
スピルバーグがベスト・ホロコースト映画と大激賛!『関心領域』
いかに多くのユダヤ人を効率的に殺害するかという仕事に熱心に没頭し人類の歴史上、類をみない大量殺戮工場を指揮した男、ルドルフ・ヘスとその家族の平和で幸福な日々。
天国のような理想の家庭の真横にある地獄の収容所の様子は映像化せず、音だけでその恐怖を伝える様は、まるでホラー映画。
ジャンル映画を独自の発想で別なものに塗り替えてきた気鋭の映画監督ジョナサン・グレイザーは、二つの世界に横たわる底なしの闇を思いがけない撮影手法を駆使し淡々と見せてゆく。
ジョナサン・グレイザー監督作『関心領域』はスティーブン・スピルバーグが自らの代表作『シンドラーのリスト』(1993年)以来、現れたベスト・ホロコースト映画と褒め称えている。

Story:
1943年、第2次世界大戦中のポーランド南西部にあるアウシュビッツ強制収容所の隣に位置する瀟洒な屋敷。
そこにはアウシュビッツ強制収容所所長のルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)と妻ヘドウィグ(ザンドラ・ヒュラー)、そして愛する5人の子供達が理想を絵に描いたような幸福度の高い暮らしをしていた。
使用人たちに家事を任せ、ヘスはのんびりと子供達を連れて川遊びや魚釣りへと出かけ、ヘドウィグはガーデニングに勤しむ満ち足りた日々。
そんな平和な日常とは裏腹に日常的に庭の向こう側から不穏な列車の音、銃声、悲鳴、煙突からは煙がもくもくと排出され、炉の音が不気味に響いてくる。
そして収容所の受刑者の私物だったものがヘスの家族の持ち物となってゆく・・・。
Behind The Inside:
ドキュメンタリーでも見ているかのように主観を排した撮影スタイル

2021年に撮影された本作で重要な場所となるヘスの屋敷シーンは、今も現存するヘス邸での撮影を強く希望した撮影クルーであったが保存状態は悪く、しかもユネスコ世界遺産に指定されており周囲での追加撮影セット建設等は一切、不可能であったため、アウシュビッツ収容所近郊で廃屋を見つけ、撮影に適した外観にリノベを施し、4月には植栽を植え、すべてが整った夏に撮影が開始された。
監督のジョナサン・グレイザーは、庭と邸内のシーンでの撮影では、最高で10台のカメラを埋め込むようにして隠して設置、周辺には撮影スタッフが誰もいない状態で撮影をした。
映画的なスタイルや美しさを排除し、客観的な映像を撮ることを主眼に照明は当てずにそこにあるアベイラブル・ライト(その場にある光)だけで自然体の演技を引き出す隠しカメラのような手法によって、演者たちは自分たちがどのような画角で撮影されているのか全く分からなかったという。実際に使われた画角は、客観性を帯びる画角となる広角レンズであった。
演者たちは映されているという意識が格段に減らされた自然な状態でまるでドキュメンタリーを撮られているかの如くの演技をしていたということとなる。
映像面でのそうした事情から音響を担当したジョニー・バーンは、撮影中、30個ものマイクを仕掛け、演者たちが発する一挙手一投足を捕らえた。
こうした空間を隙間なく広く撮る絨毯爆撃にも似たマルチカメラによる撮影手法により、収録映像は有に800時間を超え、編集に途方もない時間を要したことは言うまでも無い。

