鳴き声に強く反応する習性がある。カメラの外でクワッと鳴らすことで、インディの耳をピンと立てた最高の「察知した」表情を引き出した。
VR業界でのバックグラウンドを持つレオンバーグは、地面スレスレの没入型カメラを使用。また多くのセットアップを2回撮影した。1回目はインディに指示を出すためにフレーム内に入り、2回目はポスト制作で不要なゴミ、影などをデジタルで消去する際に使用する背景素材「クリーン・プレート」として撮影した。
サウンドデザインも根本から再構築されている。現場で交わされた言葉はほぼすべてインディへの指示や励ましであって、劇中の台詞ではない。レオンバーグの妻は、インディの視線を正しい方向に向けるためにコートラックの裏でアヒルの鳴き真似をしていた、という。このため、劇中の音世界はほぼすべてポスト制作で一から構築された。
「アクション・シーンはいつもインディにとって最も楽しい時間で、私にとっても最もクリエイティブに充実した瞬間だった」とレオンバーグはアストラ賞の授賞式で語っている。「スクリーン上で怯えた吠え声や恐怖に固まって見えるあのシーンは、実際にはインディが本当に欲しくてたまらないオヤツやテニスボールを見つめているだけだ。カットの後、ちゃんと渡した」。
VFXは撮影現場主義——幽霊はカメラの前で作った
超自然的な演出のための付加的なVFX作業は行われたが、それはあくまでカメラの前で完結したプラクティカル・エフェクト(実写特殊効果)を補強・改善するためのものだった。幽霊の演出はデジタルで生み出したものではなく、影や泥といったアナログな素材から構築された。製作費7万ドルという制約が、かえって本作のホラーを独自のものにした。
犬のための賞が3つあった——ハウル・オブ・フェイム、PETA賞、そしてアストラ賞
本作をめぐる受賞歴は、一覧にするとそれだけで微笑ましくなる。
ハウル・オブ・フェイム賞(SXSW・2025年) 2025年のサウス・バイ・サウスウエストで本作が世界初上映されたとき、映画祭オーガナイザーはインディのために新たに「ハウル・オブ・フェイム賞」を創設した。カンヌのパルム・ドッグ賞と同様、四脚の主演に贈られる賞だ。
PETAグッドボーイ・グレート・フィルムメイキング賞(2025年) PETAは、「ハリウッドの動物サプライヤーからではなく、監督自身の愛犬をスターとして起用し、安全・快適・幸福を最優先した制作姿勢」を評価し、「グッドボーイ・グレート・フィルムメイキング賞」を授与した。なお劇中で使用された「血液」は、犬に安全な赤い食材を組み合わせたもので代替された。
PETAとは
People for the Ethical Treatment of Animals(動物の倫理的扱いを求める人々)の略称です。1980年設立のアメリカの動物権利団体で、世界最大規模。毛皮・動物実験・工場式畜産・動物を使ったエンターテインメントへの反対運動で知られています。映画業界との関わりも深く、撮影中に動物が危険にさらされていないかを監視・評価し、優れた取り組みを表彰することもあります。今回の「グッドボーイ・グレート・フィルムメイキング賞」はその表彰にあたります。
第9回アストラ映画祭 最優秀演技賞 ホラー/スリラー部門(2026年1月) これが最大のハイライトだ。インディはイーサン・ホーク、アリソン・ブリー、ソフィー・サッチャー、サリー・ホーキンスといった人間の俳優たちを差し置いて、人間だけを対象としてきた主要な演技賞を犬が受賞した映画史上初の事例となった。インディは授賞式に黒い蝶ネクタイで登場した。
Under The Film:
ホラーの黄金法則を逆手に取る
ポルターガイスト、悪魔の棲む家、シャイニング——ホーンテッド・ハウス映画には、ひとつの鉄則がある。家の異変に最初に気づくのは子どもか、犬だ。『グッドボーイ』はそこに気づいたレオンバーグが、その法則をそのまま映画の構造にした。
物語はほぼ完全に犬の視点から語られる。つまり膝の高さから、インディの愛らしい顔と彼にしか見えない亡霊のビジョンを交互に切り取る形で。人間の顔はほとんど映らない。フレームに収まるのはシャツの裾や腕、靴下だ。
犬の視覚は人間と異なる。低コントラストで、青・黄・灰色のグラデーションに近い色知覚を持つ。また犬は時間の流れを人間の約33%遅く知覚するとされており、人間の動きや声は犬には遅く、低く届く。これらの知覚の差異は、サウンドデザインと撮影のトーンに織り込まれている。
7万ドルと3年間が生んだもの
製作費7万ドル。世界興行収入870万ドル(国内660万ドル、海外210万ドル)。この数字はホラー映画史における「低予算・高回収」の事例として語り継がれるものになるだろう。
IndieWireのラファエル・モタマヨルはインディを「世代を超えた最も感情的な俳優のひとりだ——種を問わず」と評した。ロッテントマトのスコアは90%超。7万ドルの映画とは思えない批評的な成功だ。
アストラ賞での受賞スピーチでレオンバーグはこう締めた。「インディは、立ち位置に入るためにオヤツで釣る必要があった俳優だ。彼と並ぶノミネートの人間俳優たちはオヤツなしでも立ち位置に入れる。その事実を彼は重く受け止めている」——もちろんインディは何も重く受け止めていない。
『GOOD BOY グッドボーイ』(2025年・アメリカ・1時間13分)
監督・脚本・撮影・編集:ベン・レオンバーグ
製作:カリ・フィッシャー、ベン・レオンバーグ
脚本(共同):アレックス・キャノン
出演:インディ(ノバスコシア・ダック・トーリング・レトリーバー)、シェイン・ジェンセン、アリエル・フリードマン、
ラリー・フェッセンデン、スチュアート・ルーディン
音楽:サム・ボアス=ミラー
製作会社:What’s Wrong With Your Dog?
©Independent Film Company / Shudder
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