
172分は「決められた」尺だった――ノーランを黙らせたIMAXプラッターの物理法則
内容ではなく、装置が決めた上映時間
クリストファー・ノーラン最新作『オデュッセイア』の上映時間は172分(2時間52分)。前作『オッペンハイマー』(2023、3時間)よりわずかに短い。一見すると編集上の判断に見えるこの数字が、実は物語の都合ではなく、上映設備側の物理的な限界から逆算されたものだったという話がある。

フィルムプリントの限界という壁
ノーランは海外メディアLetterboxdのインタビューで、フィルムプリント上映には今なお3時間という壁が存在すると述べている。この限界を、ノーランは約20年にわたってIMAX作品で協働してきたデヴィッド・キーリー氏から直接教えられたという。
IMAX 70mmフィルムは、劇場の映写室に設置された巨大な円盤状の装置「プラッター」に載せて上映される。フィルムは非常に重く、『オッペンハイマー』のIMAX 70mmプリントは全長約11マイル、重量約600ポンドに達していたとされる。この重量とサイズが、プラッターおよび映写システム全体の物理的な耐久限界を規定している。
ノーランの要求と、キーリーが示した”一つの部品”
興味深いのは、ノーランがこの制約を素直に受け入れたわけではなかったという経緯だ。ノーランはこれまで、プラッターをさらに大型化できないか、フィルムの端を固定する方式を変更できないかと、キーリー氏に繰り返し要求してきたという。
しかしキーリー氏は、ノーランを実際の映写室に連れて行き、ある一つの部品を示した。3時間の壁を超えるには、そのアームを含む映写システム全体を作り直す必要があり、さらにそれを世界中のIMAXシアターへ新たに導入することは現実的ではない、と。ノーランはこの説明を受け、最終的に3時間未満に収めることを受け入れたとされる。
この逸話が象徴的なのは、ノーランほどの作家が、創作上の判断を最後は”世界中の映写室のハードウェア”という、自分の手の届かない外部要因に委ねたという点だ。IMAXというフォーマットへのこだわりが原理主義的な域に達している一方で、その原理主義は同時に、彼自身の自由度を縛る枷にもなっている。
すべてのノーラン映画は『オデュッセイア』へ通ず
この物理制約との格闘は、今回に始まった話ではない。ノーランは16歳の頃からIMAXでの映画作りを志していたと語られており、『ダークナイト』シリーズでのIMAXカメラ導入以降、約20年にわたって同フォーマットの限界を押し広げ続けてきた。『オデュッセイア』はその集大成であると同時に、これまでで初めて全編をIMAXフィルムカメラのみで撮影した作品でもある。
つまり172分という尺は、ノーランのキャリア全体を通じた”IMAXとの交渉”の、現時点での到達点と言える。物語がこの尺に収まったのではなく、この尺の中に物語を収めることこそが、今作における作家的な挑戦の一部だったのだろう。
数字の裏にある妥協点を知って観る
『オデュッセイア』は世界興行収入が15億8000万ドルを超え、ノーラン作品として自己最高記録を更新中と報じられている。IMAX上映作品としても歴代トップクラスの成績を残しているが、その裏側には、監督自身が「分かった」と受け入れざるを得なかった一つの妥協点がある。
172分という数字を、単なる上映時間としてではなく、ノーランとIMAXという装置との20年越しの交渉の結果として捉え直すと、スクリーンの前で過ごす時間の意味も少し変わってくるはずだ。
『オデュッセイア』(2026年・アメリカ・2時間52分)
監督:クリストファー・ノーラン
出演:マット・デイモン、トム・ホランド、アン・ハサウェイ、ロバート・パティンソン、ルピタ・ニョンゴ、サマンサ・モートン、ジョン・レグイザモ、ゼンデイヤ、シャーリーズ・セロン、ジョン・バーンサル、ヒメーシュ・パテル、ビル・アーウィン、エリオット・ペイジ、ベニー・サフディ、コーリー・ホーキンズ、ミア・ゴス、トラビス・スコット
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