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メトログラフ, ニューヨーク映画館

『世界の映画館』第一弾——メトログラフ、これが「行きたくなる映画館」の作り方

海外旅行や出張のついでに、ちょっと変わった映画館を覗いてみたい。そんな人のために「世界の映画館」というコーナーを始めます。第一弾はニューヨーク、ロウアーイーストサイドにある「Metrograph(メトログラフ)」。名画座でありながらレストランも書店も館内で運営し、紙媒体の映画専門誌『The Metrograph』も発刊している、ちょっと欲張りな映画館です。行き方や会員特典といった実用情報に加えて、ここでしか聞けない(かもしれない)小ネタもひとつ挟みます。

どんな劇場?

7 Ludlow Streetという、地下鉄のデランシー・ストリート駅から歩いてすぐの場所にあります。もとは食品倉庫だった建物を改装した二階建てで、1階に143席+バルコニー23席のスクリーン1と、46席のこぢんまりしたスクリーン2。2016年3月開業で、初日にはダスティン・ホフマンやジム・ジャームッシュ、ソフィア・コッポラらが顔を出したという、映画好きなら少しテンションが上がる逸話も残っています。

内装は「1920年代のニューヨークの映画館」と「ハリウッド撮影所の食堂」を足して割ったようなクラシックな雰囲気。館内には往年の映画スタジオの食堂を意味する名のレストラン「The Commissary」、映画専門の書店、キャンディストアまで併設されていて、上映前後にふらっと立ち寄れる作りになっています。35mm・16mmのフィルム上映にも対応しており、新作の初日興行だけでなく、名画のレトロスペクティブ上映も定番のプログラムです。

会員になると何がお得?

メトログラフには会員制度があり、月額5ドル・年額50ドルほどで加入できます。特典は、劇場チケットの割引(1枚10ドル程度)に加えて、自社ストリーミング「Metrograph At Home」が見放題になること。つまり現地に行けない人でも、会員になれば配信でキュレーションされたラインナップを楽しめるという仕組みです。年2回刊行の紙媒体『The Metrograph』という映画雑誌も出していて、こちらも会員特典の一つ。ニューヨークに頻繁に行けなくても、緩やかにファンでい続けられる設計になっています。

「支配人」がいない映画館

日本のミニシアターだと、その劇場の顔といえばだいたい支配人一人に集約されます。しかしメトログラフは少し違います。2016年の開業時は、ファウンダーのアレキサンダー・オルチのもとで、ジェイク・パーリン(アーティスティック・ディレクター)とアライザ・マー(ヘッド・オブ・プログラミング)という二人のプログラマーがキュレーションを分担する体制でした。上映も経営も支配人一人が背負うことが多い日本のミニシアターとは対照的な、最初から「作品を選ぶ人」と「劇場を作った人」を分けて考える設計です。

ただし、この創設プログラマーコンビは現在すでにメトログラフを離れています。パーリンは2022年に退職し、現在はL’Alliance New Yorkでプログラマーを務め、マーもCriterion Channelのプログラミング責任者に移っています。現在プログラミングを率いるのは2023年にディレクター・オブ・プログラミングとして着任したインヘ・デ・レーウ(Inge de Leeuw、ロッテルダム国際映画祭出身)で、経営統括は2018年から一貫してCEOを務めるクリスチャン・グラス(Christian Grass、ユニバーサルや20世紀フォックス出身)が担っています。

つまりメトログラフは、創業メンバーの色が濃かった時代から、すでに一度世代交代を経験している劇場でもあります。それでも「作品を選ぶ人」と「経営を統括する人」を分業する体制そのものは変わっていません。行くたびにプログラムが違って見えるのは、こうした人の入れ替わりも一因かもしれません。

ちょっとした業界裏話——『HAPPYEND』が一時「行き場」を失った話

ここからは小ネタです。メトログラフは劇場運営だけでなく、「Metrograph Pictures」という自社配給部門も持っていました(2019年設立)。2024年には旧作の復元再公開だけでなく新作の買い付けにも本格参入し、坂本龍一を父に持つ空音央監督の長編デビュー作『HAPPYEND』の北米配給権を2025年2月に獲得しています。ヴェネチア、トロント、ニューヨーク映画祭、釜山と主要映画祭を巡って評判も上々でした。

ところが2025年7月、配給部門の責任者が他社(NEON)へ移籍したことをきっかけに、Metrograph Picturesは劇場公開事業をすべて一時停止。『HAPPYEND』を含む複数の作品がセールスエージェントへ返還される事態になりました。結果として同作は別の配給会社(Film Movement)が引き取る形になり、当初の予定から遅れて2025年9月にようやく全米公開にこぎつけています。

劇場・レストラン・書店・雑誌・ストリーミングは今も元気に稼働中で、当のメトログラフ自体はまったく揺らいでいません。切り離されたのはあくまで「新作の全米配給」という一番リスクの高い部分だけ、というのが面白いところ。海外の映画祭で評価された作品が実際に劇場公開されるまでには、こういう配給会社側の内部事情に左右される場面が意外とあるという一例として、頭の片隅に置いておくと映画の楽しみ方がちょっと楽しくなるかもしれません。

「世界の映画館」は今後も不定期で、劇場そのものの魅力と、その裏側にある小さな業界事情をセットで紹介していきます。


「Metrograph」ajay_suresh, CC BY 4.0 via Wikimedia Commons


アクセスメモ

  • 住所:7 Ludlow St, New York, NY 10002
  • 最寄り駅:地下鉄F/J/M/Z線 Delancey St–Essex St駅から徒歩数分
  • 営業:基本的に年中無休、上映時間は日によって変動するため公式サイトで要確認
  • 併設施設:レストラン「The Commissary」、書店、キャンディストア

Home – Metrograph

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