
ベルトルッチが遺した最後の脚本――アンドレア・パラオロ『The Echo Chamber』が背負うもの
第83回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門で公式上映された『The Echo Chamber』は、ベルナルド・ベルトルッチが2018年にこの世を去る直前まで手を入れていた脚本を原作とする。監督は『Medeas』『ともしび』『Monica』のアンドレア・パラオロ。主演はアリシア・ヴィキャンデル、ルカ・マリネッリ、スーザン・サランドン。上映後の拍手は8分間続いた。

なぜ8年越しの映画化になったのか
脚本の権利を握ったのは、ベルトルッチと同じイタリアの製作会社インディゴ・フィルムだった。2018年、監督の死後まもなくこのプロジェクトを取得し、共同脚本のイラリア・ベルナルディーニとルドヴィカ・ランポルディに脚本の仕上げを託す。同年のトロント映画祭では、共同製作パートナーを募る形ですでに市場に出されており、当時の想定製作費は600万ドル、主人公レオ(音楽プロデューサー、依存症)と、彼と関係を結ぶ理学療法士ライラという、現行版とは細部の異なる人物設定だった(ライラは現行版では医師のアンと役割・設定が変更されている)。
そこから実際にカメラが回るまで、さらに7年を要している。転機は2024年、プロデューサーのニコラ・ジュリアーノがパラオロに脚本を持ち込んだことだった。撮影は2025年後半。パラオロにとっては『Medeas』『ともしび』『Monica』と続けてきたオリジナル脚本のキャリアで初めて、他者――しかも巨匠の遺稿――を演出する仕事になる。
パラオロの寡黙さと、ベルトルッチの過剰さ
この組み合わせは、それ自体が一種の賭けだったと言っていい。パラオロは登場人物の内面を長回しと沈黙で追い詰めていく「室内劇の作家」であり、『ともしび』ではシャーロット・ランプリングを起用し、ほとんど説明台詞を与えないまま一人の女性の崩壊を描いた。一方のベルトルッチは『暗殺のオペラ』『ラストタンゴ・イン・パリ』『魅せられて』と、政治・エロス・欲望を大きな身振りで扱ってきた作家だ。寡黙な観察者に、官能と支配のテーマを託す――その組み合わせ自体が本作の面白さであり、賭けの部分でもある。
実際の評は、その賭けがどこまで成立したかで割れている。Varietyは「痛切なまでに繊細で抑制された演出」としながらも、「終盤の不必要なメロドラマへの急旋回」を難点に挙げた。IndieWireも同様の構図で、「痛切に胸を打つ依存症の考察が、オペラ的な誇張と激しい不明瞭さへと転じる」としつつ「その転調が語ろうとしている物語を裏切ってはいない」とフォローしている。つまり大方の評は、「パラオロらしい抑制」と「ベルトルッチらしい過剰」が同居しきれず、終盤で後者に振り切れる瞬間に評価が分かれている、という構図だ。Cineuropaのように「息苦しいほど停滞した室内劇」と、そもそも抑制の側に苛立つ声もある。
ヴォルピ杯候補としての現在地
作品全体の評価が割れる一方、ヴィキャンデルの演技は評者を問わず高く評価されている。The Hollywood Reporterは「最も真意の読めない人物として、開放と隠蔽の間の不穏な緊張を作り出している」と名指しで評価した。開幕前の予想では本命の一角にすら挙がっていなかったが、上映後にはヴォルピ杯(主演女優)の有力候補として急浮上している。
「作品への評価は割れているが、主演の演技だけは別枠で高く評価される」というのは、ヴォルピ杯にしばしば見られるパターンでもある。8分間という拍手の長さも、コンペ内の他作品と比べれば「熱狂」というより「敬意」に近い温度感で、この作品と主演の評価の乖離を、そのまま体現している数字と言えそうだ。
『The Echo Chamber(原題)』(2026年・イタリア・ベルギー・2時間)
監督:アンドレア・パラオロ
脚本:ベルナルド・ベルトルッチ、イラリア・ベルナルディーニ、ルドヴィカ・ランポルディ
出演:アリシア・ヴィキャンデル、ルカ・マリネッリ、スーザン・サランドン
第83回ヴェネチア国際映画祭・コンペティション部門
© Indigo Film Versus
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