
スタジオ不在、女性監督1人――第83回ヴェネチア国際映画祭に表れた、映画祭というビジネスモデルの揺らぎ
第83回ヴェネチア国際映画祭(9月2日〜12日)のラインナップが発表され、そこに表れた2つの構造変化が業界内で話題になっている。ひとつはハリウッド大手スタジオ作品の不在、もうひとつはコンペティション部門における女性監督の極端な少なさだ。個別作品の紹介記事とは別に、この2点を軸にした構造分析をまとめておきたい。
スタジオ大作、まさかの不在
今年のヴェネチアには、フランスのアニメ映画祭アヌシーを除く欧州の主要映画祭全体に見られる傾向として、大手スタジオ作品がほとんど姿を見せていない。ワーナー・ブラザースの秋の目玉であるアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督×トム・クルーズ主演『DIGGER/ディガー』や、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『デューン 砂の惑星PART3』は、いずれも過去にヴェネチアと縁の深い作り手による作品でありながら、今回はラインナップに含まれていない。
Netflixも同様に、近年ヴェネチアで存在感を放っていたにもかかわらず、デヴィッド・フィンチャー監督×ブラッド・ピット主演の『The Adventures of Cliff Booth』を出品しなかった。ただし完全な不在というわけではなく、イ・チャンドン監督のコンペ出品作『もしもの愛』を抱えているほか、開幕作、ダニー・ボイルの『Ink』の北米・中南米配給権を獲得し、開幕前作品ティント・ブラスのジャッロ作品『Deadly Sweet』の復元にも資金協力している。つまりNetflixは、ヴェネチアという「場」そのものからは距離を置きつつ、特定の作品・特定の権利だけをピンポイントで抑えるという、選択的な関わり方にシフトしているように見える。
この現象自体は今年のヴェネチアだけの話ではない。5月のカンヌ国際映画祭でも、2017年以来初めて大手スタジオ作品がコンペから完全に姿を消すという事態が起きており、その背景にはSNS上での炎上リスクや、莫大な出品コスト、近年の大作の相次ぐ不発があると指摘されている。ヴェネチアの不在は、この春からの流れの延長線上にあると見るのが妥当だろう。
芸術監督は「時期尚早」と静観の構え
ヴェネチア芸術監督のアルベルト・バルベラは、この状況について、ハリウッド側が映画祭そのものを見限ったと結論づけるのは時期尚早だとした上で、来年になれば新しいプロモーション戦略が見えてくるかもしれないと述べ、慎重な姿勢を崩していない。裏を返せば、映画祭という「場」自体の求心力低下ではなく、スタジオ側のマーケティング判断の問題として位置づけたい、という芸術監督としての立場がにじむコメントでもある。
コンペ20作品中、女性監督はわずか1人
もうひとつの構造的な話題が、ジェンダー構成の偏りだ。ヴェネチアは2018年に50/50のジェンダー平等宣言に署名した映画祭のひとつだが、今年のコンペティション部門20作品のうち、女性監督による作品はデンマーク・エジプト系のマイ・エル=トーキー監督『Woman Unknown』ただ1本にとどまる。これは昨年の6作品から大きく後退した数字で、近年で最も少ない。全体でも、旧・非コンペティション部門にあたるVenice Open内の47作品のうち、女性監督による作品はわずか9本で、いずれもドキュメンタリー作品だという。
バルベラはこの偏りについて、応募作品全体のうちフィクション作品の75%、ノンフィクション作品の70%が男性監督によるものだったという応募段階での構成比を理由に挙げている。つまり「選考の結果」ではなく「応募母集団の偏り」に原因を求める立場だが、映画祭側がこの構成比自体にどう働きかけていくのかという点については、依然として議論の余地が残る。
「作家主義回帰」の裏にある空白
今年のコンペは、ダニー・ボイル、イ・チャンドン、マーティン・マクドナー、ヴェルナー・ヘルツォーク、フローリアン・ゼレール、是枝裕和といった顔ぶれによる「作家主義路線」として語られることが多い。しかしこれは、スタジオ大作という選択肢そのものが失われた結果として浮かび上がった構図だとも読める。「作家主義への回帰」という前向きな言葉の裏には、映画祭というビジネスモデルが従来担ってきた「スタジオの広告塔」という役割そのものが揺らいでいる、という構造的な空白があるのではないか。
映画祭の存在意義が、来場者や配給関係者にとって「新作を初めて見る場」から「作家性を確認し合う、より閉じたコミュニティの場」へとシフトしつつあるのだとすれば、それは配給・買い付けの現場にとっても無視できない変化になるはずだ。

「Festival di Venezia」Bart ryker CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons
第83回ヴェネツィア国際映画祭
会期:2026年9月2日ー12日
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