
『左利きの少女』を配給しているのは、なぜ「シャークネードの会社」なのか
ショーン・ベイカーとツォウ・シーチンの20年来のコラボレーション、そして『タンジェリン』直系のiPhone撮影——『左利きの少女』(2026年8月14日公開)について、すでにマニアックな熱量を持つ観客はこの2点をとうに知っている。カンヌ批評家週間ワールドプレミア、台湾のアカデミー賞国際長編映画賞代表、東京フィルメックス観客賞、ローマ国際映画祭最高賞。国際的な評価の積み上げも申し分ない。
だが、あまり語られていないことがひとつある。この作品を日本で配給しているのが「スターキャットアルバトロス・フィルム」だ、という事実だ。
アルバトロス・フィルムといえば、業界的には『シャークネード』シリーズや『クィーン・コング』『えびボクサー』を筆頭とする、いわゆる”B級・ゲテモノ路線”の配給ブランドとして名が通っている。そのブランドが、カンヌ批評家週間発、オスカー・ショートリスト入りの作品を配給する。この組み合わせの意味を、配給の歴史構造から読み解いてみたい。

Story:
舞台は台北の夜市。シングルマザーのシューフェン(ジャネル・ツァイ)は、二人の娘、思春期の姉イーアン(マー・シーユエン)と5歳の妹イージン(ニーナ・イエ)を連れて台北に移り住み、夜市で麺屋台を開こうとしている。生活は経済的に苦しく、シューフェンには借金の影も差す。
物語の核になるのは、幼いイージンが祖父から「左手は悪魔の手」と叱られる場面だ。左利きを咎められたイージンは、その言葉を文字通りに受け取ってしまう——悪いのは自分ではなく、この左手そのものなのだと。以来、彼女は自分の左手を使って万引きを繰り返すようになる。「これは自分がやったことじゃない、左手の悪魔がやったことだ」という子どもらしい理屈が、次第に家族全体の抱える緊張——祖父の家父長的な価値観、姉の苛立ち、母の疲弊——を照らし出していく。
現地ロケは、ツォウ監督の出身地でもある台北・通化街夜市(臨江街夜市)で敢行された。全編iPhone撮影というのは単なる技法上の選択ではなく、夜市という現場に機材を溶け込ませ、生活の質感をそのまま切り取るための必然でもある。
ショーン・ベイカーとのコラボレーション、その中身
ツォウ・シーチンとショーン・ベイカーの協働は2004年の『テイクアウト』にまで遡る。ニューヨークで出前配達の仕事に追われる青年を追ったこの共同監督作は、わずかな制作費ながら強い存在感を残した。以後ツォウは、『タンジェリン』『フロリダ・プロジェクト』『レッド・ロケット』とベイカー作品のプロデューサーを務め続けてきた。
『左利きの少女』は、そのツォウが単独で監督に回った初の作品だ。脚本はツォウとベイカーの共同、編集はベイカーが単独で担当している。興味深いのは、ベイカーが撮影期間中、別作品の制作でブルックリンを離れられず、台北の現場に立ち会えなかったという点だ。編集室で初めて送られてきた素材を見たとき、彼は監督としてのツォウの手腕に強い手応えを感じたと語っている。特に夜市のシーンについては、iPhoneならではの機動力を活かし、周囲に気づかれることなく現場の色彩と喧騒をそのまま捉えることができた撮影のあり方を評価している。
企画の出発点自体、ツォウ自身の記憶に由来する。幼少期、台湾で祖父から包丁を左手で使うことを咎められた経験——それが本作の核になるエピソードであり、ツォウとベイカーが最初に話し合った映画の題材でもあったという。2001年に台北で共同の映画企画を模索していた二人は、その時点ではこのアイデアを形にできず、代わりに生まれたのが『テイクアウト』(2004年)だった。20年以上の時を経て、この企画がツォウ自身の監督デビュー作として結実したことになる。
一つのレーベルに同居してきた二つの顔
アルバトロス・フィルムという配給レーベルの実体は、1973年創業、老舗の洋画・邦画配給会社「ニューセレクト株式会社」だ。このレーベル自体は1980年代、ニューセレクトのアート系配給レーベルとして発足しており、当初からヨーロッパやアジアの良質な作品と、エロティックな小品を併せて扱っていたという成り立ちを持つ。「上質」と「際物」が同じ看板の下にあるのは、後年の偶然ではなく、レーベルの出発点そのものだったことになる。
1991年にはグループ会社として「アルバトロス株式会社」が設立され、宣伝・ビデオパッケージ販売を担当。1994年に同レーベルへ移動した叶井俊太郎氏を中心に、ホラーやゲテモノ映画の買い付け・宣伝がより前面に出ていく時期を迎える。そして2001年、同レーベルが配給した『アメリ』が興行収入16億円規模の大ヒットとなり、アート系配給の存在感を一気に押し上げた。
この『アメリ』買い付けについては、筆者自身の記憶にも残る話がある。買い付け直後のカンヌで叶井氏本人と話す機会があったのだが、当時彼は、グロテスクな作品だと勘違いして買ってしまったのだと苦笑いしていた。結果としてそれがロマンティック・コメディの大ヒット作だったわけで、ジャンルを問わず買い付ける嗅覚と、たまたまアート系の当たりを引き当てた偶然とが、その後のレーベルの方向性を決定づけたことになる。2006年の『善き人のためのソナタ』(オスカー外国語映画賞受賞作)や『ウィ、シェフ!』(2015年)も、同じ看板の下で配給されてきた。