夜間撮影は赤外線カメラを使う驚愕すべき撮影手法
劇中、ポーランド人レジスタンスの12歳の少女は、夜毎、収容所に忍び込み、飢餓に苦しむ収容されている人々が見つけて食べられるようリンゴを隠していた。
この少女のモデルはジョナサン・グレイザー監督が本作リサーチ中に出会い、インスパイアされた女性アレクサンドリアである。
この夜の闇に紛れて行動を起こす少女を撮るため、グレイザー監督らは方法論について思考を重ねた。
日中は、アベイラブルライトで隠しカメラで撮っているので、夜の撮影で照明を当て、高感度カメラで撮るのもチグハグである。
そこで辿り着いたのは、光ではなく、人間の目には映らない熱源を捉らえる赤外線カメラを使うという手法。
セキュリティ用の監視撮影であればともかく映画撮影で使われることは御法度に近く、極めてレア・ケースであり、またこうした道具を使うのは極めて21世紀的な映像制作と言える。
この赤外線カメラを使用することのアーティスティックな副産物は、人間の目に映る光を捉える従来の映像とは仕組みも文脈も違い、その熱源の輝く様が形作るものをカメラは映像として捉えているということである。
少女が決死の覚悟でリンゴを届ける様は、彼女の生きるエネルギーをも表しているとも言える。
Under The Film:
気鋭の監督ジョナサン・グレイザーを最も有名にした映像作品とは?
監督のジョナサン・グレイザーは、CMやミュージック・ビデオで演出を主な活動場所としながら過去に劇場公開映画を3本監督してきた。
生まれ変わりをテーマにしたニコール・キッドマン主演『記憶の棘』(2004年)、スカーレット・ヨハンソン主演のSF『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(2013年)といったSF映画史に残る異色作を作ってきたが、ジョナサン・グレイザーの名を世界に知らしめたのは、実は次に紹介する作品であることで間違いない。
それはジャミロクワイの世界的にヒットした名曲『ヴァーチャル・インサニティ』のミュージック・ビデオである。
ジェイ・ケイが動く床の上でブレイクダンスとパントマイムをミックスしたようなダンスを繰り広げながら歌うこの奇想天外なミュージック・ビデオは、実は、壁を人力で動かしながら撮影されている。
27年以上前の作品であるが、今、見ても新鮮で、何度でも観てしまう病みつきになる魅力がこの作品にはある。
時代を超えた魅力を保ち続けるPV『ヴァーチャル・インサニティ』を観る度、時間や空間を操ることに傑出したジョナサン・グレイザーという人のルーツを見る思いがする。
Awards:
- 第96回アカデミー賞・ノミネート:国際長編映画賞・イギリス選出、作品賞、監督賞、脚色賞、音響賞
- 第76回カンヌ国際映画祭:グランプリ受賞、国際批評家連盟賞 / カンヌ・サウンドトラック賞:作曲賞・ミカ・レヴィ
- 英国アカデミー賞:英国作品賞、非英語作品賞、音響賞・ターン・ウィラーズ、ジョニー・バーン
- ロサンゼルス批評家協会賞:作品賞、監督賞・ジョナサン・グレイザー、主演女優賞・ザンドラ・ヒュラー(『落下の解剖学』と同時受賞)、作曲賞・ミカ・レヴィ、ジョニー・バーン(特別賞)
- ナショナル・ボード・オブ・レビュー:トップ5国際映画選出
- 全米映画批評家協会賞:監督賞・ジョナサン・グレイザー、主演女優賞・ザンドラ・ヒュラー(『落下の解剖学』と同時受賞)
- ボストン映画批評家協会賞:監督賞・ジョナサン・グレイザー、脚色賞
- シカゴ映画批評家協会賞:外国語映画賞
- トロント映画批評家協会賞:作品賞、監督賞・ジョナサン・グレイザー
『関心領域/The Zone of Interest』(2023年・アメリカ・イギリス・ポーランド・1時間45分)
監督:
ジョナサン・グレイザー
出演:
クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー、ヨハン・カルトハウス、ルイス・ノア・ウィット、ネル・エランスマイヤー、リリ・ファルク、メデゥーサ・ノフ、マックス・ベック、ステファニー・ペトロウィッツ、 イモーゲン・コッフ、ラルフ・ハーフォース、ダニエル・ホルズバーグ、フレイヤ・クロイツカム、マリー・ローザ・ティーティエン 他
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