
『プライベート・ケース』――ジョディ・フォスター、40年越しの亡き母の夢を実現

©LES FILMS VELVET -BUENOS HAIR -FRANCE 3 CINEMAジョディ・フォスターには、ある種の”観察の癖”がある
数年前のインタビューで彼女は、こんな述懐をしていた。ある日、カプチーノを注文したときの自分の口調にふと気づいた——高圧的で、有無を言わせない、まるで命令のような響き。「私はそんな喋り方をしただろうか」。それは断罪ではなく、驚きに近い自己発見だった。フォスターという人は、自分自身をも被写体にしてしまう。観察する側にいながら、観察している自分すら観察の対象からは逃がさない。この二重の視線こそが、彼女の演技を——そして彼女の沈黙を——支えてきた装置なのではないか。
12歳で『タクシードライバー』に出演し、その2年後には熱狂的な”ファン”であったジョン・ヒンクリー・ジュニアが、彼女の気を引くためにレーガン大統領暗殺未遂事件を起こすという事態に見舞われた。犯行後の裁判ではフォスターの存在そのものが動機として法廷で扱われ、10代の彼女は自らの意思とは無関係に、事件の中心人物として世界中の視線に晒され続けることになる。この経験を境に、彼女は誰よりも早く「見られること」の暴力性を知った。以後、『告発の行方』(1988)と『羊たちの沈黙』(1991)で2度のアカデミー主演女優賞という、ハリウッド史でも稀な高みに達しながら、彼女のキャリアは同時に、見られる側から見る側への、ゆっくりとした重心移動を始める。
「第2の黄金期」へ戻るまで
その重心移動が明確な意思表示に変わったのが、2013年のゴールデングローブ賞セシル・B・デミル賞の壇上だった。家族への感謝を語り、婉曲的なカミングアウトを済ませた彼女は、同じスピーチの中で、大作映画の主演から距離を置く意向を静かに示唆する。以後およそ10年、フォスターは主演の座を手放し、監督業とプロデュース業、そして私生活の安定——2014年の写真家アレクサンドラ・ヘディソンとの結婚を含む——へと軸足を移していった。この空白は後退ではなく、観察者としての自分自身を、今度は俳優としてではなく、一人の生活者として立て直すための時間だったとも言える。そして2023年、『ナイアド〜その決意は海を越える〜』でのオスカーノミネートと、アンソロジーシリーズ・ドラマ『トゥルー・ディテクティブ ナイト・カントリー』でのエミー賞受賞という二つの復帰作を経て、彼女は「第2の黄金期」と呼ばれる場所に静かに帰ってきた。
その帰還の途上に置かれていたのが、今回の『プライベート・ケース』(原題:Vie privée)だ。全編フランス語、フランス映画で初めての主演。この事実だけを見れば「オスカー俳優の意外な挑戦」という凡庸な見出しで片付けられてしまいそうになる。だが、フォスターにとってこれは挑戦ではない。むしろ、40年以上前から用意されていた件の回収なのだ。
「観察し、内面化し、語り直す」訓練
その伏線を仕込んだのは、他でもない彼女の母、エヴリン”ブランディ”・フォスターだった。フォスター自身が今年のトロント国際映画祭で明かしたところによれば、母はヨーロッパへの漠然とした憧れを抱いており、幼いフォスターをロサンゼルスのフランス人学校、リセ・フランセ・ドゥ・ロサンゼルスへ通わせた。「いつか娘がフランスへ渡り、フランス映画に出演する」——それが母の抱いていた、いささか大きすぎる夢だったという。母娘は度々、フランス映画を鑑賞し、観終わるたびに母はこう尋ねた。「筋を説明して」。おそらく母はすでに筋を知っていたはずだ。それでも聞いた。ジョディにフランス産の物語を覚え込ませるために。
