聖なる呼び声に導かれる青年の孤独で静謐なバイク旅『黄色い繭の殻の中』
カンヌ映画祭・監督週間でベトナム人監督としてトラン・アン・ユン以来、実に30年ぶりに新人監督賞を受賞した新鋭ファム・ティエン・アンの長編作品。
コンペテション部門で上映された東京フィルメックスでは、大賞に当たる最優秀作品賞を受賞。
その特徴は様々な世界の名匠の作風を想起させる美しい長回し撮影。
青年の彷徨い続ける魂を乗せた長閑なバイク旅は美しい風景と花鳥風月になぞられ、過去と現在が入れ替わりながら混沌を極めてゆく。
ファム監督は誰もが心の底に持つ”聖なる呼び声”により導かれる青年を通し、観客それぞれがその答えを出して欲しいと訴えかける。
Story:
突然のバイク事故で義理の姉を亡くした結婚式のビデオ編集の仕事を営む青年ティエン(レ・フォン・ヴー)。
バイクに同乗していたが、命拾いした幼い甥を連れて、彼は義姉の遺体をサイゴンから故郷の村に送り届ける。
弔いの日を終え、ティエンは何年も前に失踪した兄の捜索を始める。
ベトナムの田舎道をバイクで辿る一人旅を続けながら、いつしか兄を探す目的は、ティエン自身の魂の在処を探す旅へと変化していく。
旅の途中で出会う様々な生き物たちに込められた想い
ファム監督は、脚本の中で占めるアイデアはすべて”聖なる呼び声”によるものと述べている。
その声は人々の心の中に常にあり続け、ある時、ふと現れ、人をしかるべき方向へと導くとしている。
本作は、その内なる声に従って長閑なベトナムの田舎を彷徨ったある孤独な青年のバイク旅。
東京フィルメックスでの上映後Q&Aに登壇した監督のファム・ティエン・アンが自身の映画作りの考えを披露した。
ファム・ティエン・アン「本作で生き物が登場するシーンが多いのは、人の暮らしの中で生き物はなくてはならないものだと考えているからです。いくつかの重要なシーンで生き物を絡めた撮影を行なっています。」
ファム・ティエン・アン「いくつかある生き物が現れるシーンの中でも特に義理姉の葬儀のシーンに現れる蝶や蚕が成虫となり羽ばたいている様など特別な意味を込めています。今後も機会があれば、生き物がスクリーンに登場する演出をしていきたいと思います。」
30年前に『青いパパイヤの香り』で鮮烈にデビューし、カンヌ国際映画祭の新人監督の登竜門である監督週間にて新人監督賞に値するゴールデン・カメラ賞を受賞し、その後、世界的な映画監督へと成長したトラン・アン・ユンに次ぐベトナム人監督として、本年度カンヌ国際映画祭・監督週間にてカメラ・ドール賞を受賞したファム・ティエン・アンは、より自然に寄り添いながら人の魂の行方を静謐に描くとても今日的な目線の映像作家であり、今後の活動に注目が集まる。
Awards:
- 第76回カンヌ国際映画祭:監督週間正式出品作・カメラ・ドール受賞
- 2023年東京フィルメックス:コンペティション部門正式上映作品・最優秀作品賞
『黄色い繭の殻の中/Inside the Ye he llow Cocoon Shell』(2023年・ベトナム、フランス、シンガポール、スペイン・2時間59分)
監督:
ファム・ティエン・アン
出演:
レ・フォン・ヴー、グエン・ティ・トルック・クイン、グエン・ティン、ヴー・ヌク・マン 他