
『マイ・リトル・クイーンズ』――世界で愛されたリマから出ていく家族の3週間の出来事
サンダンス映画祭2024のワールド・シネマ・ドラマティック・コンペティション部門でワールドプレミアを迎えた『マイ・リトル・クイーンズ/Reinas』が、8月21日(金)から新宿ケイズシネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開されている。監督はスイス・ペルー系のクラウディア・レイニッケ。1992年のリマを舞台に、アメリカへの移住を目前に控えた姉妹と、その前に現れた頼りない父親との三週間を描く。
物語の骨格だけを聞けば、よくある「移住もの」に見えるかもしれない。だが本作の面白さは、むしろ画面が最後まで「出ていくハズのリマ」から動かないことにある。

出ていく映画なのに、出ていかない
主人公アウロラとルシアの姉妹は、母エレナとともにミネソタへ移住することが物語冒頭で決まっている。だが、映画はその「出発」を目的地として描かない。カメラが追い続けるのは、祖母の家、路上、父の運転する車の中といった、リマの生活そのものだ。
移住が既定路線でありながら、スクリーンに映るのはひたすら「まだここにいる」時間である。センデロ・ルミノソ(「ペルー共産党」)によるテロと経済危機という当時の社会不安は、ニュース映像的な説明としてではなく、街の空気や大人たちの緊張した表情の端々に滲む形で表現される。行き先(ミネソタ)は最後までスクリーンに現れない、いわば「不在の目的地」として機能し続ける。
この構造そのものが、「移住を選んだ者の映画」ではなく「離れる土地に最後まで留まり続けようとする者の映画」であることを物語っている。
小さな座組で、大きな映画祭を渡り歩いた
本作はサンダンスでのワールドプレミアを皮切りに、ベルリン国際映画祭(Generation Kplus部門でグランプリ受賞)、ロカルノ国際映画祭(観客賞受賞)と、主要映画祭を着実に渡り歩いてきた。国内ではスイス映画賞の最優秀長編賞にも輝いている。
派手な座組や大規模なプロモーション体制を持つタイプの作品ではない。それでも複数の国際映画祭で評価を積み重ねてきたという事実は、本作が持つ物語の強度を裏付けるものと言っていい。
当てにならない父親と、家族という不確かな磁場
娘たちの出国が目前に迫って初めて父親面を始めるカルロス(ゴンサロ・モリナ)。その滑稽さと切なさが、本作の情感の中心にある。
思春期にさしかかったアウロラと、まだ幼いルシアでは、父への向き合い方も温度もまるで違う。そこに、カルロスを苦々しく思う祖母(スシ・サンチェス)の視点が加わることで、物語は単純な「父と娘の再会」を超えて、家族という関係そのものの不確かさ・頼りなさを描く群像劇へと広がっていく。
「当てにならない大人」を中心に据えながらも、断罪する視線ではなく、苦笑しながら見送るような視線で家族を捉えているのが、本作の後味を単なる感傷に終わらせない要因になっている。
この夏、大人になる物語として
『マイ・リトル・クイーンズ』は、大きな事件が起きる映画ではない。それでも、出発直前の三週間という限られた時間の中に、家族・国・大人になることをめぐる複雑な感情を丁寧に閉じ込めている。
『マイ・リトル・クイーンズ』(2024年・スイス・ スペイン・ ペルー・1時間44分)
監督:クラウディア・レイニケ
出演:ヒメナ・リンド、ルアナ・ベガ・ソウサ、アブリル・ジュリノビッチ、ゴンサロ・モリナ、スシ・サンチェス
配給:ブエナワイカ
公開日:2026年8月21日
©︎ 2024 ALVA FILM – INICIA FILMS – MARETAZO CINE – RTS
Reload:
AI利用に関する開示:本記事は取材・構成の一部でAIツールを活用しています。情報の選択・検証・編集判断は編集部が行っており、データジャーナリズムの透明性の観点からこれを明記しています。


