
GCC諸国での上映禁止、パキスタンで海賊版200万件——それでも『ドゥランダル作戦』はインドを熱狂させた
サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、クウェート、オマーン、バーレーンでは劇場公開禁止、互いに緊張関係にある隣国パキスタンでは海賊版DLの勢いは止まらず——禁止されると観たくなるのか禁断のスパイ・アクション。
7時間分も撮れた素材を、大胆にも監督は土壇場で二部作に分割。
愛国スパイ映画というジャンルそのものが、実はインドの地政学的立ち位置を映す鏡になっている。
実際の対パキスタン工作は、今も公表されていない。本作の”実話ベース”は、一体、どこまでが本当なのか。

Story:
2007年から2009年のパキスタン・カラチ。相次ぐテロ事件に頭を悩ませるインド政府は、報復と防止策のため極秘裏に「ドゥランダル作戦」を始動させる。潜入諜報員ハムザ・アリー・マザーリーは、死刑囚として、単身、カラチの犯罪組織リヤリ・ギャングに潜り込み、巨大な陰謀を内側から食い破っていく。
Behind The Inside:
実話ベースの空想スパイ・アクション
『ドゥランダル作戦』は、1999年のインド航空機ハイジャック事件、2001年のインド国会襲撃事件といったリアルな題材に、架空の対パキスタン工作「オペレーション・ドゥランダル」を描いた前編だ。
続く『Dhurandhar: The Revenge』では、舞台は26/11(2008年ムンバイ同時多発テロ)への報復、リヤリ作戦、2014年のインド総選挙、2016年の高額紙幣廃止まで一気に広がる。両作合算で全世界興収は3,000クロールを突破し、『The Revenge』単体でも18億3,700万ルピー(約1億9,000万ドル)を記録。インド映画史上2位の興行収入となり、北米で2,500万ドルを突破した初のインド映画にもなった。
監督はアディティア・ダール。『URI/サージカル・ストライク』(2019年)で愛国スパイ映画の型を作った同監督が、今回はより長大な射程で「実話ベースの空想」を組み立てている。
続編商法ではなく、勢いで7時間分の物語を撮ってしまった
当初、本作は1本の映画として企画・撮影に入っていた。2024年7月から2025年10月にかけて、Part 1・Part 2をバックトゥバックで同時並行撮影した結果、集まった素材は約7時間分。ポストプロダクション段階(2025年10月)で、ダール監督は通常の劇場用長編映画の尺(2.5時間程度)に収めると物語の複雑さと人物の対立構造を圧縮しすぎることになると判断し、前後編2部作への分割を決定した。
この判断は、単純な続編商法として片付けるには無理がある。もし最初から2本立てを狙った興行戦略であれば、2024年7月の企画発表時点で「2部作」として打ち出していたはずだが、実際には撮影途中からポスプロにかけての判断変更だった。加えて、Part 1とPart 2で扱う実話的時間軸は1999年のハイジャックから2016年の高額紙幣廃止まで15年以上にまたがる。素材が先にあり、尺の都合が後から発生したという順序を踏まえれば、この分割は興行的皮肉というより、実話接続の情報量を圧縮しきれなかった必然の産物と見るのが妥当だろう。
結果として、この判断は興行的にも報われている。Part 2は公開前日のプレビュー上映だけで75クロールを稼ぎ、『Stree 2』(2024年)が持っていたインド記録を更新。Part 1を観てファンになった観客が、間違いなくPart 2にも雪崩れ込んだことを示す数字だ。
Under The Film:
隣国脅威という実際の地政学的緊張を伴ったストーリー
ここからが本題だ。『ドゥランダル作戦』が描く「一人の潜入エージェントがカラチの犯罪組織と政界を内側から破壊する」というプロットそのものは、検証不可能な空想であり、本質的にはジェームズ・ボンド型のスーパースパイ幻想と変わらない。実際、RAW(調査分析局)やIB(情報局)による対パキスタン工作の実態は公表されておらず、本作が「実話ベース」を標榜しながら組み込んでいるのは、1999年のハイジャック、2001年の国会襲撃、2008年のムンバイ同時多発テロという、あくまで実際に起きたテロ事件の骨格だけである。
ではなぜ、この荒唐無稽な空想がインドではこれほど巨大な商業的リアリズムとして機能するのか。答えは物語の内側にはなく、外側の地政学的条件にある。
ハリウッドのスパイ映画が冷戦終結後、明確な「仮想敵」を失い、多国籍企業の陰謀や漠然とした「テロとの戦い」へと拡散していったのに対し、インドは今も越境テロと代理戦争的緊張という、国内世論に常時「生きている隣国脅威」として根付いた対立軸を保持する数少ない巨大映画市場だ。この構造が、『URI/サージカル・ストライク』(2019年)以降の愛国スパイ映画ブーム——『PATHAAN/パターン』『タイガー』シリーズ、そして本作——を支えている。
この地政学的緊張は、興行の外側でも現実化した。本作はGCC諸国(湾岸協力理事会)数カ国で劇場公開が禁止され、海外での大きな映画市場を失っている。続編でもその措置は継続。一方、2019年以降インド映画が公式に禁止されているパキスタンでは、本作が海賊版サイトを通じて公開後1週間で200万回ダウンロードされたと報じられ、同国で最も海賊版被害を受けた作品となった。つまりコンテンツの流通経路そのものが、両国の対立構造をそのまま反映してしまっている。フィクションが地政学的に「正しい」かどうかを問うより、この流通の歪みこそが最も雄弁な地政学的証拠だと言える。
賞賛と論争を同時に巻き起こした分裂した反響
批評面での受け止め方も分裂した。The Wall Street Journalはインドにおけるイスラム過激派テロを扱う映画がヒットしている現象として本作を論評し、Frontlineは作中の美学を「ファシスト的」と分析する批評を掲載している。Britannicaも両作を「ハイパーナショナリスティックなテーマ」で称賛と論争の双方を集めた作品と位置づけており、商業的大成功と「プロパガンダ映画」批判が同時進行しているのが現在地だ。
荒唐無稽なプロットは、地政学的リアリズムの欠如としてではなく、地政学的緊張そのものを娯楽として消費可能にする装置として機能している。インドのスパイ映画産業が量産体制を築けている理由は、ここにある。
『ドゥランダル作戦』(Dhurandhar : 2025年・インド・3時間26分)
監督:アディティア・ダール
出演:ランビール・シン、アクシャイ・カンナー、サンジャイ・ダット、アルジュン・ラームパール、R・マーダバン
日本公開:2026年7月10日
©2025-2026 Jio Studios, B62 Studios
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