決死のジャーナリズムが世界情勢に疑問を投げかける『シビル・ウォー アメリカ最後の日 /Civil War』
SFジャンルで活躍してきた脚本家であり、映画監督のアレックス・ガーランドの最新作は、近未来のアメリカをバラバラに分断する内戦をジャーナリストの一行が決死の覚悟で捉えてゆくディストピア近未来SF。
現実にアメリカ国内で起こりうるストーリーだけに虚実ないまぜの設定とストーリー展開に単なるリアリティ溢れるエンタメという範疇を遥かに超えた社会的なアラートを発している。
Story:
近未来のアメリカ社会、ファシストとして悪評高い大統領(ニック・オファーマン)が主導するアメリカ合衆国憲法を無視した連邦政府による圧政により、国内は混乱をきたしていた。
突如、カリフォルニア州とテキサス州が結託し、”西連合”(West Fources=WF(略称))としてアメリカ連邦から逸脱し反乱を開始する。
それを鎮めようと動き出したアメリカ軍であったが、最新の銃火器で重装備したプライベート・ミリタリーを擁したWFとの間で激しい内戦が勃発する。
数多の戦場を渡り歩いてきたベテランの戦場フォト・ジャーナリストであるリー(キルスティン・ダンスト)、ジョエル(ヴァグネル・モウラ)、駆け出しのフォトジャーナリスト、ジェシー(ケイリー・スピーニー)、そして、彼らの記者としてのメンターでもある老練の写真家サミー(スティーヴン・ヘンダーソン)からなる4名はロイター・ニュースのフォトジャーナリストとして、大統領への単独インタビュー取材のため迫りくる戦火に追われるように大統領官邸を目指し、危険な車での旅を続けていた。
彼らが目の当たりにするのは、バラバラに引き裂かれ、次第に地獄の様相を呈してゆく変わり果てたアメリカの風景。
さらに西連合とは異なる考えを持つフロリダ州を中心としたオクラホマ州、アーカンサス州、ルイジアナ州、ミシシッピ州、他の州からなる”フロリダ連合”もまた連邦から脱退し、西連合の加勢に入っていた。
また中西部ではワシントン州、オレゴン州、アイダホ州、ユタ州、ミネソタ州、モンタナ州、ワイオミング州、ノース・ダコタ州、サウス・ダコタ州が加わった”ニューピープルズ・アーミー”を形成していた。
そして、大統領に忠誠を誓い、最も大きな勢力を形成するネバダ州、アリゾナ州、ニューメキシコ州、コロラド州などから成る”ロイアリスト・ステーツ”が反勢力に対する大きな盾として存在する。
事態は急速にエスカレートし、内戦の火は連邦全土、そして、大統領府のあるワシントンD.C.にまで届こうとしていた。
Behind The Inside:
禁断のアメリカ内戦の凄惨な姿をロード・ムーヴィーで描くエピック
本作は老練な写真家の師を中心としてベテランと新米の4名のフォト・ジャーナリストが、大統領への単独インタビューを敢行するため危険な車での旅に出るロード・ムーヴィーの形でストーリーは展開する。
その途で変わりゆくアメリカの風景と混迷する人々の心の内側を抉り出してゆく野心作。
ストーリーを執筆したのは小説家からスタートし、キャリア初期ではダニー・ボイルとタッグを組んで作品を生み出してきた脚本家であり、後に映画監督へと転身したイギリス出身のアレックス・ガーランドである。
ガーランドは、コロナ禍以降の変わってしまった世界の空気を鑑みて、本作を執筆したという。
『シヴィル・ウォー』にかかった制作費は大手スタジオが作る映画のエントリー・クラスと肩を並べる50億円でありA24が製作してきた映画の中で史上最高額の映画製作費となった。
折しも2024年のアメリカ大統領選に本作公開時期をぶつけてきたのは、製作元であり、過去最大の製作費を投入したA24としては思いつく最強のインパクトのある宣伝戦略であることは間違いない。
万が一、トランプが再選したら、アメリカ社会にとってこのような破滅的な事態となる可能性もあるだけに近未来のディストピアSF映画といった仕立てではあるが、実際に起こりうるという点ではリアリティを感じさせる喫緊の恐怖感があるだけに社会性を帯びた非常にスリリングなアラートを発している。
だが、こんなことが実際に起こるのか?というリアリティという観点では北部のIT企業関連の人々が推す民主党支持層と共和党支持者が混在するカリフォルニアと共和党支持が多いテキサスが徒党を組むというのは現実的にあり得ないといった論調も既にSNS上では出てきている。
だが、テキサスはカリフォルニアから移転したテスラが本拠地を構え、世界的なビリオネラのイーロン・マスクも住民として暮らし、州内で最も多い雇用者を雇い入れるテスラ最大の自動車工場ギガ・ファクトリーがある。
まんざら、架空の話でもなさそうなプロットではある。
本作の下手なアクション映画を超えた壮絶な戦闘シーンが続くトレイラーを見る限り、この二つの州内で最新のハイテク兵器を供給できる人間が国内にいるとしたら、それは北カリフォルニアのIT系企業のビリオネラとマスクだけなのではないのだろうか?
WF(西連合)の兵力を鑑みると北カリフォルニアの人間からの絶大な支援があることが伺える点は妙なリアリティを臭わせる。
本作の中では4つの派閥グループが登場し、これだけ考えの違う派閥が出来上がるのであるからストーリーが簡単に終わる訳はない。
ラスト5分で驚くべき大団円を見せるという本作の今後もその続きを見せて行く意思があるとしか考えられず、アメリカ国内でのサバイバルという観点では『ウォーキング・デッド』のようなドラマ・シリーズといった今後の展開があるように思えて仕方ない。
Under The Film:
ベテラン記者役のキルスティン・ダンストが手本とした実際の人物
緊張感あふれる本作を引っ張る主演であり、ベテランの戦場フォト・ジャーナリストを演じたキルスティン・ダンストは、カメラを手にした時にカメラが自分の手の一部に見えるようにいかに自分に馴染ませるか? 本物の写真家に見えるように腐心したという。
キルスティンは、役作りの上で英国サンデー・タイムズに所属し、レバノン内戦、第1次湾岸戦争、、チェチェン紛争、東ティモール紛争の世界の危険な戦場で果敢に取材を続け、56歳の時、シリアで政府軍の砲撃に遭い惜しくも命を落とした勇敢であった戦場記者メリー・コルヴィンの芯の強さから記者について学んだという。
ロザムンド・パイクがメリー・コルヴィンに扮し、彼女の波乱に満ちた戦場記者人生を描いた映画が『プライベート・ウォー』(2018年)である。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日 / Civil War』(2024年・アメリカ・イギリス・1時間49分)
監督:
アレックス・ガーランド
出演:
キルスティン・ダンスト、ヴァグネル・モウラ、ケイリー・スピーニー、スティーヴン・ヘンダーソン、ジェシー・プレモンス、ソノヤ・ミズノ、ニック・オファーマン、ジェファーソン・ホワイト、フアニ・フェリス、ネルソン・リー、エドモンド・ドナヴァン、カール・グルスマン、ジン・ハ、ジョニカ・T・ギブス、ジェス・マトニー 他
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