
『嘘もまことも』が示す、単館系インディーズの生存ルート──大阪アジアンからK’s cinemaへ
母の急死、そして同僚である恋人の浮気——どん底に沈んだ田中梨沙(朝見心)が、親友・美優(桜木梨奈)の強引な誘いで足を踏み入れたのは、代行サービス会社のサクラのアルバイトだった。講演会の客を装う仕事ぶりを社長・寺村(木村知貴)に認められた梨沙は、本来「嘘をつけない性格」であるにもかかわらず、嘘をつく仕事にのめり込んでいく——磯部鉄平監督の最新作『嘘もまことも』は、2025年の第21回大阪アジアン映画祭で観客賞を受賞し、2026年8月29日よりK’s cinemaほか全国で順次公開される。

即興演出という手触り
演出スタイルには、単館系インディーズならではの特徴がある。磯部組は撮影前に台本を用意するものの、クランクイン後は俳優の演技や心の動きを見ながら磯部監督が設定や台詞をその場で書き換え、翌朝渡して演じてもらうという即興性の強い手法を取っているという。台本に固定されない分、俳優自身の「素」が役を通して滲み出る自然な演技につながっている、と公式サイトは紹介している。
本作は磯部監督自身が経験した代行サービスのサクラのバイトが元になっており、しかも今回、全編を東京で撮影している初めての作品でもある。磯部は2025年11月に活動拠点を大阪から東京へ移しており、そのタイミングと本作の題材・撮影地が重なっている点は興味深い。共演陣のコメントによれば撮影期間中、前編と後編の間に約3年のブランクがあったとのことで、これも即興演出という手法と並んでリアリティ溢れた作品作りに繋がっていると言えそうだ。
余談だが、公式サイトの監督コメント欄には「『嘘もまことも』は、そんな曖昧で不器用な感情を肯定したいと思いながら作った映画です。ってChatGPTが言うてました。知らんけど。」という一文がそのまま掲載されている。「嘘」がテーマの映画の公式コメントに、AIが生成した文章であることをおどけて開示するくだりが混ざっているのは、規模の小さい自主製作ならではの飾らなさである。
キャスティングという配給戦略の続き
こうした単館系の座組では、キャスティング自体が興行戦略の一部になる。本作で映画初主演を務めた朝見心は、『レディ・トゥ・レディ』『その消失、』といった作品で活動してきた俳優だ。共演には『ホゾを咬む』のミネオショウ(恋人・翔也役)、『すばらしき世界』の桜木梨奈(親友・美優役)、『はこぶね』の木村知貴(社長・寺村役)が並ぶ。
単館系作品にとって、実績はあるが数字を持たない主演を試すことと、既に一定の実績を持つ脇を固める俳優を組み合わせることは、限られた予算とスクリーン数の中でリスクを分散させる手法でもある。『嘘もまことも』のキャスティングは、その典型例として読むことができる。
磯部鉄平という配給ルートのサンプルケース
磯部鉄平は自主映画時代から着実に実績を積んできた監督だ。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭では、2018年『予定は未定』(短編部門優秀作品賞)、2019年『ミは未来のミ』(SKIPシティアワード)、2020年『コーンフレーク』(観客賞)と3年連続で受賞するという、なかなか例のない結果を残している。
その後の長編キャリアも一貫したパターンを描いている。
- 『凪の憂鬱』(2023)── 第37回高崎映画祭で新進監督グランプリ、最優秀新進俳優賞(辻凪子)
- 『嘘もまことも』(2026)── 大阪アジアン映画祭で観客賞受賞後、K’s cinemaから全国順次公開
「大阪アジアン映画祭の観客賞→単館系ミニシアターでの劇場公開」という流れは、インディーズ映画が全国流通に乗るためのひとつの型が機能している可能性がある。映画祭の評価を興行のトリガーとして使う、比較的コストを抑えた配給モデルとして見ることもできるだろう。
大阪アジアンは、関西版のミニ・フィルムマーケットである
