
『怪速急行■■行き』に見る韓国ホラーの投資戦略とJホラー逆輸出
韓国映画『怪速急行■■行き』が7月31日、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開された。
本作は第29回釜山国際映画祭ミッドナイトパッション部門への正式出品作であり、韓国では公開初日に映画興行収益1位を記録している。このことからヒットメーカーの投資判断が奏功した製作パッケージング・ロジック。
そして、舞台設定が日本のネットロア(都市伝説)と驚くほど共振している点からJホラーの海外への逆輸入・再解釈という文脈——この二つの軸から本作を読み解いてみたい。

Story:
再生数が伸び悩むホラー系動画クリエイターのダギョン(チュ・ヒョニョン)。彼女がずっと探していたのは、確実にバズるネタだった。そんな折、目をつけたのが地下鉄のとある駅にまつわる都市伝説——国内で最も行方不明者が発生すると噂される「光臨駅」だ。乗客が消える、駅員も語りたがらない、検索してもまともな情報が出てこない。そんな噂だけが独り歩きする駅の存在に、ダギョンは配信者としての勘を働かせる。
軽い気持ちで現地取材を始め、駅の怪異を配信したダギョンだったが、動画が思わぬ反響を呼んだことで、彼女は後に引けなくなっていく。バズりたいという欲望に突き動かされるまま、駅にまつわる噂の真相をさらに深く追いかけ始めるダギョン。しかし調べれば調べるほど、「行方不明者」という言葉の意味が、彼女が想像していたものとは違う輪郭を帯びてくる。
日常のすぐ隣にあるはずの地下鉄という空間が、ある一線を越えた瞬間から、二度と戻れない異界へと姿を変える——。配信者としての功名心と、抗いがたい好奇心に導かれ、ダギョンは自らその境界線を踏み越えてしまう。
Behind The Inside:
『破墓/パミョ』チームが次に選んだもの—隣接ジャンルへの横展開
本作を語る上で欠かせないのが、製作陣の出自だ。約1,200万人を動員した大ヒット作『破墓/パミョ』の製作陣が、次のプロジェクトとして本作を手がけている。ヒット作を生んだチームが次に何を仕込むかは、その市場の投資判断のトレンドを映す鏡になる。『破墓』がオカルト・シャーマニズムという韓国土着の要素で当てたのに対し、次に選んだのが「動画クリエイター×都市伝説×地下鉄」という、より若年層・SNSネイティブな設定だったという点は興味深い。ヒットの後に「同じ路線を繰り返す」のではなく「隣接ジャンルへ横展開する」判断が働いた、と捉えることができる。
釜山ミッドナイトパッション部門という”お墨付き”
タク・セウン監督にとって本作は長編デビュー作にあたる。この段階で釜山国際映画祭のミッドナイトパッション部門——ジャンル映画・ホラー/スリラー系の新鋭を紹介する枠——への正式出品を果たしたことは、配給・投資判断における一種の信用形成機能を担っていると見てよい。国際映画祭への出品歴は、後続の配給契約や海外セールスにおいて説得力のある材料になる。新人監督作でありながら日本でも劇場公開規模での配給が決まった背景には、この”お墨付き”が一定の役割を果たしたと考えられる。
初日ボックスオフィス1位という数字の重み
韓国公開初日に映画ボックスオフィス1位を記録したという事実も見逃せない。新人監督のジャンル映画が初日首位を取ることは、決して当たり前のことではない。ここには、前作『破墓』からの製作陣への信頼の引き継ぎ、そして動画クリエイターを主人公に据えたことによるZ世代層への訴求力が重なった結果があるのではないか——というのが一つの見立てだ。日本のホラー映画が製作委員会方式によるリスク分散を前提に企画される構造と比べると、韓国のこのケースは「ヒットメーカーの看板」そのものが初動を牽引する力になっている点で対照的である。
Under The Film:
監督が公言する日本ホラーからの影響
タク・セウン監督は、『リング』や『オーディション』といった日本のホラー映画に大きな影響を受けてきたと語っている。韓国ホラーの新世代監督が、Jホラーの黄金期の作品群を自身のルーツとして名指しすること自体は近年珍しくないが、それが実際の作品設定にどう反映されているかを見ると、本作は特に「共振点」が強い。
「地下鉄」という舞台選択と怪異の符合
本作の物語は、再生数に伸び悩むホラー系動画クリエイターのダギョンが、国内で最も行方不明者が発生すると噂される地下鉄「光臨駅」の都市伝説を配信したことから、人が消える駅の真相を追っていくという筋立てだ。
この「乗ってはいけない駅」「気づくと消えている駅」というモチーフは、日本のネットロア型都市伝説——とりわけ「きさらぎ駅」や「8番のりば」——と構造的にかなり近い位置にある。きさらぎ駅は2004年に2ちゃんねるへの実況投稿から広まった、乗り続けると異界に迷い込む無人駅の怪異譚であり、8番のりばもまた、存在しないはずのホームに迷い込むという「日常の中の駅がふいに異界へ反転する」型の都市伝説だ。いずれも共通しているのは、「見慣れた交通インフラが、ある瞬間から不可逆の異界へ変貌する」という恐怖の構造であり、『怪速急行■■行き』の「光臨駅」もこの型を明確に踏襲している。
さらに重要なのは、この符合が単なる偶然の類似ではなく、監督自身がJホラーへの影響を公言している以上、意図的な参照である可能性が高いということだ。きさらぎ駅や8番のりばはいずれも、ネット発の投稿→拡散→都市伝説化という経路をたどって育った怪異であり、本作の「動画クリエイターが都市伝説を配信し、それがバズることで自身が怪異に取り込まれていく」という構造は、まさにその拡散のプロセス自体を物語の内側に取り込んでいる。日本のネットロアが持つ「怪異は投稿と拡散によって育つ」という現代的な恐怖のロジックを、本作は韓国のZ世代動画文化の文脈でそのまま再演していると言える。
逆輸入=循環する恐怖
Jホラーが2000年代に『リング』『呪怨』などで確立した「日常空間に潜む怪異」というフォーマットは、その後ハリウッドリメイクを経て世界的に拡散した。本作はその系譜のさらに先——ネットロア的な都市伝説の拡散構造そのものを主題化した韓国ホラーとして、Jホラーの影響が一周して日本に「逆輸入」される形で戻ってきた一作だと位置づけられる。日本の読者にとっては、自国発の都市伝説の型が、海外の新世代監督の手によってどう再解釈されているかを確認できる、稀有な機会でもある。
『怪速急行■■行き』は、①ヒットメーカーの製作陣による隣接ジャンルへの戦略的横展開と国際映画祭出品による信用形成、②Jホラーの都市伝説的恐怖構造——特にきさらぎ駅・8番のりば型のネットロアとの強い共振——という、二つの異なる軸から読むことができる作品だ。作品そのものの評価は観客それぞれに委ねたいが、この座組みと文脈を知って観ると、また違った角度から楽しめるはずだ。
『怪速急行■■行き』(2025年・韓国・1時間35分)
監督:タク・セウン
出演:チュ・ヒョニョン、チョン・ベス、ボミン
配給:ショウゲート
劇場公開日:2026年7月31日
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