2023年度アカデミー賞最多ノミネートを果たした監督ユニット、「ダニエルズ」って、どんなヤツら?
本年度アカデミー賞10部門11ノミネートされたマルチバースとカンフーがミックスした異端のSFアクション・アドベンチャー映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。
すでに本作で世界各国で391ノミネートと260もの途方もない数の受賞を果たしている近年稀に見る発想の作品内容もさることながら怪作中の怪作と呼べる映画。
「ダニエルズ」名義の長編映画はまだ2本目でしかない最新作にして、とんでもない作品を生み出したダニエル・シャイナートとダニエル・クワンによる監督ユニット「ダニエルズ」とは、一体何者?
第95回アカデミー賞10部門11ノミネート:
- 脚本賞・ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
- 作曲賞・サン・ラックス
- 歌曲賞・”This Is a Life” ライアン・ロット(サン・ラックス)デヴィッド・バーン、ミツキ
- 作品賞・ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート、ジョナサン・ウォン
- 監督賞・ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
- 主演女優賞・ミシェル・ヨー
- 助演女優賞・ジェイミー・リー・カーティス、ステファニー・スー
- 助演男優賞・キー・ホイ・クァン
- 衣装デザイン賞・シャーリー・クラタ
- 編集賞・ポール・ロジャース
Reload:
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス/Everything everywhere all at once』(2022年・アメリカ・2時間19分)
監督:
ダニエルズ(ダニエル・シャイナート、ダニエル・クワン)
出演:
ミシェル・ヨー、ステファニー・スー、ジョナサン・キー、ジェイミー・リー・カーティス 他
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作風も映像哲学も一味違う監督ユニット「ダニエルズ」
本年度アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞、以下、撮影以外の主だった賞はノミネートを果たした『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。
監督はアラバマ州出身のダニエル・シャイナートと、マサチューセッツ州出身のダニエル・クワンがボストンのエマーソン大学在学中に出会い、映像制作ユニットを組んだことから始まる、長年の親友同士による監督と脚本執筆の共作ユニット「ダニエルズ」である。
全くブレない考えを持つ二人はミュージックビデオや短編映画をダニエルズ名義で作り続け、ドラマのエピソード演出の仕事を受注しながら、アート作品にマーケティング力をもたらした製作会社A24と幸運にも出会い、商業映画製作へと辿り着いた。
映像制作を始めた頃の初期の作品のどれもが、「ダニエルズ」以外にあり得ない映像が展開される唯一無二の世界観。
彼らがタランティーノやソダーバーグ、フィンチャー、ノーランといった世界で映画をヒットさせることができる、現代ハリウッドの一角を成す一癖ある映像作家たちの次を担う監督であることは本作でさらに明らかとなった。
しかもストーリーの思考回路や映像演出の毛色が変わっていて、やりたいこと以外は一切やらないという潔いマインドも持っているのだ。
初期からキレッキレに飛ばしまくったその映像センス
「ダニエルズ」のキャリアはミュージック・ビデオ作りからスタートする。
以前からその突飛な映像演出は全開で、 2014年リリースされたDJ スネークとリル・ジョンの “Turn Down for What”のMVでの変態プレイ・スレスレのキレッキレの演出は、ローリングストーンズ誌に「完全に狂ってる!」と評された。
ダニエル・クワンが主演するこのMVは2014年のMTV Video Music Awardsで最優秀監督賞を受賞した。
また同MVはリリースから6年後の2020年には10億回再生された。
初期からその異端の映像作りは観るものを熱狂させる力があり、金字塔を打ち立てていたのだ。
同年2014年に監督した赤いボールがバウンスしてゆく先々で起こるありふれた世界をシュールな目線で描いた奇怪なダーク・コメディ・ショート『インタレスティング・ボール/Interesting Ball(原題)』は、「ダニエルズ」の映像哲学や彼らが表現したい本質が詰まった原点的傑作である。
この作品でもダニエル・クワンとダニエル・シャイナートは出演者の一人として登場し、ダニエル・シャイナートにとって、劇場公開映画第2作目となったシャイナート単独監督作『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』(2019年)の元ネタといえるシュールなプロットを二人で嬉々として演じている。
今まで見たことない常識破りのナイキCM
2016年のリオデジャネイロ・オリンピックのオープニング・セレモニー中に放送され、ナイキを履くことでスーパーパワーを得たかのように自らの限界超えを実現してゆく普通の人々のナンセンスだが夢のある映像作品を演出し、大きな話題を呼んだナイキのCM『Unlimited You』は、「ダニエルズ」のクリエイティビティが損なわれないように広告代理店の最大限の協力の元、「ダニエルズ」らしい自由溢れる演出をしている。
初長編映画はダニエル・ラドクリフがオナラを出す死体役
トンガリまくったダニエルズの映像センスは、気鋭の映画製作会社A24の目に留まり、初めての長編映画作品『スイス・アーミー・マン』(2016年)として結実する。
無人島に漂流した孤独な青年(ポール・ダノ)が、スイス・アーミー・ナイフのように変幻自在に変化する不可思議な漂着した死体(ダニエル・ラドクリフ)と共に島から脱出を試みる荒唐無稽なサバイバル・アドベンチャー。
『スイス・アーミー・マン』は、サンダンス映画祭でクリエイティブとユーモアが共存する唯一無二の挑発的なエンターテイメントとして評価され、監督賞を受賞している。
ダニエル・シャイナート単独監督作は、田舎町を舞台にしたユルユル・ミステリー
その後もA24との付き合いは途切れることなくダニエルズの片割れであるダニエル・シャイナートは、一人プロジェクトとして、ダニエル・クワンが参加しない映画を監督する。
それがダニエル・シャイナートにとっての長編映画監督作第2作目『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』(2019年)である。
Reload:
故郷アラバマを舞台にいい歳の大人3人組の一晩のバカ騒ぎの果てに一人が死にその後始末の顛末をユーモラスに描いた皮肉と苦笑が入り混じるユーモラスなミステリー。
有名俳優に打診しても断られ、誰も演じてくれる俳優がいなかったため監督のダニエル・シャイナート自らストーリーが始まってほどなく死体となり果てるディック・ロングを演じている。
サスペンスであるのに人間模様をユルユルと描く映画が漂わせるシニカルでブラックなユーモアは、ヒッチコックの『ハリーの災難』(1955年)やコーエン兄弟の『ファーゴ』(1996年)を想起させる。
未来の映画の楽しみがまたひとつ増えたその類まれな作家性
まだ長編2作目となる『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』だが、アカデミー賞10部門にノミネートされ、一躍注目を集める存在となっている「ダニエルズ」。
これだけのノミネート数をゲットしたのは、A24のマーケティング神通力の賜物なのか?
『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984年)のショート・ラウンド役や『グーニーズ』(1985年)のリッキー・ワン役などで名を馳せたが、本作で20年ぶりにメインキャストとして、映画出演を果たしたキー・ホイ・クァン。
ゴールデングローブ賞映画部門で助演男優賞を受賞し、「ダニエルズ」との出会いに感謝し、涙ながらにその気持ちを伝えていたなど、すでに感動のドラマは始まっている。
監督した作品数が少ないため、その実力は未知数ともいわれている「ダニエルズ」だが、メインレースで無冠に終わろうともその作家性は次々とまだ見ぬ地平線を切り開いてゆくことだろう。
映画の神のみぞ知る受賞結果は、アカデミー賞授賞式まで首を長くして待っていたい。