
『隣人たち』と撮影監督の初監督作ジンクス、美しい画はなぜ物語を救えないのか
1960年代アメリカ郊外、隣同士に住む親友の主婦アリスとセリーヌが、息子の事故をきっかけに互いへの疑念と妄想に飲み込まれていく――というプロットの『隣人たち』は、オリヴィエ・マッセ=ドゥパス監督による2018年のベルギー映画『母親たち』のハリウッド版リメイクである。
『青いパパイヤの香り』『博士と彼女のセオリー』『永遠の門 ゴッホの見た未来』などで名を馳せたベテラン撮影監督ブノワ・ドゥロームの長編初監督となる。

Story:
1960年代、絵に描いたような理想の郊外住宅地。隣同士に暮らす親友の主婦アリス(ジェシカ・チャステイン)とセリーヌ(アン・ハサウェイ)は、夫も成功者、息子も同い年という似た者同士の人生を歩んでいた。ある日、セリーヌの息子マックスが不慮の事故で命を落とす。間一髪で救えなかった罪悪感に苛まれるアリス。深い悲しみに沈んだセリーヌは、やがてアリスの息子セオに異様なほどの関心を向け始める。母としての本能なのか、それとも別の何かなのか――膨らんでいく疑念と妄想の中で、二人の間にあった信頼と友情は静かに、しかし後戻りできないところまで崩れていく。
1960年代アメリカ郊外、隣同士に住む親友の主婦アリスとセリーヌが、息子の事故をきっかけに互いへの疑念と妄想に飲み込まれていく――というプロットの『隣人たち』は、2018年のベルギー映画『母親たち』の英語リメイクである。監督は本作が長編初監督となる撮影監督ブノワ・ドゥローム。『博士と彼女のセオリー』『永遠の門 ゴッホの見た未来』などで名を馳せたベテランDPだ。
Behind The Inside:
批評の温度感
Metacriticのスコアは47/100で「賛否両論」。Rotten Tomatoesの総評は、チャステインとハサウェイという豪華な顔合わせを見せ場にしつつも、脚本の薄さとトーンの不安定さに難があるという趣旨でまとめている。Varietyのガイ・ロッジは、名作メロドラマの重厚さも一流フィルムノワールの語り口も持たず、「呼吸していない」映画だと評した。
もともとの監督は、原作の監督その人だった
あまり知られていない経緯だが、2020年時点でこのリメイクの監督に起用されていたのは、2018年オリジナル版『母親たち』を撮ったオリヴィエ・マッセ=ドゥパス本人だった。ところが2022年6月、「家庭の事情」で降板。代わって撮影監督のドゥロームが起用され、長編初監督作となった。
自作を英語圏で再構築する機会を、原作者自身が一度は引き受けながら手放したという座組みの経緯は、本作の評が「脚本・演出の求心力不足」に集中している一因として無視できないのではないか。物語の設計図を最もよく知る作り手が抜けた穴を、画づくりの名手が埋め切れなかった、という読み方もできる。
「名カメラマンは名監督になれない」というジンクス
映画界には昔からこの手のジンクスがある。『ゴッドファーザー』(1972年)『大統領の陰謀』(1976年)を手がけたゴードン・ウィリスの監督作は1980年の『エミリーの窓』一本のみで、酷評とともに忘れられた。スピルバーグの盟友ヤヌス・カミンスキーは『ロスト・ソウルズ』(2000年)『ハニア(Hania)』(2007年)の2本を監督したが、いずれも不振に終わっている。『スピード』(1994年)でヒットを飛ばしたヤン・デ・ボンも、『スピード2』(1997年)以降は失速。『メン・イン・ブラック』(1997年)のバリー・ソネンフェルドも同様の軌跡をたどった。
もっとも象徴的なのは、クリストファー・ノーランの盟友として『インセプション』(2010年)でアカデミー撮影賞を獲ったウォーリー・フィスターだろう。2014年の監督デビュー作『トランセンデンス』は、画の完成度は認めつつも「物語を運ぶ力がない」という評が集中し、興行的にも失敗した。共通しているのは、画の説得力と物語を前に進める筋力が、必ずしも同じ筋肉ではないという点だ。
反証① チームの支えあり成功型――リード・モラノ
このジンクスが絶対でないことも、一応触れておきたい。撮影監督から監督に転じたリード・モラノは、テレビドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』の演出でエミー賞とDGA賞を同一年に受賞するという異例の成功を収めている。