ここで気づくのは、この母娘のこうした儀式そのものが、すでに「観察し、内面化し、語り直す」という、後年フォスターの演技を支えることになる回路の原型だったということだ。精神分析医が患者の語りを聞き取り、再構成し、そこに潜む真実を探り当てるように、少女時代のフォスターは母の前でフランス語の映画を「聞き取り」、自分の言葉で「語り直す」訓練を、遊びの体裁を借りて課されていた。60年近くを経て彼女がリリアンという精神分析医役を、フランス語という母から手渡された言語で演じることになったのは、偶然にしてはあまりにも出来すぎている。
その回路の存在を、フォスター自身も無意識ではなく、かなり明確な言葉で自覚している。本作のプロモーションで彼女はこう語っていた。フランス語で演技をするとき、声が自然と高くなり、いつもの自分とは違う感覚に包まれる。相手との掛け合いが自然なコミュニケーションになっているか、トーンは適切か——ふだんは動じることのない彼女が、フランス語の演技だけは「少しナーバスになる」のだと。
「わずかに借り物めいた言語」で演じるということ
この告白は、単なる語学的な不安の表明として片付けるにはもったいない。英語という母語で演じるとき、フォスターはおそらく、自分の身体と言葉のあいだに隙間を感じない。だがフランス語という、母が用意し、幼少期の反復練習によって刻み込まれた「もう一つの言語」で演じるとき、彼女と役柄のあいだには、わずかな——しかし確実な——距離が生まれる。そしてこの距離こそが、リリアンという役柄そのものの本質と重なる。精神分析医は、患者の語りに深く共感しながらも、同時に一定の臨床的距離を保たなければならない職業だ。近づきすぎれば分析は成立せず、離れすぎれば何も聞き取れない。フォスターがフランス語という「わずかに借り物めいた言語」でこの役を演じることは、演技上のハンデではなく、むしろ役の核心を体現するための、ほとんど必然的な選択だったのではないか。
言い換えれば、『プライベート・ケース』という作品は、フォスターにとって「フランス語に挑戦した映画」ではなく、「フランス語だからこそ可能になった映画」なのである。
クリステン・スチュワートとの奇妙な師弟関係
ジョディ・フォスターとクリステン・スチュワートの二人は2002年の『パニック・ルーム』で母娘を演じて以来、2016年のフォスターのハリウッド・ウォーク・オブ・フェイム授与式、2024年のサンダンス映画祭と、要所要所で顔を合わせ続けてきた。フォスター自身、当時11歳だったスチュワートについて「会った瞬間、この子は私のミニ・ミーだと思った」とのちに振り返っている。クィアの俳優仲間として、年長者が若手に自分自身を重ねる——その視線は、決して一過性のものではなかった。
実はスチュワートの方がフランス映画への出演に先にたどり着いている。2014年公開の『アクトレス 女たちの舞台』での演技により、彼女は翌年、アメリカ人女優として史上初めてセザール賞助演女優賞を受賞している。ミニ・ミーに先を越された格好となった。
そして今、スチュワートの先輩フォスターが61歳にして、全編フランス語の主演作でようやく本丸に足を踏み入れる。師が後進に道を譲られ、周回遅れで追いついてくる——そんな図式は、通常ならどこか皮肉めいて響くはずだ。だが、ここまで見てきたフォスターの軌跡を踏まえれば、これは追い越されたことへの遅れた挽回というより、彼女自身のペースで、彼女自身の必然性に従って歩まれた道の、必然的な到達点として読むべきだろう。
ジャンル横断性を難なくまとめ上げる力
『プライベート・ケース』の物語そのものは、一見すると軽やかな謎解きミステリーの体裁を取っている。パリで成功を収めた精神分析医リリアンは、9年間診てきた患者ポーラの突然の死を知らされる。診察の中でその予兆は一切なかった。違和感を覚えたリリアンは、ポーラの死が事故ではなく殺人ではないかと疑い始めるが、患者のプライベートな領域に関わる守秘義務ゆえに、警察を頼ることができない。素人探偵まがいの調査に踏み出す彼女は、やがて眼科医の元夫ガブリエルを巻き込みながら、危うい真相へと近づいていく。
