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知覚操作の名手フローリアン・ゼレール『Bunker』――実夫婦ハビエル&ペネロペが晒す、結婚という名のシェルター

『ファーザー』で、同じ部屋の家具が場面ごとに違う位置に動き、俳優の顔まで入れ替わるという知覚トリックを仕掛け、観客を主人公の混乱そのものに引きずり込んだフローリアン・ゼレール。その”知覚操作の名手”が次に手を伸ばしたのは、実生活の夫婦ハビエル・バルデムとペネロペ・クルスという、今まで数度、共演もしてきたおしどり名優カップルだった。ヴェネチア国際映画祭メインコンペティションでワールドプレミアを迎える新作『Bunker』は、17年連れ添った夫婦の結婚生活に、あるテック億万長者のシェルター建設計画が影を落とすところから始まる。


Story:

建築家のミゲル(ハビエル・バルデム)は、あるテック億万長者から、サバイバル用シェルターの建設という仕事を請け負う。それは、彼と妻ソフィア(ペネロペ・クルス)が17年間築いてきた結婚生活に、静かな亀裂を走らせるきっかけとなった。夫の決断をめぐって膨らんでいく違和感と不安は、やがてソフィアに、二人の関係そのものを問い直させることになる。


Behind The Inside:

実夫婦を起用した理由と着想源

ペネロペ・クルスとハビエル・バルデムは、2010年から実生活でも夫婦だ。ゼレールは本作を、この2人のために「当て書き」した。着想源として本人が挙げているのは2つ。ひとつは名匠スタンリー・キューブリックの遺作となった1999年の作品『アイズ ワイド シャット』(当時実際の夫婦だったトム・クルーズとニコール・キッドマンを起用し、結婚生活の危機を描いた作品)。もうひとつは、Meta創業者マーク・ザッカーバーグがハワイに建設した広大な地下シェルターに関する報道だ。ゼレール自身の言葉を借りれば、「人々をつなげることで財を成した男が、同時に人類から完全に切り離される計画を用意していた」という逆説に心を掴まれたという。

撮影は、脚本上はロンドンが舞台とされる一方、実際にはバルデムとクルスが家族と暮らすマドリードのスタジオにセットを組んで行われた。ゼレール本人いわく「観客の知覚を操作できる家をつくりたかった。最初は開放的なガラス張りの家に見えるが、物語が進むにつれ、次第にシェルターそのものへと変貌していく」とのことだ。

ゼレール印の”仕掛け”は今回どこにあるのか

ゼレールの過去2作(『ファーザー』(2020年)『The Son/息子』(2022年))に共通するのは、社会批評ではなく知覚・形式の操作を通じて観客を主人公の内面に没入させる手法だ。『ファーザー』では、同じ部屋の家具が場面ごとに微妙に変わり、俳優の顔ぶれが入れ替わることで、観客自身が認知症の当事者の混乱を追体験する仕掛けになっていた。

『Bunker』における「テック富裕層のシェルター」という題材も、社会批評として掘り下げられるというより、この観客の知覚を揺さぶるための装置として機能する可能性が高い。ザッカーバーグ的な逸話への言及は、あくまで着想の入り口であり、映画の本題は「実際の夫婦」というもう一つの”シェルター”――結婚という制度そのものが、外の世界からどこまで2人を守り、あるいは閉じ込めているのか――にありそうだ。公式に伝えられている「夫の決断をきっかけに、妻が結婚生活を問い直す」という主題を踏まえると、この読み筋は無理のない範囲だと思われる。

セリフの8割がスペイン語は仕掛けの一部なのか

台本上の舞台がロンドンでありながら、セリフの大半がスペイン語という設定は、単なる俳優への配慮以上の意味を持ちそうだ。英国という土地の論理(テック富裕層が終末シェルターを発注するという、”都市に住む富裕層”が抱きそうな願望)に、スペイン語話者の一家がどこまで根を張り、あるいは異物として巻き込まれていくのか――という階級・出自のズレが、結婚生活の亀裂に別のダメージを与える可能性がある。ただし舞台設定の詳細は現時点で確証が持てる情報が少なく、あくまで映画の作られ方から浮かび上がる仮説として留めておきたい。

