
『THE BELDHAM/ベルダム』、ホラーの皮を被った母娘のドラマ
一見して、量産型ホラー
8月7日から公開中の『THE BELDHAM/ベルダム』を観て、予告と中身の落差に戸惑った人は少なくないはずだ。産後の母親が、実家に潜む「不気味な存在」に追い詰められていくという筋書きは、パッケージだけ見れば量産型ホラーに見える。

Story:
出産したばかりのハーパー(ケイティ・パーカー)は、幼い娘を連れて母(パトリシア・ヒートン)の家を訪ねる。母は郊外のその古い家を売りに出そうとしており、家の改修を手伝うため、ハーパーはしばらく滞在することになる。家には母の新しいパートナーと、住み込みのホームヘルパーを名乗る女性(エマ・フィッツパトリック)も暮らしていた。だが滞在するうちに、ハーパーは家の中に得体の知れない気配を感じ始める。娘に危険が及ぶことを恐れて平静を保てなくなっていく彼女を見かねた母たちは、やがてハーパーから娘を強制的に引き離してしまう。それでも不気味な気配はハーパーにつきまとい続け、精神的な不安定さは日ごとに増していく。娘を取り戻したい一心でその正体を探るハーパーは、やがて思いもよらない真実にたどり着く。
Behind The Inside:
ホラーに偽装したラブストーリー
監督のアンジェラ・グルナーはハーバードで演技のMFAを取得した俳優出身で、本作は脚本も手がけ、長編監督デビュー作となった。撮影に入ったキャストとスタッフのほとんどが演劇畑の人間で、15日間という短い撮影期間を、演劇の稽古で培われた「短時間で役に入り、繰り返し合わせる」メソッドを持ち込むことで乗り切ったという。シッチェス国際映画祭でのワールドプレミア、FilmQuestでの最優秀監督賞受賞と、インディーホラーとしては手堅い映画祭実績も持つ。
つまり、物語の設計から現場の作り方まで、一貫して知的な采配のもとにある作品だ。実際、各種インタビューでのグルナーの受け答えは終始理知的で、「恐怖という感情は悲しみや怒りに近い高揚した情動空間にある」といった分析的な言葉で自作を語る人物であり、勘や情熱だけで押し切るタイプの監督ではないことが端々から伝わってくる。にもかかわらず予告編が凡庸なジャンルホラーの記号(不穏な家、囁き声、驚かしのカット)に寄せてくるのは、単に監督の力量の問題ではなく、配給側のセールス戦略として読むべきだろう。実際、海外のレビューサイトでは「マーケティングはホラーとして売っているが、中身は産後うつと母娘の世代間トラウマを扱うドラマ」「怖さを基準に採点すると肩透かしを食らうが、家族劇として観れば強度がある」という声が繰り返し出ている。ガルナー自身も別のインタビューで、本作を「ホラーに偽装したラブストーリー」と形容し、恐怖という感情が悲しみや怒りに近い高揚した情動空間にあるため、メロドラマに陥らずに親子の情愛の限界を描く手段としてホラー的な語彙を選んだと語っている。
マーケットのロジックを考え抜いた末の「怖い映画」
ただし、この選択を単なる作家的必然と見るのは、おそらく作り手への評価としては甘すぎる。本作のセールスエージェントには、ホラーフランチャイズ『テリファー』を手がけるThe Covenが就いており、作品のテーマ性と同社の今後のスレート(製作予定作品)に合致するものとして紹介されている。低予算インディー長編の初監督作にとって、ホラーは今なお最も投資回収がしやすいジャンルであり、シッチェス、FilmQuestといったジャンル映画祭を回る導線も、ドラマとして出品するより明らかに興行的に有利だ。ハーバードで演技を学び、脚本・監督・プロデューサーの三役を自ら兼ねる人物が、こうした座組を「たまたま」組んだとは考えにくい。むしろ、脚本を書いている段階からすでに、どの場面をホラーの記号(不穏な家、囁き声、驚かしのタイミング)として機能させれば予告編で切り出せるか、あるいはThe Covenのようなホラー専門のセールスエージェントの目に留まるかを、逆算して設計していたと見るほうが自然だろう。つまりこれは、企画・脚本・撮影・セールス先の選定という一連の工程すべてに、「ホラーとして売れる形に仕立てる」という一本の線が通っていた可能性がある、ということだ。初監督で自らプロデューサーも兼ねる立場は、興行的に成立させなければ次の作品に繋がらないという意味で、誰よりもマーケットのロジックに敏感にならざるを得ない立場でもある。作り手が本当に届けたい味は、ホラーという食べやすいパッケージの底に沈めておき、客はまず「怖い映画」という看板に釣られて席に着く。そこまでを織り込んだ設計だったとしても、驚くには当たらない。
Under The Film:
表看板と中身のズレを楽しむ
今回に関して言えば、『THE BELDHAM/ベルダム』を「怖い映画」として観に行くと肩透かしを食う可能性がある。むしろ、産後うつと世代間の断絶、母親という役割に押し潰されていく感覚を、ホラーというジャンルの語彙を借りて描いた作品として観たほうが、この映画の実力に近づける。パトリシア・ヒートンの配役自体も、コメディ女優としてのイメージを逆手に取った演出であり、その意味でも「表看板と中身のズレ」を意図的に利用した作品だと言える。
『THE BELDHAM/ベルダム』(2024年・アメリカ・1時間25分)
監督:アンジェラ・グルナー
出演:パトリシア・ヒートン、ケイティ・パーカー、エマ・フィッツパトリック、コービン・バーンセン
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