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猫たちと7000マイルの旅、マイ・ホン

タイムリミット付きの国外救出劇『猫たちと7000マイルの旅』――「豊かな国だから動物も幸せに違いない」という思い込みへの反証

中東・カタールの首都ドーハで路上の猫を保護する人々と、その猫たちをアメリカへ迎えるために海を渡ったひとりの猫カフェ経営者。ミルウォーキーで客室乗務員をしながら猫カフェ「Sip & Purr」を営むケイティ・マクヒューが、現地で与えられたわずか4日間のうちに25匹を選び、アメリカへ連れ帰るまでを追ったドキュメンタリーだ。

『猫と、とうさん』(2022年)で猫を愛する男性たちの人生を追ったマイ・ホン監督が、今回はカメラの向きを「猫と暮らす人」から「猫を救うために動く人」へと広げている。かわいい猫の映像を求めて劇場に足を運んでも、持ち帰ることになるのは人間社会の話かもしれない――そんな一本だ。


© 2025 Gray Hat Productions LLC All Rights Reserved.

Behind The Inside:

猫を助ける人たちの間に、どんなドラマがあったのか

本作は「アメリカ人女性がカタールの猫を救う」という一方通行の物語ではない。ケイティが現地で出会うのは、ドーハに移り住んで16年になるパキスタン出身の施工管理者ウマイル・カーン。自身が猫を飼い始めたことをきっかけに野良猫問題へ関心を持ち、自作の仮設シェルターで50匹ほどを保護してきた人物だ。ケイティが訪れる前から、すでに現地で日常的に猫を支え続けてきた人がいる――「猫を救うために動く人たち」がいる。これが本作の土台になっている。

そのうえで映画が焦点を当てるのは、「25匹」という数字の裏側にある選択の重さだ。片足を失いながら人懐こいマヌ、交通事故で兄弟を失った子猫ペネロペ、虐待現場から保護されたマーリー、捨てられたとみられるペルシャ猫のグースなど、登場する猫にはそれぞれ異なる事情がある。連れて帰れる数には限りがあり、移送には条件があり、時間はわずか4日しかない。目の前には次々と助けを必要とする猫が現れる――「救う」と決めた瞬間にすべてが解決するわけではなく、むしろそこから難しい決断が始まる構造だ。Rotten Tomatoesの作品紹介も、本作を動物福祉への問いかけと、タイムリミット付きの救出劇という二つの側面から評価している。

現地レビューのなかには「保護活動家はスーパーマンじゃない」という一文で本作を振り返るものもあった。全員を救えるわけではないという現実と向き合いながら、それでも目の前の一匹に手を伸ばし続ける人々の姿こそが、本作のドラマの中心にあると言えそうだ。

単なる「猫かわいい」ドキュメンタリーで終わらない理由

公式サイトが提示する問いは明快だ。「世界有数の富裕国で、なぜ野良猫の国外救出支援が必要なのか」。この違和感こそが、本作の出発点になっている。

カタールの野良猫の数については、Qatar Cat Control Unit(QCCU)による推計が複数の報道で引用されている。2016年時点で猫の個体数は200万〜300万匹、当時の人口約290万人にほぼ匹敵する規模だったという。より近年の報道でも、気温が45度を超える夏を迎えるたび最大300万匹ともいわれる野良猫が脱水や飢餓、構造的なネグレクトに直面していると伝えられている。

この個体数爆発には歴史的な経緯がある。カタールの野良猫問題は1960年代、ネズミの大量発生に対処するために猫が持ち込まれたことに端を発し、その後の個体数管理が行われないまま「制御不能なかたちで」爆発的に増加した、とハマド・ビン・ハリファ大学の2016年の調査が指摘している。

行政の対応も部分的にとどまっている。ドーハの自治体(Baladiya)が運営するTNR(トラップ・去勢・リターン)プログラムでは、2020年に1672件の通報を受けて5143匹の猫を収容し、うち3749匹以上を去勢、3857匹に狂犬病ワクチンを接種、年間を通じて9734匹が何らかの処置を受けたという実績が報告されている一方、同記事では保護施設が「犬70匹・猫240匹しか収容できないのに、野良の個体数ははるかに大きい」という規模のミスマッチも指摘されている。