見どころ

  • 『アイズ ワイド シャット』を引き合いに出した”虚実の境界を滲ませる”演出が、実際どこまで踏み込まれるか
  • 『ファーザー』的な知覚操作の仕掛けが、認知症という個人の病理ではなく、夫婦という関係性に対してどう応用されるか
  • スティーヴン・グラハム、ポール・ダノら実力派脇役の配置

Under The Film:

観客の知覚を操作する監督

フローリアン・ゼレールは、そもそも映画人ではなく小説家として出発した人物だ。24歳で発表した小説『邪悪の魅惑』(2004年)でアンテラリエ賞を受賞し、フランス文壇では「ミニマリスト・ヌーヴォー・ロマンの再来」とまで評された早熟の書き手だった。以降、戯曲家としても『Le Père(父)』『Le Fils(息子)』『La Mère(母)』の”家族三部作”を発表し、モリエール賞を含む数々の演劇賞を総なめにしている。

つまり映画監督としてのキャリアは、本人の来歴からすればかなり後発の部類に入る。にもかかわらず、長編映画デビュー作『ファーザー』(2020年、自身の戯曲『Le Père(父)』を映画化)がいきなりアカデミー賞2部門(主演男優賞、脚色賞)を獲得したのは、単なる幸運では片付けられない。舞台という”閉じた空間”の制約を逆手に取り、家具の配置や俳優の入れ替わりという純粋に映画的な手段(編集・美術・カメラ)で観客の知覚そのものを狂わせるという発想は、演劇出身者にありがちな「舞台の映像化」とは一線を画す、極めて独創的な映画的思考だった。文学・演劇畑で鍛えた構成力と、映画という新しい道具を手にした瞬間の異常な吸収力――この組み合わせが、ゼレールを一気に「観客の知覚を操作する監督」という唯一無二のポジションに押し上げたと言っていい。

その意味で『Bunker』は、家庭内の一室という閉塞空間から一歩踏み出し、実在の夫婦・実在のテック富裕層問題という外部の現実を取り込んだ、ゼレールにとって新たな挑戦の書ということになる。小説家として鍛えた構成力が、今回どこまで新しい題材を飲み込めるか――そこに注目したい一本だ。

『アイズ ワイド シャット』以来の”実夫婦”起用に興味がある人はもちろん、『ファーザー』の知覚トリックに唸らされた人には、必見の一本と言える。


『Bunker(原題)』(2026年・フランス・スペイン・2時間6分)
監督・脚本:フローリアン・ゼレール
出演:ペネロペ・クルス、ハビエル・バルデム、スティーヴン・グラハム、ポール・ダノ、
パトリック・シュワルツェネッガー、マーク・ゲイティス、アイリーン・アトキンス
第83回ヴェネチア国際映画祭・コンペティション部門


Reels:

ファーザー(字幕版)

ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配する介護人を拒否していた。そんな中、アンから新しい恋人とパリで暮らすと告げられショックを受ける。だが、それが事実なら、アンソニーの自宅に突然現れ、アンと結婚して10年以上になると語る、この見知らぬ男は誰だ?なぜ彼はここが自分とアンの家だと主張するのか?ひょっとして財産を奪う気か?現実と幻想の境界が崩れていく中、最後にアンソニーがたどり着いた〈真実〉とは――?© NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINÉ-@ ORANGE STUDIO 2020


The Son/息子(字幕版)

高名な政治家にも頼りにされる優秀な弁護士のピーターは、再婚した妻のベスと生まれたばかりの子供という、新しい家族と共に充実した日々を生きていた。そんな時、前妻のケイトと同居している17歳の息子ニコラスから、父のもとへ引っ越したいと懇願される。ニコラスは心に病を抱え、絶望の淵にいたのだ。初めは戸惑っていたベスも同意し、ニコラスを加えた新生活が始まる。ところが、ニコラスが転校したはずの高校に登校していないことがわかり、父と息子は激しく言い争うが…。© THE SON FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.


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