今も続く二重性——『ヒンド・ラジャブの声』という現在形の証拠
「B級とアート系の同居」は過去の話ではない。スターキャットアルバトロス・フィルムの現在の配給ラインナップを見ると、2026年5月公開の『デンジャラス・アニマルズ』や、着ぐるみスペクタクルを謳う『FEVERビーバー!』、真犯人追跡ドキュメンタリー系の『ストレンジ・ハーベスト インランド・エンパイアの怪事件』、ホラー系の『ナースコール』と並んで、2026年9月4日公開予定の『ヒンド・ラジャブの声』が控えている。
同作は、チュニジアの気鋭監督カウテール・ベン・ハニアによる、ガザで犠牲になった少女の実話を基にしたドキュメンタリードラマだ。2025年のヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門で審査員大賞(銀獅子賞)を含む8冠を獲得し、23分間のスタンディングオベーションを受けたと伝えられる。第98回アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされ、ブラッド・ピットやアルフォンソ・キュアロンらが製作総指揮に名を連ねている。『左利きの少女』と同じく、カンヌではなくヴェネツィア発ではあるが、国際映画賞レースの本流に位置する作品であることは変わらない。
つまり、スターキャットアルバトロス・フィルムというレーベルは、資本移動を経た2026年の現時点でも、ジャンル映画・際物系と、世界の映画祭を席巻する社会派作品とを同じ配給ラインに並べ続けている。『左利きの少女』の獲得は例外的な単発の出来事ではなく、レーベルが1980年代から保持してきた「二重性」が、今も現役の買い付け戦略として機能していることの一例として読むべきだろう。
2025年4月、名古屋発の資本が入った
もう一つ、見過ごされがちな最近の変化がある。2025年4月24日、名古屋を拠点に通信・放送・映画事業を展開するスターキャット株式会社が、ニューセレクトの全株式を取得し完全子会社化した。同時にグループ会社のアルバトロスもスターキャット傘下に入り、配給レーベルは「スターキャットアルバトロス・フィルム」に改称された。
スターキャットは伏見ミリオン座、センチュリーシネマという直営劇場を名古屋で運営する興行会社でもある。配給会社を子会社化する動きは、単純に「アート系配給に本気を出した」ということではない。東京の老舗配給会社とその買い付けネットワークを丸ごと取り込んだことで、地方拠点の興行会社が、国際映画祭級の権利を獲得できる買い付け網を自社内に持つに至った。この構造変化は、興行(劇場)と配給を垂直統合し、地方拠点から全国配給への足がかりを作るという狙いが透けて見える。
なぜ大手洋画系ではなくこのレーベルだったのか
『左利きの少女』はNetflixが北米・英国での配信権を持ち、フランスではLe Pacteが配給、台湾ではLight Year Imagesが配給している。日本での劇場配給権が、Netflixとは別ルートでスターキャットアルバトロス・フィルムに渡ったという構図は、Netflix配信作品の劇場公開権が地域ごとに切り離されて流通する、近年よく見られるパターンの一例でもある。
日本における劇場配給権の具体的な交渉過程(大手洋画系配給会社がどの程度関心を示したか、価格帯がどうだったか)は非公開情報であり、ここでは推測の域を出ない。ただし、カンヌ批評家週間発・オスカーショートリスト作品でありながら、規模の大きい配給会社ではなく、ブランド再定義の途上にあるレーベルが権利を獲得した、という事実自体が、日本の独立系・準大手配給会社にとってのアクイジション機会の広がりを示唆している。
生存戦略の一つのケーススタディ
B級路線で名を馳せたレーベルが、資本構造の変化を経て、ブランドイメージを保ちつつ国際的な賞レース作品を獲得できるだけの目利きと交渉力を持ち続けている(あるいは持ち直しつつある)という事実は、日本の中堅配給会社の生存戦略を考えるうえで一つのケーススタディになる。
地方の興行会社が生き残る道は、単館経営の効率化だけではない。配給を「外から仕入れる」立場から「自ら握る」立場に変える——スターキャットの選択は、地方拠点を持つ映画館経営会社全般にとって、有効な生存戦略のモデルケースになり得る。
『左利きの少女』(2025年・台湾・フランス・アメリカ・イギリス・1時間48分)
監督:ツォウ・シーチン
出演:ニーナ・イエ、マー・シーユエン、ジャネル・ツァイ、
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
公開日:2026年8月14日
©︎ 2025 LEFT-HANDED GIRL FILM PRODUCTION COMPANY LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
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