そしてこの野良猫問題を語るうえで欠かせないのが、カタールという国の人口構成だ。公式サイトによればカタールの人口の89%を他国からの臨時労働者が占めており、路上から野良猫を救出しているのも、イラン、インド、ヨルダンなど様々な国出身の、異なるバックグラウンドを持つ人々であるという。急速な経済発展を支える出稼ぎ労働者たちが、豊かさの外側に取り残された野良猫たちの世話も担っている――この二重構造こそが、本作が単なる「猫かわいい」ドキュメンタリーで終わらない理由になっている。

なぜアメリカへ移送しなければならなかったのか

「なぜ現地で里親を探さないのか」という疑問は当然出てくるだろう。これについて、カタールの野良猫の個体数は国の人口に匹敵する規模であり、病気が蔓延している一方で現地での里親縁組はまれだという。

背景には、動物福祉に関する制度の薄さがある。動物の遺棄を明確に罰する規定がカタールには存在せず、これが野良猫増加の一因になっている。特に住民が休暇や転居で不在になる夏場には、ペットが単に外に放り出される事例が多いとされる。全国規模のTNR(捕獲→不妊去勢手術→元に戻す)プログラムやペット登録制度が整っていないことも、無秩序な繁殖に歯止めがかからない要因として指摘されている。

そのため、現地の保護活動家たちは早くから海外の里親に活路を求めてきた。カタールでは保護を必要とする野良動物の数が里親候補の供給を大きく上回っており、多くの保護団体が海外在住の里親探しに軸足を移してきた。なかでもアメリカの都市への直行便は、猫の保護活動家にとって特に重宝されているという。皮肉なことに、同記事では保護犬は(少なくとも当時は)アメリカへの持ち込みが禁止されていた一方、猫にはその制限がなかったとも紹介されており、「なぜ猫だけがアメリカに渡れるのか」という制度上の非対称性も透けて見える。

ケイティ自身の背景を知っておくと、この移送計画が思いつきの冒険ではないことも分かる。彼女は2018年の猫カフェ「Sip & Purr」開業以来、地元だけでなくカタール、エジプト、オマーン、アフガニスタン、トルコなど海外を含めた猫の保護と里親探しに関わってきた人物だ。つまり本作で描かれる「7000マイル」は、彼女にとって初めての越境ではなく、これまでの活動の延長線上にある一歩だと捉えるほうが正確だろう。


9/4(金)公開『猫たちと7000マイルの旅』予告編

『猫と、とうさん』監督・制作陣による新たな傑作猫ドキュメンタリー!


Under The Film:

「捨てる文化」と「支える個人」のせめぎ合い――カタールでの猫の扱われ方

本作が突きつけるのは、「豊かな国だから動物も幸せに違いない」という思い込みへの反証でもある。古代エジプトやバビロニアで神として崇められ、イスラームでも敬愛される動物とされてきた猫だが、カタールの野良猫たちの現実は決して穏やかなものではなく、食料不足、45度を超える夏の気温、交通量の多い道路、そして人間による虐待に直面しているという記述がある。

さらに、カタールでは行く先々で野良猫を目にするが、ネズミの個体数を抑える役割を果たしている一方、路上生活を送る猫の多くは実際には路上生まれではなく、特に人々が休暇や帰国で長期不在になる夏場に、飼い主から単純に外へ捨てられるケースが多い。こうした猫たちは路上での生き方を知らず、より優位な猫に襲われたり、車に轢かれたり、これまで人の給餌に依存していたため自力で食料を得られずに命を落とすことが少なくないという証言もある。ペットとして飼われていた猫が、環境の変化ひとつで路上の弱者に転落してしまう構図だ。

本作に登場するウマイルが自作の仮設シェルターで猫を保護し続けている姿や、ケイティが4日間で下す難しい決断の数々は、こうした「捨てる文化」と「支える個人」のせめぎ合いのうえに成り立っている。カタールという国そのものを外側から断罪する映画としてではなく、そこで実際に暮らし、働き、猫を助けている人々へ目を向けた人間ドラマとして観るほうが、より気持ちが寄り添える作品なのではないのだろうか。


『猫たちと7000マイルの旅』(2025年・アメリカ・1時間35分)
監督:マイ・ホン
出演:ケイティ・マクヒュー、ウマイル・カーン、ラナ・マルカウィ
配給:ファインフィルムズ
公開日:2026年9月4日より ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
© 2025 Gray Hat Productions LLC All Rights Reserved.


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