監督は『美しき棘』『プラネタリウム』のレベッカ・ズロトヴスキ。脚本の原案は、知人である小説家アンヌ・ベレストからの持ち込みだったという。ズロトヴスキ自身、本作に惹かれた理由として「アメリカ映画ではあまり見かけない、シリアスさと軽妙さ、知性とロマンティックな可笑しみが同居するジャンル横断性」を挙げている。実際、この作品は謎解きミステリーとしての骨格を保ちながら、元夫との愛の再燃というコメディ的な色合いや、催眠療法によって過去の記憶が紐解かれるという、ジャンル的にはやや大胆な展開までも同じ器の中に共存させている。ひとつ間違えば統一感を失いかねない構成だが、それを一本の線として貫くのが、他でもないフォスターの存在感だ。
共演陣も豪華だ。元夫ガブリエル役には『ベル・エポックでもう一度』のダニエル・オートゥイユ。フォスターは彼との共演について、初対面から数回のうちにすでに兄弟のような親密さを感じたと語っている。死者となる患者ポーラ役には『急に具合が悪くなる』のヴィルジニー・エフィラ、その夫役には『007 慰めの報酬』のマチュー・アマルリックが名を連ねる。日本の観客にとっても馴染み深い顔ぶれが揃った布陣であり、フランス映画としての強度を裏打ちしている。
実際、本作への評価は分かれている。英語圏のレビューで特に高く評価されているのは、フォスターの繊細な演技とフランス映画らしい静かな緊張感だ。一方で、ミステリーとしては物足りない、結末が曖昧すぎるという意見もあり、観る人によって評価が大きく分かれている。
ジョディ・フォスターのプライベートな回収の物語
つまり、この作品を評価する軸は、事件の真相そのものよりも、フォスターという俳優がフランス語という器の中でどう振る舞うかという一点にほぼ収斂している。ミステリーとしての完成度に物足りなさを覚える観客がいることは、むしろ当然だろう。ズロトヴスキが目指したのは犯人当ての精緻さではなく、ジャンルを横断しながら一人の女優の新しい相貌を引き出すことだったからだ。謎解きの精度を採点基準に据えれば、本作は減点法で語られてしまう。だが、ここまで辿ってきたフォスターの軌跡——観察者としての自己意識、母の伏線、意図的な撤退と復帰、スチュワートとの奇妙な師弟関係——を踏まえて見るなら、この作品の”謎”は最初からポーラの死因ではなく、フォスター自身がどこまでフランス語という距離の中に踏み込めるかという一点に置かれていたことに気づく。
『プライベート・ケース』を「オスカー俳優のフランス語挑戦作」という一行で紹介するのは容易い。だが、それでは見落としてしまうものが多すぎる。この作品は、ヒンクリー事件によって「見られること」の暴力を刻まれた少女が、生涯をかけて「見る側」へと重心を移していった軌跡の先にある。母エヴリンが幼いフォスターに仕込んだ、フランス語で物語を語り直すという儀式の、60年越しの再演でもある。50代で一度立ち止まり、私生活を固め、”ハリウッドの生き物”になりかけていた自分自身から距離を取り直した、その先にある帰還でもある。
ジョディ・フォスターというひとりの俳優のキャリアを、これほど多層的な伏線の集積として読める作品は、そう多くない。『プライベート・ケース』というタイトルが図らずも示唆する通り、これは彼女個人の、きわめてプライベートな回収の物語なのだ。
『プライベート・ケース』(2025年・フランス・1時間45分)
監督:レベッカ・ズロトブスキ
出演:ジョディ・フォスター、ダニエル・オートゥイユ、ビルジニー・エフィラ、マチュー・アマルリック、バンサン・ラコスト、ルアナ・バイラミ、フレデリック・ワイズマン、オーロール・クレマン、イレーヌ・ジャコブ
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
劇場公開日:2026年7月24日©LES FILMS VELVET -BUENOS HAIR -FRANCE 3 CINEMA
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