戦争における倫理観についての考察ドキュメンタリー『キエフ裁判』『破壊の自然史』
過去の戦争に眼差しを向け現代に警鐘を鳴らすウクライナ出身のセルゲイ・ロズニツァ監督の最新作2選。
連合軍による史上空前の大空爆とナチス・ドイツを断罪する軍事裁判の当時のフッテージを編集して提示するという独特のアーカイヴァル・ドキュメンタリーの手法で現代人の心へ揺さぶりをかける。
戦争を終結させるために多くの民間人を巻き込んだ大量無差別殺戮と戦後の軍事裁判での正当性から個人を極刑に処する倫理観。
2作品を通して、人とは? 戦争とは? そして正義とは?を問う
Story:
日本では2020年に初めて紹介されてから現在に至るまで7作品が劇場公開されてきたウクライナ出身のセルゲイ・ロズニツァ監督。
2014年のユーロマイダンとロシアによるクリミア半島の一方的な併合以降、旧ソ連時代から続くロシアの強権的な政治や近現代の戦争をテーマにした作品を精力的に発表し、独裁主義だけでなく民衆の無関心が戦争に向かわせると警鐘を鳴らしてきた。
2022年製作の最新作となる『キエフ裁判』『破壊の自然史』の2作品が《戦争と正義》2選と題して、劇場公開される。
戦争における当事者の正当性ではなく、普遍的倫理観について考えさせる。
1946年1月、キエフ。ナチ関係者15名が非人道的な行いを犯した罪で裁判にかけられる。この『キエフ裁判』は、ナチス・ドイツとその協力者によるユダヤ人虐殺など戦争犯罪の首謀者を断罪した裁判の模様を映したアーカイヴァル映像を編集したもの。
その中で、戦争犯罪の残虐性と自己弁明に終始する者、他人に罪をなすりつけようとする者、同情を得ようとする者、様々な罪人の答弁から容易く罪を犯す人間というものの醜さを炙り出す。
「キエフ裁判」は、「ニュルンベルク裁判」と「東京裁判」に並ぶ戦後最も重要な国際軍事裁判である。
第二次世界大戦末期、連合軍はイギリス空爆の報復として敵国ナチ・ドイツへ「絨毯爆撃」を行った。
連合軍の「戦略爆撃調査報告書」によるとイギリス空軍だけで40万の爆撃機がドイツの131都市に100万トンの爆弾を投下し、350万軒の住居が破壊され、60万人近くの一般市民が犠牲となったとされる。
『破壊の自然史』では、空襲の罪と責任について戦後長い間公の場で議論することが出来なかった社会について考察するドイツ人作家W.G.ゼーバルトの「空襲と文学」を元に技術革新と生産力の向上によって増強された軍事力で罪のない一般市民を殺戮した人類史上最大規模の大量破壊を描く。
Behind The Inside:
27歳から映画の勉強を始めた遅咲きの監督セルゲイ・ロズニツァ
ロズニツァ監督が日本で初めて紹介されたのは、2020年に劇場公開された ドキュメンタリーの3作品『アウステルリッツ』『粛清裁判』と『国葬』であり、アーカイヴ映像を編集して、観る者に問いかけるアーカイヴァル・ドキュメンタリストという印象が強いが、第91回アカデミー賞外国語映画賞・ウクライナ代表に選出された劇映画『ドンバス』(2018年)も同じ年に日本で公開されている。
本作は、ドンバス地域で実際に起きたドネツク人民共和国とウクライナの間で起きた紛争を描き、ウクライナ侵攻の前兆を捉えた衝撃的な作品である。
他にも戦時下の裏切りをめぐる内部抗争の悲劇を描く心理サスペンス『霧の中』(2012年)でカンヌ国際映画祭・ある視点部門・監督賞と国際批評家連盟賞を受賞し、全体主義国家の腐敗や不条理に翻弄される人々の姿を描いた『ジェントル・クリーチャー』(2017年)は、カンヌ国際映画祭・コンペ部門正式上映された。
世界の映画シーンでの扱われ方はドキュメンタリストとフィーチャーフィルム製作者という二足のわらじの作家活動で現代の新たな映画地図を書き換える可能性のある重要な映画監督という立ち位置となってきている。
ロシアによるウクライナ侵攻を鑑みてもウクライナ出身の映像作家によるこうした歴史上で起きてきた事象を検証しながら警鐘を鳴らし続ける映像作家活動は、現代社会において瞠目すべきことである。
Awards:
- 『キエフ裁判』
- 第79回ベネチア国際映画祭正式出品
- シカゴ国際映画祭・ベスト・ドキュメンタリー・フィーチャー
- 『破壊の自然史』
- 第75回カンヌ国際映画祭特別上映作品
セルゲイ・ロズニツァ<戦争と正義>ドキュメンタリー2選『キエフ裁判』『破壊の自然史』
『キエフ裁判/The Kiev Trial』(2022年・オランダ・ウクライナ・1時間46分)
監督:
セルゲイ・ロズニツァ
『破壊の自然史/The Natural History of Destruction』(2022年・ドイツ・オランダ・リトアニア・1時間45分)
監督:
セルゲイ・ロズニツァ
© Atoms & Void