映画祭が単なる作品発表の場ではなく、単館系劇場への送客装置として機能している。
この送客装置の中身を分解すると、映画祭が担っているのは祝祭としての役割だけではない。観客投票という形での需要の可視化、選考プロセスによる目利き、受賞という肩書きがそのまま宣伝コピーになる素材提供、そして授賞式や舞台挨拶を通じた劇場公開前のPR期間——資金力のないインディーズが本来なら自前で用意しなければならない機能を、映画祭が無料から低コストで肩代わりしている。映画のフェスティバル性の裏側で、配給・興行の実務インフラとして頼りにされている。それが『嘘もまことも』の道のりから見えてくる実態だ。
この構造は、実は世界の主要映画祭が持つ仕組みのミニチュア版と考えると理解しやすい。カンヌにはマルシェ・デュ・フィルム、ベルリンにはEFM(European Film Market)、ヴェネチアにもプロダクション・ブリッジという、映画祭本体とは別建ての公式マーケット部門があり、バイヤーはそこで直接、買い付け交渉を行う。大阪アジアンにはまだそれと同名の公式部門こそないが、機能としてはかなり近いことが起きている。プログラミング・ディレクターの暉峻創三は、かつて東京の配給会社から作品を借りて上映することが多かったが、近年は逆に配給権を買い付けるため東京から足を運ぶ企業が増えたと語っており、アジア各国の映画会社の間にも「大阪アジアンで上映されれば買い手がつく」という認識が広がっているという。選定チーム自身も海外映画祭の企画マーケットに足を運び、公募が始まる前の段階から製作サイドと接触して出品を呼びかけているというから、目利きと買い付けのマッチング機能を映画祭側が能動的に担っていることになる。暉峻自身、海外の主要映画祭にはまだ及ばないと認めつつ、いずれは自前の企画マーケットも実現したいと語っており、「関西のミニ・フィルムマーケット」という見立ては感覚的な比喩ではなく、運営側が自覚的に目指している方向性そのものだと言える。
「嘘」というテーマの居場所——代行家族ネタとの距離
「代行サービス」や「サクラのバイト」を題材にした邦画は、ここ最近増えている印象がある。本サイトでも『PEACOCK ピーコック』『レンタル・ファミリー』『Family Romance LLC』の3作を比較したが、他にも『さよならモノトーン』(2023年)『レンタル家族』(2025年・現在公開中)といった作品も作られている。コストを抑えつつ「別人になりすます」という展開を手軽に成立させられるこのモチーフは、作り手にとって扱いやすいネタになりつつあるのかもしれない。
ただし『嘘もまことも』が他の代行家族作品と一線を画すのは、「なりすます対象」の設計だ。通常、代行家族物で扱うのは、他人の家族という役割を演じることで生まれる虚構だった。一方『嘘もまことも』の梨沙が没頭するのは、あくまで会社が用意した「サクラ」という一時的な役柄であり、なりすます先に家族という濃密な関係性は存在しない。梨沙が嘘をつく相手は他者である以上に、どん底にいる自分自身だ。「嘘をつけない性格」の人間が、なぜ嘘をつく仕事にのめり込むのかという逆説こそが、本作の核にある。代行というモチーフが増殖する中で、本作は「なりすましの対象」ではなく「なりすます側の人格の再起」に焦点を当てた点で、独自の立ち位置を持っている。
嘘をつけない人間が、嘘をつく仕事にのめり込んでいく。その逆説がどこに着地するのか、ぜひ劇場で確かめてほしい一本だ。
『嘘もまことも』(2025年・日本・1時間44分)
監督:磯部鉄平
出演:朝見心、木村知貴、ミネオショウ、桜木梨奈、佐野弘樹、木下紗菜、正木佐和、佐藤あみ、秋月三佳、小山修平 他
配給:モクカ、wisp
公開日:2026年8月29日
© 2025 「嘘もまことも」製作委員会
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