
『TALK TO ME』の衝撃は、再現できたのか? サリー・ホーキンスが「愛」を凶器に変えた、フィリッポウ兄弟の二度目の賭け『ブリング・ハー・バック』。
ロッテントマト 89%、Metacritic 75点。”ソフォモア・スランプ”(2回目のしくじり)とは無縁の滑り出し。
『パディントン』の優しい里親役で知られるサリー・ホーキンスに、監督兄弟は「引き受けるかどうかも分からないまま」役を書いた。
前作『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』の終盤は評価が割れた。今回、フィリッポウ兄弟はその宿題にどう向き合ったのか。

Story:
父親を突然亡くした17歳のアンディ(ビリー・バラット)と、目の不自由な義理の妹パイパー(ソラ・ウォン)。二人を引き取ったのは、元カウンセラーのローラ(サリー・ホーキンス)。彼女はすでに、言葉を発しない少年オリヴァー(ジョナ・レン・フィリップス)を里子として迎えていた。
ローラは、プールで溺死した実の娘キャシーの死をいまだ受け入れられずにいる。パイパーへの過剰な愛情に違和感を覚えるアンディだったが、その正体に気づいたときにはもう遅い。ローラが本当に欲しかったのは、パイパーでも、家族でもなかった。
Behind The Inside:
心優しい演技が得意のサリー・ホーキンスに「サイコ・ビディ」を演じさせる暴挙
ローラ役は、当て書きだった。ダニー&マイケル・フィリッポウ兄弟はInverseのインタビューで、サリー・ホーキンスが本当にこの役を引き受けてくれるかどうか確信のないまま脚本を執筆したと明かしている。『パディントン』シリーズの優しい母、『シェイプ・オブ・ウォーター』の心優しい清掃員――ホーキンスのフィルモグラフィーには、慈愛に満ちた女性像が積み重ねられてきた。その蓄積そのものを裏切らせる賭けに、監督兄弟は出た。
参照点として兄弟が挙げたのは「サイコ・ビディ」と呼ばれるホラーの一系譜だ。『何がジェーンに起こったか?』のベティ・デイヴィスに代表される、老いと狂気の境界に落ちていく女性を描いた古典的サブジャンルである。ホーキンス自身がこの役をこなせるか確信が持てなかったとも報じられているが、最終的に引き受けたことで、彼女のキャリア屈指の”恐ろしい”演技が生まれた。
スイッチが入ると豹変するホーキンスの底力
Colliderのインタビューで、主演俳優のソラ・ウォンはホーキンスについて、とても親しみやすい人物でありながら演技に完全に入り込んでいると証言し、そのオンとオフの切り替えの鋭さに驚かされたと語っている。ダニー・フィリッポウも、ホーキンスにはエゴが一切なかったと補足した。
脚本の設計思想について、ダニー・フィリッポウは、セラピー描写で知られるHBOドラマ『イン・トリートメント / セラピスト ブルック・テイラー』への傾倒を語っている。登場人物同士がコップの水を浴びせるだけの些細な行為が爆発のように感じられるほど、キャラクターを本物らしく描くことを追求したという。ローラの造形もまた、単純な悪役ではなく「誰も生まれつきの悪人ではない」という前提のもとに書かれている。狂気に取り憑かれながらも、自分のしていることに苦しみ続ける女性として。
共同脚本家「ビル・ヒンズマン」とは何者か
本作の脚本には、ダニー・フィリッポウとともに「ビル・ヒンズマン」の名がクレジットされている。だが同名の人物として真っ先に検索に引っかかるのは、ジョージ・A・ロメロ『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)で最初のゾンビ役を演じた俳優――2012年に他界している人物であり、時系列的に別人であることは明らかだ。
Screen Slate誌のインタビューで、この点を突っ込まれた兄弟の反応は煙に巻くようなものだった。マイケル・フィリッポウは、ヒンズマンについて「影のような存在で、今この場にいるかもしれない」と冗談めかして答え、ダニーも「奇妙な男で、どこから来たのか分からない」と正体を明かさなかった。一方で、Ausfilm(南オーストラリア州の映画振興団体)の記事では彼を”SA writer”、すなわち南オーストラリア在住の脚本家と明記しており、少なくとも実在の協力者であること自体は否定していない。io9のインタビューでダニーは、『TALK TO ME』の脚本執筆時、自分が10ページほど書いた原稿をヒンズマンと”やり取りしながら”作り上げていったと明かしている。ヒンズマンは『TALK TO ME』『ブリング・ハー・バック』、さらに続編『TALK 2 ME』でも一貫して共同脚本としてクレジットされ続けている。
つまり、著名な大物脚本家の看板を借りているわけではなく、素性を明かさない実務上のパートナーを、あえて謎めいた存在として演出している格好に近い。ただし、ダニー自身が「ヒンズマンなしでは書けない」と繰り返し公言している点を見る限り、構成面での依存度はかなり高いようだ。兄弟の作家性が「YouTube出身の勢い」だけで語られがちな中、脚本の構造面を支える”見えないパートナー”の存在が映画界で拡張し続ける彼らの活動を助けているのは間違いない。
同情できてしまう怪物