ただしこれは、マーガレット・アトウッドの原作とショーランナー体制という強力な物語の支柱がすでに存在する場での演出だった、という点が肝心だ。モラノが自ら撮影も兼ねて物語の舵を単独で取った長編ドラマ『孤独なふりした世界で』は、Rolling Stoneなどから低い評価を受けている。つまりモラノの成功は、撮影監督出身であることを克服したというより、チームでプロジェクトを強力に支える体制があってのことだったと言える。
反証② 独自文法発明型――ニコラス・ローグ
もう一つの反証は、もっと古く、もっと徹底している。ニコラス・ローグは『アラビアのロレンス』のセカンドユニットから始まり、『華氏451』『遥か群衆を離れて』『華やかな情事』などを手がけた撮影監督として20年以上のキャリアを積んだのち、1970年前後にようやく監督デビューした。フィスターとノーランの共同関係が十数年、ドゥロームに至っては今回が初めての監督作であることを思えば、雌伏期間の桁が違う。
決定的なのは、ローグが単に「良い脚本に乗った」のではないという点だ。撮影を担当した『華やかな情事』の編集で培った断片的・非直線的なカッティングのリズムを、『パフォーマンス 青春の罠』『美しき冒険旅行』『赤い影』『地球に落ちて来た男』で自分自身の作家性そのものに転化させた。物語を前に進める力を、脚本にではなく編集・画のリズムという撮影出身者ならではの武器で自作したのである。ニコラス・ローグからの影響はクリストファー・ノーラン、ポール・トーマス・アンダーソン、スティーヴン・ソダーバーグ、ダニー・ボイルといった当代きっての監督らが公言するところで、ローグの作品は興行的に振るわない作品も多かったが、批評的な評価と後世への影響力は絶大であった。
『隣人たち』に当てはめると
ドゥロームには、リード・モラノが受けたような強い製作体制の支えもなければ、ニコラス・ローグのような編集や画への冒険もない。『博士と彼女のセオリー』『永遠の門』的な端正な絵作りをそのまま持ち込んだだけで、結果として「名カメラマンは名監督になれない」というジンクスに一番近いところに着地している。
整理すると、撮影出身監督には少なくとも3つの型がある。①画の技術はあっても物語を運ぶ独自の文法を持たない失敗型(カミンスキー、デ・ボン、ソネンフェルド、フィスター)、②強力な既存の脚本・体制に乗って機能する支えありの成功型(モラノ)、③撮影出身の技術そのものを新しい物語言語に転化する独自文法発明型(ローグ)。
『隣人たち』の脚本を手がけたサラ・コンラットは、キャリアに深みのある書き手とは言いがたい。原作者本人が降板し、外部から物語を強く統率する存在が薄いまま、撮影監督が舵を引き継いだ座組みは、①の失敗型のパターンにかなり近い。
Under The Film:
「女優2人の化学反応」を売る映画
一方で見逃せないのは、チャステイン&ハサウェイという「豪華キャスト」自体が、この座組みの脆さを覆い隠す役割を果たしている点だ。2人は『インターステラー』(2014年)『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』(2022年)に続き3度目の共演で、チャステインの製作会社Freckle Filmsが製作に絡み、先に出演が決まっていたチャステインが親友のハサウェイを推薦してキャスティングが実現したという経緯がある。つまり本作は「監督のヴィジョン」ではなく「女優2人の化学反応」を売る、俳優主導型プロデュース映画としての性格が強い。
舞台となる1960年代郊外のセッティングも、「完璧な暮らしの裏側」を描く近年のジャンル的な型に沿ったもので、目新しさはない。
批評の言う「平凡なヒッチコックまがい」という評は、こうして座組みを解きほぐしていくと、偶然の産物ではなく、ほぼ必然的な帰結として読める。画づくりの技術とスター俳優2人の化学反応で見せる映画であり、脚本・演出の求心力にはあまり期待しない方がいい――という着地になりそうだ。
『隣人たち』(2024年・アメリカ・ベルギー・フランス・イギリス・1時間34分)
監督:ブノワ・ドゥローム
出演:ジェシカ・チャステイン、アン・ハサウェイ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ジョシュ・チャールズ、イーモン・オコンネル、ベイレン・D・ビエリッツ、キャロライン・ラガーフェルト
原作:2018年ベルギー映画『母親たち』(原題:Duelles、監督オリヴィエ・マッセ=ドゥパス)/バーバラ・アベルの小説を原案
2026年7月24日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
配給:ギャガ
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