一人の女性の人生を重層的に描く『時の解剖学』ジャッカワーン・ニンタムロン監督とのリモートQ&A全文掲載
第22回東京フィルメックス・コンペティション部門最優秀作品賞受賞‼ 『時の解剖学』
上映後、ジャッカワーン・ニンタムロン監督とのQ&A全文掲載。
Story:
1960年代後半と現代のタイ。
軍事独裁政権と共産主義反政府勢力の間の緊張関係が高まる中、若きマーム(プラパーモントン・イアンジャン)は、時計職人の父親と田舎町で暮らしている。
彼女は温厚な人力車の運転手の青年と野心的な陸軍高官の男という両極端なタイプの男性から好かれているが、
次第に3人の関係は不協和音を奏で始める。
一方、現代を生きる老年期のマーム(タウィーラッタナ・リラヌジャー)は、寝たきりの老いた男性の介護をしているが・・・。
『時の解剖学』リモートQ&A
神谷プログラム・ディレクター(以降、神谷PD):
『時の解剖学』Q&Aにお越しくださいまして、どうもありがとうございます。
これよりQ&Aを開始したいと思います。
まずは監督から一言いただきましょう。
ジャッカワーン・ニンタムロン 監督(以降、ニンタムロン監督):
今日は、御来場いただきましてありがとうございます。
フィルメックスにもご招待いただきましてありがとうございます。
楽しんでいただけたのなら嬉しいですし、質問も楽しみにしています。
宜しくお願いいたします。
神谷PD:
はい、ありがとうございます。それでは最初の質問に行かせていただきます。
まず、この作品製作のきっかけについて、また最初にあったアイデアについてお聞かせください。
ニンタムロン監督 :
今回の物語は、自分の母親の物語にインスピレーションを得ています。
父が事故でずっと寝たきりで母が介護をしていました。
残念ながら父は撮影前に亡くなりました。
母が長い間、忍耐をしながら苦労をして父の介護をするということの意味について、知りたいというのが大きな問いであり、本作製作の目的でありました。
神谷PD:
はい、ありがとうございます。 では次の質問となります。
本作は、2つの時代が描かれ複雑に構成されていました。現在の物語の形は初めから考えられていたものなのでしょうか?
ニンタムロン監督 :
最初は構想があったのですが、編集を進める内にこの形になったという結果です。
時間の本質とは何なのか?時間とは何だ?そのことを考えながら編集をしていきました。
時は私たちの生活の中で過去、現在、未来を指し示すものとして体感していますけど、時間というものには終わりがあるものなのだと。
死が訪れた時に、その死によってそこを取り巻く世界が閉じた時に時間というものは、一旦、終わります。
この映画は死から始まり死に終わります。そうすることで時間の意味が伝わってくると考えます。
神谷PD:
ありがとうございます。ちょうど時間に関する質問が届いています。
前作『消失点』を観て、監督が時間に興味があるということがよく分かります。その理由を教えていただけますか?
ニンタムロン監督 :
人は人生を重ねていくと過去の自分とは違う人間になると思うのです。
有名な哲学者も言っていたことです。
人は同じ川に足を踏み入れることはしない。これは人は成長し続けるものであるし、川もまた流れ続けているということです。
仮に同じ川に戻ってきたとしてもその川は流れ続けているし、その人もまた以前とは違った人になっているので、本当の意味で同じ場所に戻ってはいないのです。
私たちは、時を経ると違う人間になってしまう訳だし、過去に囚われたままではいられない。
私たちは変化を止めることはできないから人生をあるがままに受け入れて生きてゆくしかないのです。
神谷PD:
はい、ありがとうございます。キャスティングに関する質問が来ています。
主人公の女性マームの若い頃と老年期を2人の女性が演じていましたが、配役の考え方について教えてください。
また、この2人の俳優にはどのような演出をしましたか?
ニンタムロン監督 :
この年代別の2人の女性のキャスティングはかなり大変なことではありました。
メスを入れる解剖のシーンはありましたし、2人共に裸体を見せるシーンはありましたし、特に老年期を演じた俳優もフルヌードのシーンがあり、それを演じてもらえる俳優を見つけるのに1年以上かかりました。
色々な俳優にアプローチしたのですが、亡くなられてしまわれたり、断られたりしている内にこの役にピッタリなタウィーラッタナさんと巡り会いました。タウィーラッタナ さんは、タイの女性に関する書物の執筆家の奥様で、若いころはファッション・モデルの経験もあったそうです。映画への出演は10年ぶりだったそうです。
年老いた女性を演出するのはとても難しく挑戦でした。『消失点』では実験的な演出をしましたが、本作ではリアリティ重視で、キャラクターへの入り方もちょっとメソッド系の演出をしています。
タウィーラッタナ さんは、実際の家で過ごし、そこで撮影をし、介護ホームでの実習で追体験することで時間をかけて役に入り込んでいきました。
神谷PD:
はい、ありがとうございます。では、次の質問に参ります。
若い頃の場面でナイトクラブで歌っていたあの歌について教えてください。
ニンタムロン監督 :
あの曲は、昔、タイにあった古い有名曲のリメイクです。
原曲の著作権を親族から得ることが出来たので映画の内容にもマッチしたのであの曲を採用しました。
詞の内容は、愛に関しての歌で、愛すること愛されることの不安についてとなっています。
神谷PD:
はい、ありがとうございます。残念ながら時間が限られてきていますので、次が最後の質問となります。
撮影が素晴らしかったと思います。撮影監督の方とはどのように仕事を進められたのでしょうか?
また『消失点』と比べて、撮影方法に変化はあったのでしょうか?
ニンタムロン監督 :
本作は、よりナチュラリストな撮影といえるでしょう。ドキュメンタリーのように自然の風景を忠実に美しく撮影することに注意を払いました。
ですので、撮りたい季節がやって来るまで待ちました。犬が出てきますが、犬のお産のシーンもありましたし、犬の成長を待たなければならなかったので忍耐が必要でもありました。
撮影のプッティポン・アルンペンさんによる撮影は素晴らしく、満足のいく作品に結実しました。
神谷PD:
残念ながら時間が来てしまいましたので、これにてQ&Aを終了させていただきますが、最後に監督から一言いただけますでしょうか?
ニンタムロン監督 :
皆さま、御来場ありがとうございました。そして、フィルメックスからのご招待、本当に感謝しております。
オンラインでのリモートQ&Aはとても楽しめました。
東京フィルメックスの益々のご成功を祈っております。
ありがとうございました。
『時の解剖学/Anatomy of Time(原題)』 (2021年・タイ、フランス、オランダ、シンガポール・1時間58分)
監督:
ジャッカワーン・ニンタムロン
出演:
タウィーラッタナ・リラヌジャー、プラパーモントン・イアンジャン、ソーラバディ・チャーンシリ、ワンロップ・ルンガムジャット