公開時の特別映像の中で、ホーキンス本人は、この作品と物語に対する制作陣の”コミットメント”こそがすべてであり、そうした撮影に関われること自体が刺激的だったと述べている。「怖がらせる」ためではなく、キャラクターとして役を引き受けたという姿勢は、批評家たちが繰り返し指摘した「同情できてしまう怪物」というローラ像に直結している。
Under The Film:
二度目の幸運はあったのか――前作を超えた批評的合意
結論から言えば、数字の上で”ソフォモア・スランプ”は起きていない。ロッテントマトの批評家スコアは89%(前作の批評家支持率をも上回る)、Metacriticは40人の批評家をもとに75点で「概ね好意的」と判定されている。The Film Stageのアリスター・ライダーは、本作を悲嘆の”消費”に対する痛烈な批評だと位置づけ、フランス・ニュー・エクストリーミティ映画群(『マーターズ』など)に通じる実存的な虚無感を湛えていると評した。Colliderのロス・ボネイムは、前作同様、恐怖と喪失の痛みの配合こそがフィリッポウ兄弟を今のホラー界屈指の書き手にしていると総括している。
一方で批判も存在する。The Hollywood Reporterは「手堅いソフォモア作」という、称賛と留保が同居する評価に留めた。RogerEbert.comのモニカ・カスティーヨは、前作よりも恐ろしい反面、やや焦点を欠いているとも書いている。興行面でも、前作『TALK TO ME』が製作費に対して世界で9200万ドルを稼いだ”実績”と比べると、今回は製作費1500万ドルに対し3910万ドル。数字上の”再現性”は証明されたが、爆発的なブレイクアウトというよりは、着実な地固めという印象に近い。
『TALK TO ME』の”あの終わり方”問題――ホラーにありがちな失速は克服されたか
前作『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』の終盤は、実のところ評価が真っ二つに割れていた。IMDbのユーザーレビューには、あの結末こそ待ち望んでいた着地点だったと歓迎する声がある一方、Metacriticに寄せられたある批評では、映画が持っていた可能性と実際に見せたものとの落差が終盤で目立ってしまうと指摘されている。「主観的な結末によって陳腐な紋切り型を回避した」と評価する声と、「もっと踏み込めたはずの構想を生煮えのまま終えた」という評価が、同じラストシーンをめぐって同時に存在していたわけだ。
『ブリング・ハー・バック』はこの宿題にどう応えたか。Dread Centralのレビューは、鏡に映る何かやローラの刺青など、視覚的に強い伏線を丁寧に積みながら、それらの多くが回収されないまま終わることに不満を漏らしている。感情面での振れ幅を優先するあまり、世界観の説明を犠牲にしすぎているという指摘だ。RoughDraftAtlantaのサミー・パーセルも、映画が目指した感情の深さに、物語自体が届ききっていないと評している。
とはいえ、これは前作と同じ構造の批判ではない。『TALK TO ME』への不満が「終わり方が説明不足で尻すぼみ」という着地そのものへの疑義だったのに対し、今回の不満は「伏線の量に対して回収が追いついていない」という、むしろ意欲の副作用に近い。実際、多くの批評家はその欠落を補って余りある着地点として評価しており、Metacriticで90点を付けたThe New York Timesのジャネット・カツリスは、フィリッポウ兄弟が観客の神経を逆撫でするだけでなく、心を砕こうとしているとまで評した。少なくとも「ジャンプスケアで誤魔化す」という前作以前からの紋切り型からは、明確に距離を取ることに成功している。
意外なキャスティングの一種の仕掛けと歪んだ母性を見事に演じ切ったホーキンス――ダブルで奏功
批評家の反応で際立つのは、ホーキンスの起用そのものが一種の”仕掛け”として機能した点だ。ロッテントマトの総評は、本作の最も深い恐怖がホーキンスの狂気じみた演技から生まれていると明言し、Screen Dailyは、母性という古典的なホラーの型を、彼女の起用によって歪んだ母性愛の考察へと転化させたと評している。
これは単なる「イメージの裏切り」というキャスティングの妙味に留まらない。ホーキンス自身が「怖がらせよう」ではなく「壊れてしまった一人の女性」を演じようとしたという証言、そして脚本自体が悪役に同情の余地を残すよう設計されていたという制作陣の証言が符合したとき、初めてこの役は成立している。GOOD BOYのアストラ賞授賞式でイーサン・ホークらとともに犬のインディに敗れた演技賞候補の一人がホーキンスだったことも、皮肉な形でこの一年のホラー演技の水準の高さを物語っている。
『ブリング・ハー・バック』(原題:Bring Her Back、2025年・オーストラリア・1時間44分)
監督:ダニー・フィリッポウ、マイケル・フィリッポウ
脚本:ダニー・フィリッポウ、ビル・ヒンズマン
製作:サマンサ・ジェニングス、クリスティーナ・セイトン
出演:サリー・ホーキンス、ビリー・バラット、ソラ・ウォン、ジョナ・レン・フィリップス
撮影:アーロン・マクリスキー
音楽:コーネル・ウィルチェック
製作会社:Causeway Films
配給(日本):ハピネットファントム・スタジオ
日本公開日:2026年7月10日
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