
イ・チャンドン『もしもの愛』、24年ぶりのヴェネチア凱旋 ― 金獅子賞最有力候補と目される理由
Story:
解雇された労働者ホソク(ソル・ギョング)とその妻ミオク(チョン・ドヨン)、そしてドキュメンタリー監督イェジ(チョ・ヨジョン)とその夫サンウ(チョ・インソン)――二組の夫婦が、ホソクの人生を追うドキュメンタリー制作をきっかけに出会う。イェジとサンウは高校の同級生で、留学先で恋人関係に発展した過去を持つ。互いに異なる人生を歩んできた四人が、それぞれの隠れた欲望と向き合っていく過程を描く。イ・チャンドンが『バーニング』(2018年)以来8年ぶりに世に送り出す長編第7作である。
イ・チャンドン監督自身は制作報告会で、タイトルに込めた意味について、容易に成就する愛の物語はあえて語る理由がない、つまり「もしもの愛」という題名には本来「不可能」であるはずの愛という含みがあると説明している。男女間の愛に限らず、この時代にどんな愛が可能なのかを問う作品だとも語っており、単純な三角関係を超えた構成が予想される。
もっとも、これまでの監督作(『オアシス』『ペパーミントキャンディー』『シークレット・サンシャイン』など)では、社会的・階級的な境界を恋愛によって越えさせる演出が一貫して見られる。今作でも、解雇労働者ホソクと、彼を取材する側であるイェジという非対称な関係が軸になる可能性は高いが、相手の組み合わせまでは公式情報から確認できない。

Behind The Inside:
8年間、何もしていなかったわけではない
『バーニング』から8年という数字だけを見ると長い沈黙のようだが、その間イ・チャンドンは完全に手を止めていたわけではない。韓国芸術総合学校映像院で教授職を続けながら、2022年には自身初となる短編『심장소리』(心臓音)を発表。WHO(世界保健機関)が鬱をテーマに複数の監督へ依頼したオムニバス企画の一本で、チョン・ドヨンとソル・ギョングも参加している。同年、全州国際映画祭では彼の特別展とドキュメンタリーも組まれており、長編の新作こそなかったものの、イ・チャンドンが映画作家として現役であり続けていたことは確かである。
なぜ「24年ぶり」が特別な意味を持つのか
イ・チャンドンがヴェニスのコンペティション部門に名を連ねるのは、2002年『オアシス』以来じつに24年ぶりとなる。当時の『オアシス』は監督賞、新人俳優賞(ムン・ソリ)に加え、国際映画批評家連盟(FIPRESCI)賞、若手批評家賞など計5部門で受賞し、イ・チャンドンを世界的な作家として押し上げる出発点となった作品だ。
いわば、ヴェニスが自ら見出し育てた巨匠を四半世紀ぶりに呼び戻す格好であり、この文脈こそが金獅子賞最有力候補という評判の土台になっている。アルベルト・バルベラ芸術監督は今回のラインナップ発表に際し、イ・チャンドンの帰還を歓迎する意向を示し、パク・チャヌクと並ぶ韓国の巨匠の一人だと紹介した。
もっとも、この「育てた巨匠を手ぶらでは帰さないだろう」という見立ては、あくまで招待の経緯から導かれる韓国メディア側の期待的観測であり、審査結果を保証するものではない点は明確にしておきたい。事実、昨年(第82回)のパク・チャヌク監督作『しあわせな選択』はプレミア上映後に高い評価を集めながらも、コンペティション部門では無冠に終わっている。
韓国映画とヴェニス金獅子賞の距離
韓国映画がヴェニスの金獅子賞を獲得した例は、2012年キム・ギドク監督『嘆きのピエタ』の一度きりである。あれから14年、コンペティション部門への招待自体は本作で通算12本目を数えるが、頂点までは遠い。『もしもの愛』が受賞すれば、その14年ぶりの快挙という位置づけになる。
激戦区としての第83回コンペティション部門
ただし今年のラインナップは粒ぞろいだ。マーティン・マクドナー『ワイルド・ホース・ナイン』、ダニー・ボイルがルパート・マードックを題材にした開幕作『Ink』、ヴェルナー・ヘルツォーク『Bucking Fastard』、是枝裕和『ルックバック』、塚本晋也『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』、俳優ケイシー・アフレックの監督作『Company』、など、話題作がひしめく20本の中の1本という立ち位置であることも押さえておきたい。金獅子賞の行方は、決して一本調子の「イ・チャンドン最有力」では語れない。
Under The Film:
アカデミー賞への布石
本作はすでに第99回アカデミー賞(2027年3月開催予定)の韓国代表作品としても選出されている。トロント国際映画祭スペシャル・プレゼンテーション部門への招待に続くヴェニス・コンペティション入りという流れは、Netflix製作作品でありながら劇場公開・国際映画賞レースの双方を視野に入れた戦略の表れとも読める。
『もしもの愛』(2026年・韓国・2時間44分)
監督:イ・チャンドン
出演:チョン・ドヨン、ソル・ギョング、チョ・インソン、チョ・ヨジョン
公開日:2026年10月23日(限定劇場公開)
配信開始日:2026年11月6日
第83回ヴェネチア国際映画祭・コンペティション部門
©︎ 2026 Netflix All Rights Reserved.
Reels:
Reload:
AI利用に関する開示:本記事は取材・構成の一部でAIツールを活用しています。情報の選択・検証・編集判断は編集部が行っており、データジャーナリズムの透明性の観点からこれを明記しています。


