
西川美和『わたしの知らない子どもたち』、トロント映画祭 Platform部門の門出を飾る――アカデミー国際長編賞への「直通ルート」新設という制度変更も
トロント国際映画祭(TIFF、9月10日〜20日)のPlatform部門が、今年から日本映画『わたしの知らない子どもたち』(西川美和監督)のワールドプレミアでオープニングを迎えた。日本国内ではK2 Picturesが10月16日に劇場公開予定。この作品自体の紹介と同時に、Platform部門そのものに起きた制度変更にも触れておきたい。

西川美和が描く、終戦直後の東京
舞台は1945年、終戦間際から直後にかけての東京。身を守るために少年を装って生き延びる12歳の孤児の少女を主人公に据えた物語で、原作は西川自身の未発表小説だという。是枝裕和作品の脚本・助監督を長く務めてきた西川は、『ゆれる』『ディア・ドクター』『永い言い訳』『すばらしき世界』など、一貫して人間の弱さと倫理的な灰色地帯を丁寧に描いてきた監督だ。今回の題材は初めての本格的な戦後日本を舞台にした作品であり、これまでの現代劇中心のフィルモグラフィーからの大きな飛躍にもなる。
出演には小八重葵美、二階堂ふみ、役所広司の名が挙がっている。戦争を知らない世代の観客にとっても、「サバイバルのために性別を偽る」という設定そのものが強いフックになりそうだ。
Platform部門、アカデミー賞への「直通ルート」新設
ここからは業界構造の話になる。TIFFのPlatform部門は、コンペティション形式で新進監督の作家性に光を当てることを目的として2015年に始まったセクションで、今年で11年目を迎える。今年からは非英語作品の受賞作に、アカデミー国際長編映画賞への直接的な出品資格が与えられる初めての年となり、TIFFはこの資格を持つ世界でわずか6つの国際映画祭の一角に加わった。
これに合わせて今年はセクションの規模も10本から12本に拡大されている。審査員長はアルゼンチンのパブロ・トラペロ、審査員にはイギリスのアマ・アサンテ、台湾のシルヴィア・チャンらが名を連ねる国際色豊かな顔ぶれだ。Platform部門はこれまでもバリー・ジェンキンス(『ムーンライト』、2016年出品)やダリウス・マーダー(『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』、2019年出品)といった、後に国際的な評価を得ていく若手作家の登竜門として機能してきたセクションでもある。
なお西川自身、実はPlatform部門に馴染みのない監督ではない。2012年の『夢売るふたり』、2020年の『すばらしき世界』(英題:Under the Open Sky)と、いずれもTIFFで上映歴を持つ。今回はオープニング作品という最も目立つ枠での起用であり、TIFFが西川に置く信頼の厚さがうかがえる。
現地評判・まとめ
・オープニング上映では観客から温かい拍手。「過去を描きながら今の時代にも通じる」「子供たちの存在が強く心に響く」といった声。上映後は西川監督・小八重さんにサイン・写真希望の観客が殺到。
・批評面では”隠れた収穫”という評価が目立つ。Frame Dispatch(8/10)は「今年のトロントで最初に見つけた掘り出し物のひとつ」、Next Best Picture(8/10)は「達者な演技・優れた技術・力強い脚本」としつつ「150分はやや長すぎるリスクあり」と指摘。Unseen Filmsは「masterpiece」と最大級の評価で、小八重の演技を「感情を内に押し込め、崩れる瞬間に生命が戻ってくる」と称賛。DMovies も好意的。
・Variety は本作を年間注目作特集で取り上げ、「日本で最も安定して高評価を得ている作家の一人による作品」と位置づけ。単独インタビュー記事では、西川監督が「戦争加害国としての日本」の視点も込めたと語った点、広島出身で親族に被爆者がいながらこれまで戦争を扱ってこなかった経緯、コロナ禍の構想開始後にウクライナ・ガザ紛争が重なり「80年前が現在と近く感じられるようになった」という発言を紹介。
・Reuters配信の取材記事でも、西川監督が「日本の専守防衛の原則が崩れつつある兆候がある」と述べたことが報じられている。
・賞レース文脈では、本年からプラットフォーム部門受賞作にアカデミー国際長編賞への直通ルートが付与される制度変更の初年度に、日本映画として初めて開幕作品に選ばれたこと自体が話題性の中心。ただしNext Best Pictureは「オスカー展望:なし」と明言しており、本命視の論調はまだ強くない。
『わたしの知らない子どもたち』は、単に「TIFFに選ばれた日本映画」であるだけでなく、「TIFFという枠組み自体がアカデミー賞への新しい入り口として制度設計され直した、その最初の年のオープニング作品」というポジションに立っている。これまで国内の賞レースを中心にキャリアを積んできた西川自身にとっても、初めて明確な国際アワードシーズンの文脈に乗る作品になるかもしれない。
『わたしの知らない子どもたち』(2026年・日本・2時間30分)
監督・脚本:西川美和 (原作:『わたしの知らない子どもたち』西川美和/palmbooks刊)
出演:小八重葵美、二階堂ふみ、坂東龍汰、吉田羊、竹野内豊、岡田准一、田中裕子、役所広司、北村有起哉、赤間麻里子、櫻井海音、花瀬琴音、羽山由一郎、小林丞之介、岩田龍門、渋谷そらじ、武内ひなた 他
配給:K2 Pictures
公開日:2026年10月16日
TIFF 2026 Platform部門オープニング作品、ワールドプレミア
©︎2026 K2 Pictures
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