荒涼たる風景美と詩情で紡ぎ出される孤高の世界『クレーン・ランタン』
第21回東京フィルメックスでグランプリを受賞した『死ぬ間際』のヒラル・バイダロフ監督最新作。前作からさらに研ぎ澄まされた究極の風景映像美に酔う!
Story:
暗い屋内で対話する男が二人。
法学生のムサが、4人の女性を誘拐した罪で収監されているダヴに面会している。
彼がなぜか被害者たちから告発されていないことに疑問を抱いたからだ。
二人の対話は静かで抽象的。
そして、ムサはダヴに4人の女性たちに一緒に会いに行こうと提案する。
なぜ彼女たちはみな、彼を告発しなかったのかを知るために。
そこから、二人の対話を交えながらの静かなる旅が始まる。
圧巻の風景映像美と、それぞれのイメージを表現するためにこだわり抜いて創られたサウンドデザインの世界
緑濃い森、荒涼とした砂色の原野、荒野の中に佇む家、灰白色の雪に覆われた平原を進む車、原油採掘のクレーンが立ち並ぶ油田・・・。
次々と異なる風景の中を進みながらも、その底に流れる色調は統一されているかのような印象を受ける。
人は到底敵わない自然の力強さと、ざらざらとした質感。
その中でもがくように生きる人の想いの行き着くさき。
流れてゆく風景と交わされる対話、そして思想を問う語りは直接的には関係ないかのように見える。
だが、自然の風景と登場人物たちにそれぞれ合わせて創られた音が、あたかも人間の言葉と風景とが繋がっているかのような思いを抱かせる。
原題の『Crane Lantern』とは『鶴を導く灯火』の意であり、闇夜に飛ぶ鶴を湖に導く灯りでありながら、同時に狩猟者が鶴を誘き出す目印でもある。
善意と悪意双方の意味を持つ『Crane Lantern』。
主人公のダヴは、自らをその鶴になぞらえて人生を問う。
灯りに導かれた鶴は、湖に辿り着いたのか、それとも辿り着く前にハンターに撃たれたのかと。
ストーリーはダヴが誘拐した女性たちから告発されていないことを契機として始まるが、そのこと自体は重要ではなく、ダヴや女性たちが人生を見つめ返すきっかけとして描かれており、アゼルバイジャンの原風景を辿りながら己の内側を見つめる旅に誘われるような心持ちになる。
本作は、荒漠たる風景に物語性を与える詩と、命を吹き込むサウンドデザインによって唯一無二の世界観を築き上げた傑作となったといえるだろう。
もう一度観たいと思う映画のひとつである。
Behind The Inside:
ヒラル・バイダロフ監督は実に約2年もの時間をかけて本作を撮影・制作したという。
また、その制作方法は美しさを感じた風景を直感で撮影しつつ、その場で得たインスピレーションを元にセリフや詩を書いて役者に渡し、撮影するという手法を取っている。
膨大な量の映像を全て2度見直し、編集し、自然音そのままではなく監督のイメージを鮮明に描き出すための音を創りこんでいく作業は果てしなく苦しいものだったそうだが、脚本なしで即興で撮りつつ、それをひとつのテーマを持った作品に仕上げる見事さは、名匠ウォン・カーウァイの手法を思い起こさせる。
前作の『死ぬ間際』もその風景映像美に圧倒されたが、本作はさらに磨き上げられ、その音の世界とともに練りこまれ、さらなる高みに到達している。
作品ごとにブラッシュアップを重ねるバイダロフ監督の類まれなセンスと才能、次回作も非常に楽しみである。
Awards:
- 第34回東京国際映画祭 最優秀芸術貢献賞
『クレーン・ランタン / Crane Lantern』(2021年・アゼルバイジャン・1時間41分)
監督:ヒラル・バイダロフ
出演:オルハン・イスカンダルリ、エルシャン・アッバソフ、ニガル・イサエヴァ
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第34回東京国際映画祭(2021)
第34回東京国際映画祭 2021年10月30日(土)~11月8日(月)【10日間】[会場]日比谷・有楽町・銀座地区にて