
霧島れいか、静かな越境の軌跡――台湾、韓国、そしてポーランドへ
9月23日、霧島れいかはポーランドにいる。本人のInstagramストーリーによれば、アグニエシュカ・スモチンスカ監督のSFスリラー『Hot Spot』上映イベントに合わせての渡航だという。
彼女のここ1年ほどの足跡を追うと、これが単発の慶事ではないことが分かってくる。台湾での撮影、韓国での仕事、ギリシャでのポーランド映画撮影、そして出演したSABU監督の最新作がヴェネチア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門に出品され、続いて作品がトロント国際映画祭や世界の映画祭サーキットを駆け巡っていること。彼女自身、国内での仕事のペースを落とすことなく、同時並行で複数の国をまたいで現場に立ち続けている。
なぜ今、霧島はこれほど国境を越えていくのか。

SNSで静かに刻まれる越境の記録
時系列で並べてみると、霧島の旅の軌跡は驚くほど密度が高い。
2025年11月、台湾で映画の撮影のため現地入りしている。台風が接近する中での渡航だったが、無事に撮影を終えたことを本人がSNSで報告している。これがのちに台湾と日本のキャストが集められたSABU監督作『アレステッド・メモリー(原題)』として第83回ヴェネチア国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門へ選出され、世界の映画祭サーキットを巡っている。キャストは台湾の俳優イーサン・ルアン、ムーン・リー、シェ・インシュエンに続き、堤真一、霧島れいかという並びだ。日本公開は2027年を予定している。
年が明けてからは韓国だ。本人の投稿によれば「しばらく仕事で韓国にいます」とのことで、時期からすると2026年の早い時期にあたる。具体的な作品名までは公表されていないが、東京の桜には間に合わず「来年のお楽しみ」と綴っているあたり、それなりの長期滞在だったことがうかがえる。
さらに、ポーランドの俊英監督アグニエシュカ・スモチンスカが手がけた『Hot Spot』にも出演している。この作品は2026年7月に北米で先行上映され、ポーランドでの本国公開は9月25日を予定している。そして9月23日、霧島は第51回グディニャ・ポーランド映画祭での上映のためポーランドに向かった。台湾での撮影、韓国での仕事、そして今回のポーランド行き。この1年の動きは、3つの海外プロジェクトにまたがっている。
『Hot Spot』という賭け
正直に書いておく。『Hot Spot』は、決して手放しで評価されている作品ではない。
AIに支配された近未来を舞台にしたこのサイバーパンク作品は、海外の批評家の間で評価が真っ二つに割れている。ある批評家は「見るより語る方が面白い映画」と評し、ワールドプレミアでは十数人の途中退席が報告されたという厳しいレビューもある。一方で、この奇妙な挑戦そのものを歓迎する声も根強く、監督スモチンスカの前作『ゆれる人魚』から一貫する、感覚的に圧倒してくる作家性を評価する批評家もいる。興行規模は決して大きくはない。
ここで思い出しておきたいのは、今でこそ古典として扱われる作品の多くが、公開当時は酷評されていたという、映画史ではありふれた現象だ。『ブレードランナー』(1982年)は公開時、興行的に惨敗し、批評も割れていた。今の評価を知る者からすれば信じがたいが、当時のレビューには「退屈で長すぎる」という声も少なくなかった。『Hot Spot』がこの系譜に連なるかどうかは、誰にも分からない。だが少なくとも、同時代の評価がすべてではないという前提に立つなら、霧島がこうした賛否両論の実験作にキャストとして飛び込んでいること自体に、意味を見出す余地はある。
そして追記しておきたい一報がある。9月26日、ポーランド最大・最古の自国映画祭である第51回グディニャ・ポーランド映画祭が閉幕し、『Hot Spot』はコンペティション部門出品作の中で最多タイとなる4冠を獲得した。音楽賞、音響賞、衣装デザイン賞、そして『ポゼッション』のアンジェイ・ズラウスキー監督を記念した特別賞「黄金の爪(Złoty Pazur)」賞だ。グランプリの「黄金の獅子賞」こそ逃したものの、審査委員長をポーランドを代表する名匠クシシュトフ・ザヌッシが務めたこの映画祭で、スモチンスカの作家性そのものが正当に評価された形になる。海外のワールドプレミアで賛否が割れたのとは対照的に、本国ポーランドでは技術部門を中心に高い評価を得た、というのが本作の現在地だ。
なぜ今、越境するのか
