
『雌鶏』を演じた8羽の「新人俳優」を支えたのは、あの伝説の調教師だった
9月25日、異色のヒューマンドラマ『雌鶏』が公開された。養鶏場の出荷トラックから逃げ出した1羽の雌鶏が、ある家族のもとに流れ着き、恋を知り、卵を産み、しかしその卵は毎日回収されてしまう——という寓話的でユーモラスな物語を、8羽の雌鶏が役割分担しながら”演じる”作品だ。CGIや特殊効果には一切頼らず、実演のみで撮影されている。
監督は『ハックル』『タクシデルミア ある剝製師の遺言』でアカデミー賞国際長編映画賞のハンガリー代表に選出されてきた鬼才、パールフィ・ジョルジ。本作は2025年・第50回トロント国際映画祭のプラットフォーム部門(トロントで唯一のコンペティション枠)で審査員特別賞(特別表彰)を受賞し、第38回東京国際映画祭や第73回サン・セバスティアン国際映画祭でも上映されている。

Story:
養鶏場で生まれ育った1羽の雌鶏が、出荷用トラックから脱走する。刺激と危険に満ちた外の世界で、雌鶏はある事情を抱えた家族が暮らす家に辿り着き、庭の小屋で新しい生活を始める。そこで恋を知り、卵を産み、育てようと決意するのだが、産んだ卵は毎日人間の手によって回収されてしまう——。雌鶏の視点を通して、移民問題や人身売買、貧困、格差といった現代ヨーロッパ社会の理不尽さが、ユーモラスかつ寓話的に描かれていく。
Behind The Inside:
“動物版アカデミー賞”の裏側にいた男
本作のプレス素材では、動物トレーナーのアルパード・ハラシュが「世界的に著名な」人物として紹介されている。実際に彼の経歴を辿ると、ある一本の映画に行き着く。2014年カンヌ国際映画祭のある視点部門でグランプリを受賞したハンガリー映画『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』だ。
『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』は、200匹以上の野犬の群れが人間に反乱を起こすという物語を、こちらもCGI不使用・実演のみで撮り切った伝説的な作品。主演犬ハーゲンは、その年のカンヌで犬の演技に贈られる「パルム・ドッグ賞」を獲得している。ハラシュは、ハリウッド側の調教師テレサ・アン・ミラーとともに、このプロジェクトで犬たちの調教を担当したチームの一員だった。
つまり『雌鶏』の”ニワトリの演技”は、突然変異的な企画ではない。ハンガリー映画界には、CGIに頼らず動物を本物の”俳優”として撮り切るという、ハラシュを媒介にした技術的系譜が存在する——タクシデルミア(剝製)というモチーフで人間の身体そのものを異化してみせたパールフィ・ジョルジが、今度は動物の視点そのものを主役に据えたのは、決して偶然ではないのかもしれない。
Under The Film:
鶏に関する俗説をことごとく覆す
「鶏は三歩歩くと忘れる」という俗説を随所で覆してみせるという本作の演技指導は、ハラシュの経験に裏打ちされたものだろう。『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』で暴力と反乱のエネルギーを犬たちから引き出した同じ手が、今回は雌鶏一羽の恋と喪失という、もっと静かで内面的な演技を引き出している。その振れ幅にこそ、彼の仕事の凄みが見える。
派手な動物パニックではなく、1羽の雌鶏の恋愛と母性を丁寧に演じさせる——『雌鶏』は、ハラシュというハンガリーの”動物監督”のキャリアの中でも、新しい引き出しを見せた一本として観ると、また違った面白さがあるはずだ。
『雌鶏』(2025年・ギリシャ、ドイツ、ハンガリー・1時間36分)
監督:パールフィ・ジョルジ
出演:ヤニス・コキアスメノス、マリア・ディアコパナヨトゥ、アルギリス・パンダザラス、エレニ・アポストロポウロウ、
マーモッド・バメルニー、アントニス・シオシオポウロス、アントニス・カフェゾポウロス
配給:ハーク
公開日:2026年9月25日
© 2025 Pallas Film-Twenty Twenty Vision-View Master Films-ZDF
Reload:
AI利用に関する開示:本記事は取材・構成の一部でAIツールを活用しています。情報の選択・検証・編集判断は編集部が行っており、データジャーナリズムの透明性の観点からこれを明記しています。


