
テッド・カジンスキーを作ったのは誰か――『ユナボマー』とハーバードの心理実験史
Netflixで9月25日(金)より独占配信が始まった『ユナボマー』(原題:Unabomber)は、単なる犯罪者の変貌記ではない。監督ヤヌス・メッツが提示するのは、照明の異なる二つの部屋だ。一つは1959年前後のハーバード大学の地下室、もう一つはそこから数十年後の犯行現場。本作はこの二つの部屋のあいだに身を置き、どちらが本当の犯罪現場だったのかを問いかけてくる。

Story&Structure:
本作は二つの時間軸を交互に描く構成をとる。
一つ目の軸は1950年代後半、16歳でハーバード大学に数学の神童として入学したテッド・カジンスキー(ジェイコブ・トレンブレイ)の学生時代だ。そこで彼は心理学教授ヘンリー・マレー博士(ラッセル・クロウ)と、その同僚クリスティアナ・モーガン(アナベル・ウォーリス)が主導する一連の心理実験の被験者となる。当初カジンスキーはマレーを知的な導き手、いわば父性的な存在として慕うが、実験は次第に彼の内面を静かに、しかし確実に蝕んでいく。表向き学術的な人格発達研究でありながら、実際にはCIAの資金提供を受け、のちのMKウルトラ計画の初期段階とも結びついていたとされるこの実験の内実が、彼の孤立をさらに深めていく過程が描かれる。
もう一つの軸は数十年後、モンタナの山中から発送される連続小包爆弾によって全米が震撼するさなか、FBI捜査官ジョアン・ミラー(シェイリーン・ウッドリー)が指揮する捜査線だ。FBI史上最長・最高額とも言われる規模の捜査が展開されるなかで、ハーバード時代の”見えない傷”が徐々に浮かび上がり、野心と孤立がどのような帰結をもたらすかが明らかになっていく構成になっている。
トレンブレイは少年期の内向性と孤立から、寡黙な過激派への変貌までを演じ分け、クロウのマレー博士は怒鳴ることも脅すこともない”知的な加害性”――穏やかな物腰の裏で若者の人格を解体していく様――を体現する。二つの時間軸が交差する構成そのものが、”何が彼を作ったのか”という本作の問いを支える骨格になっている。
実際のユナボマー事件は1978年から1995年にかけて16件の爆弾が発送・仕掛けられ、3人が死亡、23人が負傷した、FBI史上最長規模の捜査対象となった事件である。トレンブレイ自身、台本を読むまでカジンスキーがハーバード出身だったことを知らなかったと明かしており、成人期のカジンスキーの肉声や仕草を記録から研究したうえで役作りに臨んだという。実話ものとして規模の大きさに頼るのではなく、”神童がいかにして孤立していったか“という一点に焦点を絞る演出方針が、この準備からもうかがえる。
Behind The Inside:
ハーバードの心理実験史――何が事実で、何がそうでないか
本作の背骨になっているのが、ハーバード大学の心理学者ヘンリー・A・マレー博士が主導した研究である。ここは実録犯罪作品として避けて通れない部分であり、事実関係を丁寧に切り分けておきたい。
マレー博士の研究は正式名称を”Multiform Assessments of Personality Development Among Gifted College Men”(優秀な男子大学生における人格発達の多面的評価)といい、1959年から1962年にかけて実施された。22人の学部生が被験者として参加し、カジンスキーもその一人だった。手法は、被験者に自らの信条や野心を綴ったエッセイを書かせたうえで、電極をつけて生体反応を測定しながら、そのエッセイの内容を第三者に徹底的に攻撃させるというもの。友好的な討論ではなく、意図的に被験者の人格を追い詰めるよう設計された尋問だったとされる。カジンスキーはこの研究に3年間、卒業まで参加し続けた。
この研究がCIAの秘密計画MKウルトラと直接結びついていたかどうかは、実のところ確定していない。マレー博士は第二次大戦中、CIAの前身であるOSS(戦略諜報局)に所属し、アドルフ・ヒトラーの心理分析報告書を執筆した経歴を持つ人物だ。研究資金の一部は国立精神衛生研究所(NIMH)の助成金「M-1287」から出ており、CIAがこの時代のNIMH関連の行動科学研究にヒューマン・エコロジー基金などを介して資金提供していた事実も知られている。マレー博士自身がMKウルトラ計画の正式な資金提供を受けていたと明言する記録は、関連文書の大量廃棄により今も確認できていない――全ては想像の域を出ない。
そして何より、当のカジンスキー本人がこの”実験がユナボマーを生んだ”という物語に強く異を唱えている。獄中からディスカバリーチャンネルの関連番組に宛てた手紙の中で、彼は「マレー博士の研究の過程で不快な経験は一度きりで、30分ほどのものだった。どんな緩い意味でも”拷問”とは呼べない」「CIAは関与していなかった」と明言している。加害と被害という単純な図式に落とし込みたくなる題材だからこそ、この当事者自身の否定は、本作を語るうえで欠かすことのできない補助線になる。
Under The Film:
猟奇性を避け、何が起きたのかを静かに掘り下げてゆく
トレンブレイの演技は、無邪気な神童から寡黙な過激派へと移り変わる過程を、大きな芝居に頼らず表情の陰影だけで積み上げていく。対するクロウ演じるマレー博士は、怒鳴ることも脅すこともない。むしろ理知的で紳士的であるがゆえに、その”実験”の暴力性が際立つ構造になっている。実録犯罪ジャンルにありがちな猟奇性の誇張を避け、教育機関という”善意の制度”の内側で何が起きていたのかを静かに掘り下げていく作りは、事件そのものを知る観客にも新鮮に映るはずだ。
加害者一人の物語には収まらない問い
『ユナボマー』が突きつけてくるのは、“天才”を発見し育てるはずの機関が、同時にその人格を実験材料として扱いうるという居心地の悪さだ。マレー博士とカジンスキーという二人の対比を通して、本作は加害者一人の物語には収まらない問いを残す。Netflixで手軽に観られる作品だが、鑑賞後にこの史実の輪郭をたどり直すと、また違った重さで迫ってくるはずだ。
2026年製作/97分/アメリカ
監督:ヤヌス・メッツ
出演:ジェイコブ・トレンブレイ、ラッセル・クロウ、シェイリーン・ウッドリー、アナベル・ウォーリス、
アレクサンダー・ルドウィグ、スティーブン・オッグ、マーク・メンチャカ
配信:Netflix
配信開始日:2026年9月25日
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