ここから先は編集部の見立てになるが、いくつかの補助線は引ける。
ひとつは、日本映画そのものの国際的な文脈の変化だ。濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(2021年)は米アカデミー賞・国際長編映画賞を受賞し、日本映画が「現代アート系の海外市場」でも通用するという実例を作った。霧島自身もこの作品に出演しており、この転機を現場の内側から経験した俳優のひとりでもある。
もうひとつは、SABU監督という存在だ。SABUはこれまでも海外の映画祭で継続的に評価されてきた監督だ。霧島にとって彼の作品への出演は今回が初めてだが、その初参加がいきなりヴェネチア選出作品だったという事実は、単なる偶然の起用というより、国際的な評価回路の中にすでに足がかりを持っていたことの表れとも読める。
そしてもうひとつ、として付け加えるなら、年齢という要因も無視できない。日本の芸能界では、女優のキャリアが一定の年齢を境に「役の幅」で苦しくなる構造が、しばしば指摘されてきた。海外のプロダクションは必ずしも同じ物差しで俳優を見ない。台湾や韓国、ヨーロッパの作家性の強い監督たちが、年齢に縛られない役を用意している可能性は十分にある。
積み上げてきたキャリアの縦軸
この越境は、決して突然の飛躍ではない。
霧島は名古屋でモデル活動を経て上京し、1998年にドラマデビューしている。決して最短距離のスタートではなかった。転機になったのは『ノルウェイの森』(2010年)のレイコ役で、ここで一躍注目を集める。その後も『しあわせのパン』(2012年)、そして『ドライブ・マイ・カー』と、着実に実績を積み重ねてきた。
『ドライブ・マイ・カー』での霧島の役どころは、興味深い立ち位置にある。演じた家福音は、物語の開始からおよそ40分で世を去る役だ。だが海外の批評でも、この謎めいた音役について名指しで「特筆に値する」と評されるなど、決して埋没した存在ではない。むしろ退場後も、テープに残された声と、生前語られなかった物語の断片という形で、作品全体を最後まで規定し続ける。短い出演時間でどれだけ作品に影を落とし続けられるか、という基準で見れば、音はヒッチコック『サイコ』のジャネット・リーにも連なる、機能として成功した早期退場の系譜に位置づけられる。派手な主演級の知名度というより、作家性の強い監督から「効く」と信頼される玄人好みの立ち位置。それが、彼女の国際的なキャリアの実像に近いのかもしれない。
映画だけでなく、ドラマの仕事も途切れることなく続けている。2025年公開の『TOKYO BURST 犯罪都市』では相葉の母役で出演し、2025年の『消滅世界』でも雫役を演じた。ドラマでも『雨上がりの僕らについて』(2025年)、『白暮のクロニクル』(2024年、全12話)、Netflix・ABEMA配信の『わかっていても the shapes of love』(2024年)と、映画・ドラマ・配信を横断しながら出演が途切れることはない。国内の稼働率の高さもまた、彼女の持ち味のひとつだ。
つまり今回の越境は、国内の仕事が先細ったから海外に活路を求めた、という話ではない。国内のペースを維持したまま、海外の現場を同時に増やしているという点にこそ、注目すべきところがある。
淡々と静かに刻まれる意志
『アレステッド・メモリー』の日本公開は2027年を予定、そして賛否両論の実験作『Hot Spot』が、いずれどう再評価されるのか。現時点では全くの未知数である。
だが、一つだけ言えるのは、彼女がこの1年で見せてきた動きは、一つの市場にも、一つの評価軸にも依存しないという意志の表れに見える、ということだ。それは声高な宣言としてではなく、SNSの淡々とした近況報告の中に、静かに刻まれている。
台湾で。韓国で。そしてポーランドで。大きなスポットライトを浴びなくても、選ばれ続けるという形で、彼女はちゃんと世界と繋がっている。次にどの国のスクリーンで会えるのか、気長に待ちたい。
『Hot Spot(原題)』(2026年・ポーランド、ギリシャ、ノルウェー・1時間41分)
監督:アグニェシュカ・スモチンスカ
出演:アンジェイ・コノプカ、ノオミ・ラパス、霧島 れいか 他
© 2026 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.
Reels:
Reload:
AI利用に関する開示:本記事は取材・構成の一部でAIツールを活用しています。情報の選択・検証・編集判断は編集部が行っており、データジャーナリズムの透明性の観点からこれを明記しています。


