ノスタルジックでメランコリック、ピュアな人生讃歌『PERFECT DAYS』
日本文化を愛する名匠・ヴィム・ヴェンダースが渋谷の公共トイレを掃除する清掃員の質素だが、心豊かに生きる日常を淡々と描き出す人間讃歌。清掃員役には世界的名優・役所広司が扮する。
主なロケーションとなったのは東京・渋谷区内の駅前や道路沿いなどに点在する公共トイレ。
高度成長の時代に建てられ老朽化した公共トイレを著名な建築家やクリエイターがユニークな意匠で建て直し、都市景観をリジェネレイトする「THE TOKYO TOILET プロジェクト」。
その総仕上げとも言える映像化は、ヴェンダースの映画力によって、よく陥りがちな企業が参画した広告映画といった範疇を遥かに超えた作品として結実している。
本作は第76回カンヌ国際映画祭のコンペ出品作として、世界の名だたる作家の作品と大賞パルム・ドールを競い合った。
更にカンヌでは役所広司が主演男優賞を受賞する快挙を成し遂げ、人間の内面を丹念に描いた作品に贈られるエキュメニカル賞までも受賞。大きな手土産を携え、本作を取り巻く世界に華を添えた。
Story:
東京・渋谷の公共トイレの清掃員として日々を送る平山(役所広司)の人生はとてもシンプルだが、満ち足りていた。
毎日、トイレ清掃の仕事を淡々とこなし、木々の写真を撮ったり、好きな音楽を聴いたり、古本屋を訪れ手にいれた文庫本を読み漁ることで彼の日々は小さな歓びで満たされていく。
そして思いがけない人々との出会いから平山の過去が徐々に明らかになってゆく。
深い共感と美しい情感は、淡々とした日常の中でこそ煌めき始める。
Behind The Inside:
ヴェンダースの映画作法
ヴィム・ヴェンダースの本作との関わりは、最初は雇われ監督として、依頼されて日本に招聘された模様。
はじめに主演の役所広司だけが決定しており、電通の高崎卓馬が脚本を執筆。
役所以外のキャスティングは、ヴェンダース曰く、本作では彼にとっての”ツイン・ブラザー”の高崎経由で非常に好ましい面々のキャスティングが決まっていったようだ。
ヴェンダースには、海外で招聘されて映画を撮るということには慎重にならざるを得ない、おそらく心に深い傷を負ったであろう苦い経験がある。
メガホンをとるべくハリウッドに招聘された『ハメット』(1982年)でのフランシス・フォード・コッポラとの悶着から、ポルトガルへ渡って鬱憤を晴らすかの如く映画製作者の苦悩を描き、ヴェニスで金獅子賞を受賞した『ことの次第』(1982年)が生まれた。
そしてもう一本、忘れてはならない映画史に残るロードムービーの名作『パリ・テキサス』(1984年)を撮った。
『ハメット』の主役に作家であり俳優のサム・シェパードをヴェンダースは熱望したが、却下されたために、サム原作の『モーテル・クロニクルズ』をサム本人に脚本として仕上げてもらい、ハリー・ディーンスタントン、ナスターシャ・キンスキーと共に撮り、もうアメリカとはお別れだと言わんばかりの傑作『パリ・テキサス』は、カンヌでパルム・ドールを見事、受賞した。
だが、カンヌの会見でもヴェンダースは述べていたが、この『パリ・テキサス』も公開当初は、ロケ地であるアメリカ国内での評判は芳しいものではなかった。ドイツ人が描いたアメリカ人の心象風景、トラヴィスみたいなこんなセンチメンタルな人はいるわけがないと受け入れられなかったに違いない。
『ワイスピ』気分で爆速で撮影した17日間
役所広司の次の作品の撮影スケジュールとヴェンダースが当時、取り掛かっていた作品の仕上げのスケジュールも重なり、撮影期間は、たった17日間しかなかった。
ヴェンダースは「あの映画と本作は全く関係ありませんが、(17日間しかないので)『ワイルド・スピード』のように爆速で撮影しました」と冗談のように述べている。
そうしたスケジュールの制約もあり、『パリ・テキサス』公開当初のアメリカ国内での不評も頭をかすめたかのしれず、ユニフォームのようにしてヨウジヤマモトを着こなし、小津LOVERで日本通であってもセリフである日本語も含めて、流儀や風習、分からないことは多々あるはずで日本製作サイドの知恵や力も上手く借りて、スムーズ・ランディングしながら撮影に入っていったのであろう。
メイン・ユニットの撮影は、『ランド・オブ・プレンティ』(2004年)以降、ヴェンダース作品の撮影を度々、担当するフランツ・ラスティグと第2班の撮影をヴェンダースの妻である写真家ドナタ・ヴェンダースがアシスタントと共に二人でヴェンダース曰く、”平山の木漏れ日(目にした美しい心象風景)”を主に撮影して回った。
小津の遺作から60年経過した東京を撮る想い
ヴェンダースは、小津安二郎の遺作となった『秋刀魚の味』(1962年)から60年経った現代の東京で『パーフェクト・デイズ』を撮ることとなったことにある種のご縁を感じているようで、そうした志向から自分にとっての現代の笠智衆と感じられた役所広司へ心の師匠である小津への想いを投影させたのではないのだろうか。
『秋刀魚の味』の主人公、平山周平(笠智衆)の苗字をもらい役所広司が演じるのも平山である。
ただし、「カメラはロー・ポジションと50ミリ・レンズではなく、手持ち撮影です」とヴェンダースは述べている。撮影日数が少ないこともあり機動性を重視して手持ち撮影としたのであろう。
また代表作である『ベルリン・天使の詩』(1987年)のベルリンの都市を見守る人間からは見えない存在の天使もまた日々、人知れずトイレ清掃を淡々とこなし街の美観をメンテナンスする平山の印象にオーバーラップしてゆく。
即興を好むヴェンダースは、撮影シーンの外で起きたハプニングや出来事もドキュメンタリー撮影のようにして作品に取り込み、役所の名演とドキュメンタリー的な即興的撮影、ドナタが撮影した美しい “平山の木漏れ日” 等、虚実ない混ぜの滋味深いレイヤーを作り上げていった。
ドキュメンタリー作品を長く取り続けてきたヴェンダースならではの絶妙な映画作法の匙加減で作られているのだ。
Under The Film:
語られざる平山の過去
キャスティングで興味深いのは、ダンサー、田中 泯が演じるホームレスの男である。
役所と田中は、過去3度共演しており、そのうち2回は父と息子であったという。
並んでいると血筋の関係のように雰囲気が似ている。
この田中 泯が演じるホームレスの男もまた天使のようにも思えてくる。
日々、トイレを清掃し、小さな日常の歓びに満たされて生きる男、平山の目にはこのホームレスの男は、どのように映るのか?
平山の過去に何があったのか?
映画『パーフェクト・デイズ/Perfect Days(原題)』の日本での公開が待たれる。
Awards:
- 第76回カンヌ国際映画祭:コンペティション部門正式出品作
- 主演男優賞・役所広司
- エキュメニカル審査員賞(キリスト教団体が選ぶ人間の内面を豊かに描いた作品に贈られる映画祭から独立した特別賞)
- 第96回アカデミー賞ノミネート:国際長編映画賞
『パーフェクト・デイズ/Perfect Days(原題)』(2023年・日本・ドイツ・2時間3分)
監督:
ヴィム・ヴェンダース
出演:
役所広司、中野有紗、柄本時生、アオイヤマダ、麻生祐未、石川 さゆり、三浦 友和、田中 泯、 他
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