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配信は最後の砦ではない──映画館もレンタル店も消えた町の現在地

U-NEXTが会員515万人を突破し、ABEMAが開局10年目にして初の通期黒字化を果たした。配信サービスの成長を見れば、映画を観る手段はむしろ増えているように思える。だが本当にそうだろうか。

映画館が消え、レンタル店も撤退した地方の町では、映画を「観る」という行為は、テレビ放送を除けば、すでに配信サービス一本に絞られつつある。

一見、これは安心できる選択肢に思えるかもしれない。

しかし一本の糸に全てを託すという状態は、その糸が切れた瞬間、何も残らないということでもある。

配信は映画文化の「最後の砦」ではなく、実は最も細い一本の糸になりつつあるのではないか。

この記事では、映画館・レンタル店・通信インフラという3つのデータから、配信への一極集中がなぜ安心材料ではなく新たな脆弱性になり得るのかを検証する


スクリーン数に表れる地域格差

日本映画製作者連盟が公表した2025年12月末時点の全国スクリーン数を都道府県別に見ると、その偏りは際立っている。東京都416スクリーン、神奈川県245スクリーン、埼玉県236スクリーンという首都圏に対し、山梨県はわずか12スクリーン、岩手県23スクリーン、福井県27スクリーンにとどまる。人口比で補正してもなお、地方の「1スクリーンあたりの人口」は都市部の数倍から十数倍に達する県が珍しくない。

数字の背後にある具体的な事例はさらに生々しい。高知県では映画館が存在するのは高知市のみで、TOHOシネマズ高知とミニシアターの高知あたご劇場、キネマMの3館だけが県内の受け皿になっている。福島県では中通り・浜通りには映画館があるものの会津地方には存在せず、この「県内格差」がNHKの報道で取り上げられたこともある。和歌山県に至っては、既存の映画館が閉館して以来、県庁所在地でありながら映画館が存在しない状態が続いている。東北地方全体で見ても、この地方では映画館の空白地域が非常に広く、東日本大震災後の沿岸部復興という文脈とも重なりながら、構造的な課題として指摘され続けてきた。

レンタル店も「配信に負けた」わけではない

映画館が減る一方で、もう一つの受け皿だったレンタルビデオ店も撤退が続いている。TSUTAYAを展開するCCCの店舗数は、ピーク時の約1500弱から2026年2月時点で667店舗まで減少し、過去5年間で500店舗以上が姿を消した。

興味深いのは、同じ市場縮小の中でゲオホールディングスが業績を伸ばし続けている点だ。ただしこれは「レンタルで勝った」結果ではない。ゲオはレンタル事業のシェア維持を掲げつつも、店舗スペースを縮小し、中古品のリユース事業へと軸足を移してきた。その帰結として、2026年10月には持株会社名を「セカンドリテイリング」に変更し、「ゲオ」というレンタル・音楽・映像の看板を持株会社レベルで手放す決断に至っている。つまり地方のレンタル空白地域は、配信に敗れた結果というより、レンタル事業を見限った企業としがみついた企業の明暗が同時に進行した結果として生まれている。

「配信さえあれば解決する」という前提への疑義

映画館もレンタル店も失った地域住民にとって、残る選択肢は配信サービスだけになる。一見するとこれは技術的には解決可能な問題に思える。実際、総務省の調査によれば光ファイバーの世帯カバー率は2023年3月末時点で99.84%に達しており、単純な「回線が来ていない」という話ではない。

しかし会計検査院が過疎地向けの光回線整備事業を検証したところ、整備済み回線のうち半数で利用状況が50%未満にとどまっていることが明らかになった。回線は物理的に届いていても、実際に契約・利用されていないという利用率のギャップが存在するのである。この背景には、高齢者単身世帯における契約手続きやデバイス操作のハードル、そもそも動画配信サービスを日常的に必要と感じない生活様式、可処分所得の制約など複数の要因が絡んでいるとみられる。「回線があるからOK」という都市部基準の解決策は、地方の生活実態とは噛み合っていない可能性が高い。

世代によって引き裂かれる視聴体験──現在進行しているのは二重の疎外状態

映画鑑賞方法に関する調査では、「テレビ放送で観る」が49.2%で最多、「映画館に観に行く」が37.2%で続く。20代は約半数が「映画館に観に行く」と回答し他世代より高い一方、「配信で観る」も20代・30代で顕著に高い数値を示している。対照的に、高齢層の映画館利用状況は「半年に1回以上訪れる層」と「ほぼ訪れない層」に二極化する傾向があり、「過去には利用していたが今は利用していない」との回答は男性で年齢とともに明確に増加する。この世代間の分断を地方の状況に重ねると、輪郭がはっきりしてくる。都市部の若年層は映画館・配信の両方を使いこなす一方、地方の高齢層は映画館とレンタル店という物理的な「場」を失い、なおかつ配信への移行も進んでいないという、二重の疎外状態に置かれている可能性は否めない。

本当に必要なのはコミュニティ機能──「顔の見える目利き」が救ってくれること

映画館やレンタル店が担っていたのは単なる視聴手段の提供だけではない。かつてのレンタル店には、店員が手書きで書き添えたおすすめコメント付きのPOPが棚に並び、客はその一枚のメモから作品と偶然出会っていた。上映後のロビーでの立ち話も同様に、誰かの生の反応がそのまま次の一本を選ぶきっかけになっていた。今、その役割を代わりに担っているのはSNS上のレビューやレコメンドアルゴリズムだろう。しかしそれは不特定多数に向けた情報であって、顔の見える店員が目の前の客一人のために選んだ一枚のメモとは、届き方も重みも別物だ。配信サービスのUIがいかに洗練されても、この「顔の見える目利き」というコミュニティ機能までは代替しきれておらず、地方ではそれが物理的な場ごと失われつつある。

一極集中はセーフティネットではない──エンタメ地政学の正しい見方

U-NEXTの会員数躍進やABEMAの黒字化は、日本の配信市場が確かな成長軌道に乗っていることを示している。しかしそれは同時に、地方における映画体験の選択肢が配信サービス一つに収斂していくプロセスの裏面でもある。選択肢の集中は、一見効率的に見えて、実は単一障害点を生み出す。通信インフラの利用率格差、デバイス操作の世代間格差、そしてコミュニティ機能の喪失。これらはいずれも、配信サービスの契約者数がいくら伸びても解消されない課題である。

「地方でも配信さえあれば映画は観られる」という物語は、都市部在住者の感覚から見た楽観論に過ぎないのかもしれない。日本のエンタメ地政学を正しく描くには、会員数や売上高といった右肩上がりの数字の陰で、何を失いつつあるのかを同時に見る視点が必要だろう。


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AI利用に関する開示:本記事は取材・構成の一部でAIツールを活用しています。情報の選択・検証・編集判断は編集部が行っており、データジャーナリズムの透明性の観点からこれを明記しています。


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